104 魔法青年、霊峰に挑む
次の日、コーディは夜明けとともにヴェヒターたちのテント群から霊峰へと出発することにした。
戦士の中でも足の早い者を護衛につけようと提案してくれたが、コーディは丁重に断った。
道案内をしてもらうよりも、ほかの一族に準備を促す方が重要だと考えたのだ。長も、それに同意して伝令係を選別していた。
ゲビルゲは広いうえ、山岳地帯が続く場所なので、移動には時間がかかる。魔獣もそれなりに出る。しかし、コーディには心配無用である。確かに記憶にあるよりもこの辺りの魔獣は大きいが、迷いの樹海よりは遭遇頻度が低いのでかなり危険度は落ちる。
そう説明すれば、戦士たちはさもありなんとうなずいた。
昨夜の宴会で、ザシャがコーディの活躍を身振り手振りを加えながら披露していた。曰く、流れるような動きで4体のバーニングウォルフを秒殺したと。
上位3人の戦士との戦いでコーディの実力を垣間見ていた彼らは、なるほど強き者だ、とザシャの話を楽しく肴にして酒を飲んでいた。
対人にとどまらず、魔獣に対しても同じように動けるのであれば、むしろ道案内は邪魔になるかもしれないと結論づけた。
それなら、と魔獣のあまりいない道筋を教えてくれたのだが、コーディは飛行できる。飛行魔法で飛んでみせると、彼らはぽかんと口を開けてコーディを見上げていた。
さすが強き者は違うと言われたが、彼らの魔法の使い方を見ている限り、少し学べばほかの属性も属性に縛られない魔法もわりと簡単に習得できるような気がした。目的を持って鍛えているうえに実戦経験を積んでいるのは大きなアドバンテージだ。そういう意味では、プラーテンスの冒険者たちと同じようなレベルだろう。
ふと思いついたので、コーディはアレオン総合書店で出版してもらった自分の論文を宴会のお礼として差し出した。文字は共通なので、読めるはずである。
「魔法だけなら、この理論を実戦すればかなり底上げになると思います。ほかの一族の方はヴェヒターの方たちより少し落ちるように見えたので、基礎からもう少し整える必要があるかもしれません。ヴェヒターの戦士の方々なら、そう時間もかからずに習得できるでしょう」
長に手渡すと、彼はありがたく受け取って軽く中を見た。ざっと斜め読みしてそれがどういうものか理解した長は、目を見開いてコーディを凝視した。
「こんな貴重なものを、もらっても良いのか?」
「もちろんです。普通に出版していますから、お礼として釣り合うかわからないのですが」
長は、その本を丁寧に閉じて両手で捧げ持つようにした。
「これは、魔法の新しい扉を開くものです。魔法を武器としている者にとっては宝に等しい。しかし、強き者にとってはただの通過点にすぎないのだろうな。遠慮するのも失礼だ、ありがたくいただく。その代わり、ヴェヒターはコーディ・タルコットの要請には必ず応えると約束しよう」
手持ちの中から彼らの役に立ちそうなものを適当に出しただけだったコーディは、思わぬ反応で困惑した。お礼にお礼が返ってきたので、これ以上続けると終わらなくなってしまう。
「いえ、こちらこそありがたく思います。どうぞ、役立ててください」
「もちろん、わしも習得して必ずや戦士たちを一段階、いや数段階も高みへ引き上げてみせましょう」
どうやら、長は自らも動く系スポ根コーチだったらしい。やる気をみなぎらせる長を前に、コーディは戦士たちに心の中で侘びた。習得すれば必ずレベルアップできるので、ちょっと大変だと思うが頑張ってほしい。
空に飛び上がれば、ヴェヒターの戦士たちが手を振って見送ってくれた。
コーディも軽く腕を振ってみせ、そのまま霊峰へと向かった。
しばらく飛ぶと、上方からコーディ目掛けて魔獣が飛んできた。この辺りには、飛行するタイプの魔獣も少なくない。
魔獣は自分の風魔法で補助しているらしく、下降スピードは目を見張るものがある。
ほとんど羽ばたくことなくこちらに向かってきたのはアップドラフトホークだ。羽を広げると3メートル近くになり、かなり上空から獲物を狙って狩りをするらしい。
コーディはちらりとそちらを見て、アップドラフトホークの片羽を石で覆った。
突然飛行能力を奪われた魔獣はなんとかバランスを取ろうともがいたが、全く動かない重い羽をどうすることもできず、錐揉み回転しながら落ちてきた。
その軌道を読んだコーディは、アイテムボックスから手製の槍を取り出した。
下から仕留めてもいいが、勢いを殺しきれずにこちらが汚れる可能性がある。穴が大きくなって獲物が潰れることも考えられるので、ここは横から仕留めたい。
鳥型の魔獣は、羽が素材として有用なだけでなく、肉も美味なのだ。
“食材”として見られたことに気づいたのか、アップドラフトホークはあがきながらこちらへ風の刃を飛ばしてきた。それをひらりと避け、コーディはタイミングよく槍を突き出した。
夕食の材料を仕留めたコーディは、アイテムボックスに放り込んでそのまま霊峰へと向かった。
なお、その途中で3体ほどアップドラフトホークを返り討ちにしてアイテムボックスに放り込んだ。良い土産である。
1時間ほどで、霊峰の頂上近くにたどり着いた。
削り上げられたような鋭い崖の周辺には、不規則な強風が吹き荒れていた。これでは、普通に登ってきても風に煽られて滑落してしまいそうである。
山頂の岩は、一つが横に3メートルほどの大きさであった。高さは1メートルもない程度なので、横向きの積み木を重ねたような状態だ。
空から近づいたところ、400メートル離れた場所からも魔力の乱れが感じられていた。コルニキュラータのローゾ山よりもかなり不安定な感じがする。
体の周りに風魔法を展開して相殺しているからコーディは安定して空中に留まっていられるが、この近くには魔獣が一体も見当たらない。魔力の乱れだけでなく、暴風も障害となっているのだろう。
コーディは、暴風などないかのようにゆっくりと積み重なった岩の麓に降り立った。
岩のすぐ近くは、風が吹いていなかった。
その代わり、魔力の流れが非常に不安定になっていた。
もしかすると、この暴風は地形的なものだけではなく、魔法も関わっているのかもしれない。
岩の周りをぐるりと一周してみたところ、足元に赤い石が点々と埋められていた。そして、積み重なった岩の中にも赤い岩が一つあった。
足元の赤い石にも文字が彫られていたし、人の背よりも高いところに重ねられた岩の側面にも文字が彫られていた。
魔法陣が立体的に構成されているのはなかなか面白い。
埋められた石と頭上の岩の写真を撮り、さらにそこから少し離れて石碑を探した。すると、頂上の岩肌を降りたあたりにえぐられたような場所があり、その壁面に文章が彫られていた。
石碑があるものとばかり思っていたので、探すのに手間取ってしまった。
この日はその浅い洞窟のようになった場所にテントを張って休んだ。
夜中に、ふと目が覚めた。
外を覗けば、風が止んでいる。眼の前には星がきらめく空が広がり、ひんやりとした空気がまとわりついてきた。
否、まとわりついてきたのは空気ではなく、何かの魔力であった。
頂上の方から溢れ出したような濃密な魔力は、山肌をコーティングするようにどろりと広がっていった。
何かをしようとするものではないと感じられたので、コーディはしばらく外を眺めてからテントを閉じた。
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