102 魔法青年は認められる

「休む必要はないか?」

おさが聞いてくれたが、コーディは首を左右に振った。

「問題ありません」

「では、はじめ!」


長の合図とともに、ヤンは長剣に魔法を纏わせた。剣の周りの空気が渦を巻いているようなので、どうやら風魔法らしい。

面白い使い方だなと観察していると、ヤンはひとつ息を吸ってから地を蹴った。

その軌道を予想しながらトンファーを構え、腰を落とした。


そのまま剣を受けるつもりで構えていたが、ヤンは間合いと思われる範囲より数歩後ろの場所で急に止まり、勢いを剣に乗せて切り上げた。

それを見たコーディは、トンファーを振って空気の壁を作り、飛んできたかまいたちを空に跳ね上げた。

その間にヤンがこちらに飛び込んできたので、長剣の軌道にトンファーを持ってきた。


カン!!カンカンカン!


今度は強度ミスもなく剣を受け、コーディは防戦した。

ヤンは冷静にコーディの動きを見ながら剣を繰り出していて、なおかつ無駄な動きがない。

楽しくなってきたコーディは、知らず口角を釣り上げていた。


剣とトンファーで何度も切り結び、観客からは火花が見えた。あまりの激しさに、誰もが声も立てずに二人の戦いを凝視していた。

ヤンは長剣を的確に振りながら風魔法も並列して使って追い詰めようとし、コーディはトンファーで長剣をいなしながら風魔法を散らす。

剣と魔法の両立を成し遂げたヤンはこの10年ヴェヒターの戦士として不動の1位を確保していたので、皆は久しぶりにヤンが本気で戦う姿を見たのだ。


しばらく打ち合って、ヤンは埒が明かないとみたのか攻撃方法を変えた。

土を切り上げるようにかまいたちを繰り出し、コーディの視界を砂で遮るようにして長剣を振った。対魔獣の戦闘としては負けなしの手法なので、観客たちもハラハラしていた空気が緩み、見守る体制に入った。

これまでもずっと、周りの見立てではコーディの防戦一方だったのだ。



しかし、気づけば大汗をかいているのはヤンの方であった。

数度目に切り結び、お互いに距離を取った。肩で息をしながらも戦意をさらに燃やすヤンと、息も乱さず楽しそうに目を煌かせるコーディ。

そのままお互いに地を蹴って、カーン!ガッ!とひときわ大きな音が鳴った後、どさりとヤンが倒れ落ちた。


「……っ、勝者、コーディ!」

数秒待ってもヤンが微動だにしないのを見て、長が試合終了を宣言した。それを聞いたコーディは腕をおろし、トンファーを腰のベルトに挟んだ。

そのままヤンのところへ歩いていった。


「おい、待てっ……!」

周りが止めようとしたが、コーディの動きのほうが早かった。

ぶわり、と一気に魔法を行使すると、駆け寄ろうとした人も見守る人たちも動きを止めた。


―― 最後は、思わず手加減を忘れてしまったからのぅ。


特に損傷の酷かった腕と肋骨は、魔法で治しておいた。

倒れたのは、トンファーの重い攻撃で胸部と腹部を圧迫された故の一時的な窒息が原因だろう。事実、ヤンは息もできず動くことはできなかったが気を失ってはいなかった。

治療が終わると、ヤンは大きく息を吸ってゲホゲホと咳をしながら起き上がった。


「げほっ。……随分と、学ばせてもらった。強き者よ、ヴェヒターは貴方を歓迎する」

「すみません、最後は勢いを殺すこともできず。肋骨と腕は治しておきましたが、ほかに違和感はありませんか?」

「痛みが引いたから折れてはいなかったと思ったが……まさか、治療までできるのか」

ヤンは、尊敬の念を込めた視線をコーディに寄越した。


それを聞いていた周りの人たちは、いっそうざわざわと騒がしくなった。それを気にすることもなく、コーディはヤンに答えた。

「色々と学んできた中で得た副産物ですね」

「副産物……」

おまけのようなものだと言うコーディに、ヤンは唖然とした後でゆっくりと頭を下げた。


「え?あの」

何があったのかと驚くコーディが思わず周りを見ると、群がっていたヴェヒターの人たちが全員頭を下げていた。

困っていると、長が一番初めに顔を上げた。


「コーディ、強き者よ。ヴェヒターは貴方に畏怖と感謝の念を捧げる。素晴らしい武術の片鱗を見せてくれただけに留まらず、ヤンを治療してくださり、心からお礼申し上げる」

「……僕は、僕にできることをしただけです。そこから何を受け取るかは見た人次第ですから、あなた方はそれだけの実力があるということだと思います。それと、治療は不始末の責任です」

そこまで敬われるようなことをしたつもりはなかったので、コーディは少々慌てて答えた。コーディの言葉を聞きながら、頭を下げていたヴェヒターの人たちが次々と顔を上げ、ざわざわと賑やかになってきた。


「強き者への謝礼として、次の長の座を用意しても良い」

突然、長がそんなことを言い出した。ギョッとしたコーディは、期待に目をきらめかせるヴェヒターたちを前にして首を横に振った。

「とんでもありません!よそ者が上に立っても何もいいことがありませんよ。それに僕は魔塔の研究者ですから、この地でヴェヒターの方たちを守って導くような甲斐性もないです。僕よりも、状況を冷静に見て判断していたヤンさんのような方が向いていると思います。もちろん、本人の希望と皆さんの意見にもよりますが」


突然名前を出されたヤンは、驚いて顔を上げた。

なんとなく思いついたから彼を挙げたが、特に悪い案だとも思わない。戦いの腕があることもそうだが、皆が信頼を寄せている。試合の間も熱中しすぎることなく、周りが見えていた。そういった冷静さが、集団をまとめる上では重要なのだ。

今の長に比べれば若いし経験も未熟だろうが、ヴェヒター一族を大切にしていること、冷静に周りを見ていること、信頼されていることを考えれば、適任だろう。


うんうん、と納得していると、長が改めてコーディに質問した。

「では、強き者は次の長をヤンにすべし、と?」

それに対して、コーディはくるりとあたりを見回した。皆が頭を上げてこちらを見ていた。

「ヴェヒターの長には、皆からの信頼が必要でしょう。それに、戦闘の強さも重要。このあたりはヤンさんなら問題ありませんね。あとは一族をまとめる能力と方向性を決める状況判断力ですが、こちらは才能よりも経験が物を言いますし、一人でこなす必要もない部分です。何人かで幹部を作ってもいいでしょうし、長がサポートしてもいいでしょうから。なんにしても、僕には決定権はありません。ただの意見です。ヴェヒターのことはヴェヒターが決めるべきですよ」


要するに何もできないと言ったわけだが、長は納得したようにうなずいた。

「貴重な意見として受けよう。皆も、それでよいな?」

それぞれに頷いたり声を上げた彼らは、長に同意したようだった。そして、そのまま宴会になった。



どこに用意してあったのか、肉料理や薄焼きパン、酒が出た。

コーディも、酒はなかったが料理をいくつか提供した。乾杯のあと、早々に飲み比べが始まった。

「負けるかぁ!」

「今度こそオレが勝ぁつ!!」


やはり、ヴェヒターは戦うことが好きな一族だった。

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