103 魔法青年は彼らを知る

コーディこの体は、思ったよりもウワバミだったらしい。成人してからここまで飲んだのは初めてだったので気づかなかった。

酔いが回るのは早いが、ほろ酔いのまま飲み続けている。気づいたら、宴会場は酔いつぶれた男たちで死屍累累となっていた。

かろうじて動ける男たちが酔っ払いを転がして、大きなテントに放り込んでいく。その様子を見ながら、コーディは長の隣でのんびりと飲んでいた。


長も、コーディと同じくらい飲んでいるのに顔色一つ変えていない。

ヴェヒターが戦闘民族としてどういった訓練をしているかや、霊峰を拝みに来るほかの一族との関わり、鉱物を採って輸出する先がハイブリダ大公国であることなど、色々なことを聞いた。

面白くてうっかり聞き入っていたが、コーディは頼みたいことがあったのだ。

「そういえば、お聞きしたいことがあったんです」


「おぉ、何かな?」

「僕は霊峰に登りたいのですが、問題はありませんか?」

霊峰と呼ぶからには特別な存在なのだろうし、ほかの一族から聞いた限りは登山などせず遠くから見るだけのようである。そんな山だが、コーディとしてはどこかに赤い岩の魔法陣がないかを確かめたい。

コーディの言葉を受けた長は、ゆっくりと頷いた。


「コーディ、強き者よ。霊峰は神でありながら封印も存在する場所。ゲビルゲにとどまらず大陸全土を脅かす厄災を封印していると伝わっておる。しかし、我々は霊峰には登れない。登らないのではなく、不可能なのだ」

「不可能、ですか?それは何故か伺っても?」

彼らの身体能力なら、物理的に無理というわけではないだろう。はたして、長は答えた。


「我らは、古くに約定を結んだ。一族が世代を経て口伝を歪めたり忘れたりしないようにするため、制約として霊峰に登れないと定めたのだ。ゲビルゲなら、ほかの一族も同じだ。登ろうとしても、いつの間にか霊峰を背にしている。しかし、これは他国の者には当てはまらない」

一族全員が制約を受けることで、永続的な魔法契約か何かを発現させたのだろう。確かに、伝えていく中で違うものに変わったり忘れてしまったりすることはよくある。一人の血筋だけにすると、途絶えてしまえば終わりなのだ。

この約定を考えた人は、後世に正しく伝えることをとかく重視したようだ。


「その口伝の中に、『強き者が訪れるときが封印の崩壊が近いとき』とある。我々はそのときのために備え、鍛えてきた戦闘民族だ。崩壊が近いなら、ほかの一族からも戦士を集め、非戦士は遠くへ逃さねばならん」

三人の戦士と戦うとき、確かにそういった口上を聞いた。口伝のようなものだと思っていたが、この場合は正しく引き継いできたのだろう。つまり、封印がゆるむ頃にコーディのような何者かが現れることを予期していたということである。

救世主のような存在が来ることが決まっていたのか、この予言があったからコーディがやってきたのか。ふと何かを思い出しかけたが、それは長の話を聞いているうちに掴みそこねて消えた。


「ヴェヒターは特に霊峰の近くで守るため、魔法も剣術も優れた者が集まっている。ほかの一族も、魔法や武術に優れた者たちはもれなく技術を高めている。強き者よ、そなたなら霊峰の封印まで行けるだろう。封印は、積み重なった岩の下だ。あそこまで行くことも厳しいと思うが、我々はできるだけ手助けし、そなたが向かう間に厄災を迎え撃つ準備を整える」

長の話からすると、すぐにでもその封印が解けてしまうことを想定しているようだ。しかし、実際に見てはいないので、コーディとしてはすぐに何もないかどうか言い切ることができない。

「今すぐ崩壊するかどうかまではわかりませんが、とにかく現状を確認してきます。状況がわかりましたら、こちらに戻ってご報告します」


これまでに見てきた赤い石の魔法陣の状態から、今日明日のうちに壊れるようなものではないと思っていたのだが、もしかするとそこまで猶予がないのかもしれない。

先人の言葉は何らかの根拠がある場合が少なくないのだ。

コーディは、研究の延長くらいの気持ちがどこかにあったのを改めて引き締めた。


それとは別に、気になったことがあったので聞いてみた。

「ヴェヒターの方たちが採っている鉱物とはなんですか?」

「あぁ、これじゃよ」

長が胸元に紐で下げていた小指の爪ほどの石を見せてくれた。


鈍い灰色にも見える石には、黒い汚れが浮いていた。それは、汚れというよりは酸化しているように見えた。

「これは……銀ですか」

長はうなずき、太い指で黒い部分をぐいっと拭いた。


「銀の出る山がある。放牧の片手間に、数日でこの程度の銀が採れるのだ。ほんの小粒だが、金も採れる。魔法陣で精錬できるようになってからは、それなりに安定して採れている」

この世界での金属の希少性は地球と似たようなものか、もう少し価値が高い。

「これは、取引先も慎重にならざるを得ないでしょうね」


「当然、むかし契約したときに文書化して保管してある。ハイブリダ大公国の北に領地を持つ貴族が窓口だ」

それなら大丈夫だろうか。しかし少しばかり気になったので、コーディは長に頼んでその契約書を見せてもらった。

一見すると、至って普通の契約だ。『ヴェヒターはハイブリダ大公国コントレーラス伯爵家との国境まで来る』『ヴェヒターは精錬された銀を持ち込む』『持ち込まれた銀は一覧の通りのレートで取引する』『コントレーラス伯爵家はその場で現金を支払う』など、ルールを明記してある。それも、魔法契約だ。


ただし。

「……随分と、日付が古いですね」

「そうだ。もうかれこれ40年も前に契約書を作った。多分、ゲビルゲで初めて他国と契約したのがヴェヒターだ。コントレーラス伯爵家もヴェヒターも代替わりしたが、変わらず取引をつづけている」

「なるほど。見直しはされないんですか?」

「契約は正しく履行されている。問題はないとお互い確認している」

「そうなんですね」


ヴェヒターは基本的に自分の世話は自分でするスタイルらしく、終わりに差し掛かって酔いつぶれた者以外が片付けをしていた。

子どもたちはさすがに途中でテントに帰っていったので、焚き火の明かりの中で片付けるのは大人だけだ。

コーディも、彼らと一緒に宴会場を片付けた。



―― 40年も経てば、貨幣価値は変わっているはずじゃが。


取引額は固定、というのがどうにもひっかかる。

コーディは、覚えておいたレートの一覧を、自分のテントに帰ってからメモに書き出した。

そして、ディケンズに宛てた手紙の中に一緒に入れた。ゲビルゲの人たちはどこか純粋なので、おせっかいと知りながら心配してしまう。


「……杞憂で済めばいいんじゃがのぅ」


金属の現在の取引額などは、流石に知らない。

しかしそこは蛇の道は蛇。貴族位を持ち、金属の流通などの知識がある者に聞けばいいのである。

コーディは、手紙を転移し終わった魔道具をアイテムボックスへ放り込んだ。

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