109 魔法青年は先輩の影に隠れる

ロスシルディアナ帝国に入り、飛行魔法と徒歩、場合によっては馬車を使って北上すること2日。

ようやく、滞在地であるノディエ伯爵領に到着した。

道中は快適性よりもスピードを優先したので、一度はテント泊もした。慣れていないギユメットは、飛行魔法の酷使もあってヘロヘロだった。


しかしそこは貴族の意地なのか、飛行魔法を使って伯爵の領主館の前に降り立ったときには疲れなど一切感じさせない爽やかな研究者になっていた。

「こちらを、ノディエ伯爵にお渡し願いたい」

門番に堂々と手紙を渡す。その態度があまりにも上位者として自然で、手紙を受け取った門番はうっかりそのまま門を開けそうになっていた。さすがに気づいて門にかけていた手を放し、慌てて待つように告げて走っていった。


差出人を見て慌てて本館へと駆け込んだ門番は程なくして戻ってきて、門を開けてくれた。

「お待ちしておりました、研究者様。すぐに色々と対応できる使用人に案内させますので、一旦は私についてお入りください」

「頼む」

当たり前のように門番について入るギユメット。コーディは、その後ろを黙ってついて歩いた。


途中で慌てず優雅な早足でやってきた執事が案内役を代わり、豪華な応接室へ通された。

豪華とはいっても悪趣味ではなく、職人の手によるのだろう窓枠や手作りだろうレースのカーテン、年代物と思しき壺や荒れ地を描いたらしい写実的な絵画などが、センスよく配置されている。

出された紅茶のカップもシンプルな白に見えて非常に薄く、透けるような流線の模様が施されている。紅茶を口に含めば、香りが豊かだ。


「ようこそいらっしゃいました。グラシアン・ノディエと申します。このノディエ伯爵領を帝国より任されております」

やってきたのは、恰幅の良い男性だった。にこにこと、ギユメットに向かって礼をしながら挨拶をしてきた。コーディにも、にこやかに笑顔を向けてきた。ノディエ伯爵の後ろには、華やかなドレスを着た若い女性が立っている。

彼らに合わせて、ギユメットとともにソファから立ち上がった。


「歓迎感謝する。ジェルマン・ギユメットだ。侯爵位を賜っている。魔塔の研究員で、レルカン公爵の弟子でもある。こちらは私の後輩で、優秀な研究員のコーディ・タルコットだ」

ギユメットは爵位が上だからか、軽く目礼しながらそう言った。コーディは、教わった帝国式に礼を取った。

「おぉ、お噂はかねがね。レルカン公爵はお元気ですかな?私がお目にかかったのはかれこれ15年は前ですが、非常に研究熱心ながら愛国心にも溢れた方だと感じましたよ。それから、こちらは娘のアリーヌです。もう一人娘がおりましたが、昨年結婚しましてね。アリーヌは貴族家の女主人としてのあり方などを学んでいるところなのです。今回は、ギユメット卿とタルコット様のお世話をさせていただきます。さ、アリーヌ」


アリーヌは、柔らかな笑顔でキレイなカーテシーを見せた。

「いらっしゃいませ。色々とお手伝いいたしますので、なんなりとおっしゃってください。ノディエ家の一員として、必ずやご満足いただけるよう務めさせていただきます」

彼女はコーディにも笑顔を見せてくれたが、ギユメットに対する視線には違うものを感じた。なんというか、相手を探るような、見極めようとするようなどこか冷静なものだ。


コーディは、思わずギユメットを見た。

確かに貴族らしく容姿淡麗だし、雰囲気も間違いない。礼儀もコーディよりよっぽど板についているし、アリーヌの手を取って令嬢に対する挨拶として手の甲を額に当てる姿も絵になる。そして魔塔の研究員というエリートだ。


―― 邪魔はするまいて。


一瞬ぞわりとしたコーディは、にっこりと無邪気そうに見える笑顔を見せて、アリーヌにも帝国式の礼をとった。それを見たアリーヌは、満足そうに微笑んだ。



その夜、晩餐会に呼ばれた。

一応持ってきたという体でアイテムボックスからドレススーツを引っ張り出し、髪もなでつけて身なりを整えた。一方のギユメットは、ブルーグレーのスーツを着こなした貴公子となっていた。

すごい。


「まぁ、では今回荒れ地に行かれるのは、皇帝陛下からの許可が先立つのですね。研究の価値を見抜かれる皇帝陛下も素晴らしいですし、それほどの研究に取り組まれている研究者の皆様も素晴らしいです」

会話は、ギユメットとアリーヌが中心となって回している。コーディは、礼儀作法を思い出しながら食べるので精一杯というふうを装って黙って食べるに徹した。

貴族のやり取りはもどかしくて敵わない。


「確かに、皇帝陛下の即断は素晴らしいスピードでした。もちろん、文化財保存の意味で役人の方々が心配されることもよくわかりますから、一概には言えませんが、我々としては非常に喜ばしいです。そのようにご理解いただけることも、とても嬉しいことですよ、アリーヌ嬢」

「そうですわね。わたくしのこともそのようにおっしゃっていただいて嬉しいですわ。そういえば門番から聞いたのですが、馬車ではなく変わった方法でこちらに来られたとか」

「あぁ、飛行魔法のことですか?あれは、このタルコットが開発した魔法なのですよ。私もまだ訓練中ですが、明らかに馬車よりも早く進める画期的な魔法です。魔塔からわずか3日で到着しましたからね」

「まぁ!馬車を駆使して10日はかかるところをわずか3日で?本当に優秀な研究者様なんですね」



主人の席にノディエ伯爵、角を挟んで右側にアリーヌ、アリーヌの向かい側にギユメットとコーディという席順だ。

「えぇ、とても優秀なんです。しかし、そうそう追い抜かされても叶いませんからね。私も研究室をもてるくらいまで頑張らねばと思わされますよ」

「ストイックなんですね。やはり研究者の方は諦めずに追求される胆力がおありなんですね」

アリーヌの態度は、会話を重ねるにつれて徐々に変わっていった。冷静に見極めるといったものから、好ましいものを見るものへと。

「胆力というよりは、興味ですよ。お恥ずかしい限りですが、ある意味で子どものように研究心が先立ってしまうのです」

ギユメットは、はにかむように微笑んだ。

「うふふ、可愛らしいんですね」

ころり、と落ちる音が聞こえたような気がした。


コーディには、アリーヌからギユメットに向かってハートが飛んでくる幻覚が見えるようだった。なんなら、こぼれ球がたまに当たるのでなんとも言えない。

一方のギユメットは、気づいているのかいないのか、にこやかにスルーしているように見える。

気づいていなしているのなら、ギユメットの社交力を見誤っていたことになる。こういった積極的なアプローチをされると、もっとオタオタするのではないかと思っていたのだ。魔塔にも女性はいるが完全に性別を超えた同僚といった感じだし、ホリー村の人たちはギユメットたち帝国貴族にとっては領民のような感覚らしいし、そうなるとこれといって出会いもないので女性に免疫がなさそうだと思っていた。

もしも気づいていなくてこれなら、相当な鈍感だ。



晩餐会が終わってから、明日の確認のためギユメットに用意された客室の応接スペースに向かった。

さすがのギユメットも旅路の直後に挨拶と晩餐会が続き、疲れたらしい。首元を緩めながら、ぐでりとソファに背を預けた。

コーディは、部屋に用意されていたお湯を使って紅茶を淹れた。

ギユメットが意図してかどうかはわからないが、盾になってくれたのだからこれくらいの慰労はあってしかるべきだろう。


お互いに楽な状態になってから、打ち合わせを始めた。

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