105 魔法青年と報告
山頂に積み重なった岩の外周は、おおよそ直径40メートルほどである。上に行くほど岩が小さくなっており、4メートルほど高さのところに挟まっている赤い岩は直径20メートルほどだろう。
岩の外周を囲むように、地面に赤い石が埋められていた。
ほかにも何かないか、コーディは岩から離れながら山肌を眺めたり、風魔法で浮いて岩を一つ一つ調べたりしてみた。
そして、一番上にある直径2メートルほどの岩に、魔法陣が描かれているのを見つけた。
魔法陣の文字は、やはり超古代魔法王国のもの。大きな魔法陣が一つと、小さな魔法陣が八つ。これも写真に撮り、その他に何かないかをじっくり調べた。
夕方になって、昨夜と同じところにテントを張って、辞書を片手に魔法陣を解読してみた。
地面の魔法陣は、やはり何かを封じ込めるようなものであった。
最上段の岩に描かれた大きい方の魔法陣は、重なった岩と真ん中付近の赤い石のずれを防ぐような、土魔法を活用した形状保存のようなものだった。そして、周りの小さな魔法陣はそれぞれ大きな魔法陣が水に侵食されるのを防いだり赤い岩の劣化を防いだりと、大きな魔法陣を保護するものが重ねがけされていた。
一番上の岩の側面には同じ魔法陣がいくつかあり、並列倍加も描かれていた。
しかし、小さな方の魔法陣はかなり劣化が進んでおり、似ているものをいくつも確認してやっと予測できるレベルだった。大きい方の魔法陣や赤い岩の魔法陣は少しマシだったが、それでもこれまでに見てきたものよりは掘られた文字が浅くなっている。
その場で書き写した魔法陣や壁面の文章をディケンズのところへ送るために、手紙転送の石を取り出した。
すると、ディケンズからの手紙が二通届いていた。集中していたため、届いたのに気づいていなかったらしい。
「……あぁ、それは適任じゃろうな。うむ、礼を用意せねばならんなぁ」
一通目を少し読んだコーディはひとりごちた。
先日送った、ヴェヒターとハイブリダ大公国のコントレーラス伯爵家との取引内容のことだった。古いままらしいが、レートがこのままなのか調査を依頼できるだろうか、という手紙を送った。一通目の返事によると、その件についてはディケンズがもうアルシェに頼んでくれたそうだ。
アルシェ自身も爵位を持っているが、ロスシルディアナ帝国の貴族である生家の領地には金や銀が採れる鉱山がある。さらに宝石を取り扱う家に姉が嫁入りしているなど、当然金属の取引に関しても知見とコネがある。
非常にありがたい。コーディでは一から調べなくてはいけないので時間がかかる。一方、アルシェなら帝国の身分もあるので何かと動きやすいだろう。
コーディとしては、ヴェヒターの人たちが交渉しやすい材料を手に入れることができれば、という目算だったのだが、実際には問題が大きくなって帝国が動く事態となっていた。
手紙の後半には、すでにアルシェが働きかけたということが書かれていた。
状況を簡単にまとめるとこうだ。
ディケンズが、コーディの手紙を持ってアルシェに相談に行った。それを見たアルシェに「これは50年前の契約か」と聞かれ、締結したのは40年前だが現行で効力のあるものだと説明した。
すると、アルシェはすぐに手紙を書きだした。
曰く、アルシェの実家はそこそこの金銀の鉱山を持っているが、国として必要な量はもっと多いので、当然輸入するしかない。魔道具の材料にも使うので、多少高いもののハイブリダ大公国からも輸入している。しかし、その単価がヴェヒターとの契約書の10倍近くになるという。
「ぼったくりにもほどがある!なめた真似をしてくれたものだ。もちろん、最初は手数料を取って妥当な値段だったのだろうが、現在は貨幣価値も変わっているし金銀の需要が高まってそもそも価格が上がっているんだ。ハイブリダ大公国め、我が帝国を謀った報いを受けるがいい!」
やはり実家と関わりがある産業だからか、アルシェは随分と饒舌に語りながら手紙を爆速で仕上げていたらしい。ディケンズの手紙には、罵倒しながら貴族向けの難解な文章を綺麗な文字で書き上げるスキルが素晴らしかったと書いてあった。
そして二通目は今朝になって届いたらしいもので、もう方向性が決まって帝国が動き出したという内容だった。
流れとしては、アルシェを通して契約を知ったアルシェの実家が議会に奏上し、外務の輸入担当者からハイブリダ大公国へどういうことか質問状を送り、手紙と同時に高位貴族でもある大臣がハイブリダ大公国を訪れる。隠蔽する前に畳み掛けて大公国かコントレーラス伯爵家か、どこが黒幕なのかを洗い出してきっちり断罪してゲビルゲに差額を払わせたあと、新しい契約を締結。二国間の取引なので、また不正が出ないよう帝国が間に入る。帝国の監視と、ゲビルゲの人たちの実力をチラ見せすることで再犯の抑止力とし、ハイブリダ大公国とゲビルゲとの契約は3年毎に見直すと約束させる。定期的な見直しのときに、帝国の外務担当が第三者として確認することを認めさせる。ついでに、ロスシルディアナ帝国は仲裁の手数料代わりにゲビルゲの一族といくつかの鉱物について
すでにアルシェの実家からの奏上は成されており、全体の流れも外務担当者と共有しているという。フットワークが軽い。
二国間の不正取引を正しながら、きちんと弱みを突いて自国の利益を出すとは、さすが大きな帝国である。
きっと、平和ボケしかかったハイブリダ大公国の人たちはひとたまりもなく、帝国の思い通りに選択させられていくのだろう。
対魔獣の経験については知らないのでわからないが、対人・対国家においてはロスシルディアナ帝国は百戦錬磨のはずだ。
コーディはハイブリダ大公国に心の中で合掌し、あとはアルシェに任せて連絡を待つことにした。
2日ほどかけて霊峰の頂上を確認し、ほかの痕跡がないかを確認してから、コーディはヴェヒターたちのところへ戻った。
「戻りました」
「おぉ、コーディ。随分早かったな。走ればもっとかかっただろう。まずは休んでくれ」
空から降り立ったコーディがテント群の方へ向かうと、気づいた人たちが長を呼んできた。
木陰の丸太に腰を落ち着けて話を聞けば、すでに戦えない人たちはこの場を離れる準備をほとんど終えており、ほかの一族に知らせに行く者たちはすでに発った後だった。
「では、封印はまだ持ちそうなのだな」
「はい。数日のうちにどうにかなるようなものではないという見込みです。ただ、ほかの似たような魔法陣に比べ、かなり風化が進んでしまっていることも事実です。それから、頂上付近はかなり不規則な風が吹いていました。あれが封印されたもの……『リーベルタス』の魔法である可能性が高い。今日明日ではなんともなくても、一ヶ月後はわかりません」
「その封印されたものは、魔獣なのか?」
魔法陣に書かれていた形容詞は『自由』を意味する『リーベルタス』だった。頂上の様子から、風魔法を操る可能性が高い魔獣だ。
「はい、そうです。多分、そのへんにいる魔獣のような大きさではありません。小山ほどの大きさでしょう。非常に危険だと予想できます。どうやら風魔法を使うようなので、もし訓練してほかの属性も使えるようになるつもりなら、土魔法の習得を勧めてください」
「なるほど……まさに厄災だな。コーディの本で訓練はすすめておる。やはり熟しておるからか、上位の戦士の方が習得が早いな。しかし、なぜ土魔法を使うのか聞いても良いか?」
コーディは当然のことと思っていたので一言添えた程度のつもりだったが、長は不思議そうに聞いた。
さすがのヴェヒターも、魔法の相関関係までは確かめたことがないらしかった。
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