107 魔法青年は考察する

久々の魔塔は、どこか落ち着きのない空気になっていた。

自分のせいではないとはいえ、その原因を持ち込んでいるのだと思うとどこか申し訳なく感じる。六魔駕獣に関連する調査に追われて、思うように研究を進められない人もいるかもしれない。もちろん興味を持って関わっている研究者もいるだろうが、全員がそうだとは言い切れない。

しかし、ディケンズは笑って答えた。


「まぁ、そういう研究者もいないことはないだろう。だがな、大陸が蹂躙されてしまえば研究どころではなくなる。さすがに、そこまで順番を取り違えるような輩はもうおらんよ」

もういない、つまり以前は状況を読むこともなく責任転嫁してくるだろう元研究者がいたということだ。何となく誰のことか想像して、しかしコーディはすぐに思考を切り替えた。

「それならいいんですが……。当面、僕は動けないということなので、これまでの調査結果を改めて確認したいと思います」


まとめに関しては、ディケンズをはじめ多くの研究者たちが対応してくれた。

土地ごとの魔法陣や、その内容の現代語訳も関連付けてくれており、非常に見やすくなっている。赤い石や岩の魔法陣には六魔駕獣の名前と思しきものが記載されていたが、それ以外の情報は魔法陣の内容や聞き込みした話、環境などから推測したものだ。

そのあたりの考察もまとめられていて、非常にわかりやすかった。



名称:ペルフェクトス(完璧な)

封印場所:迷いの樹海

封印の状況:200メートルほどの距離から魔力の乱れあり 日に数十センチ拡張中

封印の内容:対象の魔力吸収と魔法陣維持への転用、物理的な動きの封印、麻痺、意識レベル低下、攻撃魔法の霧散、魔法妨害、強制睡眠、魔力遮断

詳細は不明。ただし、ほかの封印よりも明らかに厳重で大規模な魔法陣であることから、力の強い魔獣であることが予想できる。


名称:ヴィーロックス(素早い)

封印場所:プラーテンスとレイシア商民国の間にある魔獣の森

封印の状況: 徐々に拡張中(詳細は調査なし)

封印の内容:対象の魔力吸収と魔法陣維持への転用、物理的な動きの封印、攻撃魔法の霧散、強制睡眠、魔力遮断

詳細は不明。ペルフェクトスよりも小さい封印魔法陣。名前から、スピードを駆使すると予想される。


名称:ティメンテス(怖い)

封印場所:アレンシー海洋国の禁足島

封印の状況:300メートルほどの距離から魔力の乱れあり 一日に数十センチ拡張中

封印の内容:対象の魔力吸収と魔法陣維持への転用、物理的な動きの封印、攻撃魔法の霧散、強制睡眠、魔力遮断

海洋国の各島にて封印を補助する魔法陣を毎年展開していた。島の下に封印されていることから、水棲獣であると予想。島や海岸の生物を襲っていたという口伝あり。


名称:マーニャ(大きい)

封印場所:コルニキュラータ首長国 ヴルカニコ島の活火山、ローゾ山

封印の状況:400メートルほどの距離から魔力の乱れあり 少しずつ拡張中(詳細は調査なし)

封印の内容:対象の魔力吸収と魔法陣維持への転用、物理的な動きの封印、攻撃魔法の霧散、温度低下、強制睡眠、魔力遮断

マグマを泳ぐらしいという口伝あり。氷点下にして封じているので、爬虫類としての特性を持つ可能性も。周辺は活火山のため、噴火の恐れあり。コルニキュラータの各国に六魔駕獣が目覚めた場合の対処に使う魔法陣(封印場所周辺の気温低下)が伝わっている。発動に必要と思われるので、通話の魔道具を早急に手配。


名称:リーベルタス(自由)

封印場所:ゲビルゲ山岳地帯 霊峰の山頂

封印の状況:500メートルほどの距離から魔力(風魔法のもよう)の乱れあり 一日に数十センチ拡張中

封印の内容:対象の魔力吸収と魔法陣維持への転用、物理的な動きの封印、攻撃魔法の霧散、岩の固定、強制睡眠、魔力遮断

詳細は不明。岩を積み上げて魔法陣で封印されている。他に比べて封印が劣化しているようだ。魔法陣とは関係なく、不自然な風が吹いているため、風魔法を使うかもしれない。



わかっているのは六魔駕獣のうちの5体。マーニャが火魔法、リーベルタスが風魔法と仮定すると、ティメンテスは水魔法を使える可能性がある。ヴィーロックスは何かはっきりしないが、これはロスシルディアナ帝国の荒地にあるであろう最後の魔法陣を確認すれば自ずとわかるかもしれない。

そして、名前からして魔獣だと考えているが、もしかすると別の存在である可能性も捨てきれなかった。見た人がもう生きていないので、色々な可能性があると考えて備える必要がある。


コルニキュラータのカロレで確認したマーニャの魔法陣については、あまり解析する時間を取れなかったので非常に助かる。

この解析に一役買ってくれたのが、レルカンの研究室の人たちだ。もちろんディケンズもざくざく解析していたが、レルカンの研究室でも超古代魔法王国の文字を学びながら細かいところまで確認してくれたらしい。そこは魔法陣についてのプロでもあるので、かなり頑張ってくれたという。

それを聞いたコーディは、レルカンの研究室に差し入れとしてコルニキュラータで買っておいたお茶の葉とゲビルゲで分けてもらった酒を渡した。アルシェには、帰って早々に同じものを渡してある。対価には全く足りないが、珍しい茶葉に見たことのない酒だと喜んでもらえたので良しとした。



このようにコーディが待機している理由は、実はロスシルディアナ帝国側にあった。

少し前に、魔塔の代表としてレルカンが帝国に荒地の調査許可を願い出てくれた。これまでにも何度か別の場所を調査したいと申請したことは多かったので、同じようにすんなり行くものだと考えていたらしい。

しかし今回は、かなり待たされている。


まず、目的の場所は『ドン・ルソル』と呼ばれており、帝国王家が管轄している荒地だそうだ。

北の端にある土地で、寒さと土地の栄養の乏しさにより農業や牧畜には向かず、鉱物も採れず、工場などにするにしても国が広いので別にわざわざ北の端に作る利点はない。しかも、ロスシルディアナ帝国が建国される前の超古代帝国時代から国が管理しており、今も皇族が定期的に訪れる古代の遺物があるのだという。

そして、皇族が守ってきた場所というのが、今回調査したい魔力の乱れがある場所なのだ。


皇族が訪れる神聖な場所ということで、最初は議会から却下されたらしい。

しかし、レルカンはほかの場所の調査結果をまとめ、公爵の地位をフル活用して皇帝に直談判したそうだ。

どうやら興味を持った皇帝からは好感触な返事が来たようだが、文化財などの保護を担当している部署から待ったがかかっているという。


ざっくり教えてくれたところによると、「いくら魔塔の研究者といえど手放しで信頼はできない、監督者としてロスシルディアナ帝国の高位の爵位を持つ人物をすえてこちらが認めた場合に許可を出してもいい」ということになったそうだ。

そこで、魔塔で誰を監督者にするかというが発生し、無事に押し付けられたのがギユメットであった。


帝国の侯爵位を持っており、レルカンの直属の弟子で将来は有望、今も実家の子爵家と連絡を取っている愛国心を忘れぬ研究者。

良いように紹介したらしいが、要するに若くて押し付けやすい下っ端、もとい弟子だからだろう。

こればかりはコーディでは何もできないので、申し訳ないが付き合ってもらうほかない。


数日経って、帝国から許可を出す旨の手紙が来た。

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