101 魔法青年ははっちゃける
「ヴェヒターの対戦規則に則り、戦闘不能にする、もしくは負けを認めたら終わりじゃ。良いな?……では、はじめ!」
腕を下から上へと振り上げ、試合の開始を宣言した。
宣言と同時に、ヴィリが地を蹴った。
大きな体からは想像もできない瞬発力だ。
ブン!と音がするのと同時にコーディがひょいと避けると、ヴィリの左手にあったハンマーが空を切った。
「っく!避けるな!」
「なら、次は受けよう」
「ぬかせ!!」
そう言いながら、今度は右手のハンマーをコーディに向けて思い切り横に振ったヴィリ。
腕を構えて武器で受ける体勢になったコーディを見て、観客たちは息を呑んだ。
ゴッ
金属と金属がぶつかる独特の音が響いた。
そして皆が見守る中、ビキリとヒビが入る独特の音がして、ヴィリが持つハンマーのヘッド部分が半分割れてゴトリと落ちた。
誰も、声を上げることすら忘れてその光景に見入った。
「おっと、これは強度ミスでした。失礼」
集中を解いたコーディは落ちたハンマーヘッドの半分を拾い上げ、そのまま固まって動かないヴィリが持ったハンマーにピタリと合わせた。
そして呪文も言わずに土魔法を行使してハンマーを修繕すると、また元の位置に戻った。
「では、再開しましょうか」
「え?いや、えぇ?」
ヴィリは、直ったハンマーとヘッドが落ちていた地面、落とし物を届けただけかのような力の抜けたコーディを何度も見比べ、そしてハンマーを持った腕を下ろした。
「俺はスピードや魔法はそれなりだが、力はヴェヒターの中でも群を抜いている。アレが通じないなら勝ち目はない。しかもあの魔法、叶いようがない。俺の負けだ」
ハンマーを足元に置き、両腕を降参するように上げてそう言った。非常に
「……勝者。コーディ!」
長の宣言を受け、ぅええええええ?!というような悲鳴が、観客から上がった。
ヴィリが弱いとは思わない。彼なら、プラーテンスでも最前線で活躍する冒険者になれるだろう。今回は、コーディが言ったとおり強度ミスだ。コーディの。
ハンマーもトンファーも金属なので当然硬いのだが、実は
しかし、予想よりもヴィリの持つハンマーが固く、振る速度も速く、トンファーの強化をやりすぎた。
もしも、ヴィリが武器の強化をしていれば、どちらも弾かれる形でもう少し試合が続いたかもしれない。ハンマーを振る動きにも無駄がなかったし、一撃が重くて速かった。
失敗したな、と思いながら彼を見ていると、境界線の方へと軽い足取りで向かったヴィリは、次の戦士にグータッチしてからこちらを向き、腰から体を折って深く頭を下げた。
それを受けて、コーディも神仙武術の礼を取った。
次に入ってきたのは、ヴィリとグータッチしていた背の高い細マッチョだ。腰には短剣と杖を下げている。
「ヴェヒター2位の戦士、ウド」
「魔塔の研究者、コーディ・タルコットです」
どうやら毎回お互いに名乗るようなので、コーディも名乗り直した。
ウドはさっと杖を抜いて構えた。
まとっている魔力は長よりも整っている。魔法に関しては、ヴェヒターの中でも群を抜いているだろう。
「では、第二試合、はじめ!」
長の合図と同時に、ウドが口を開いた。コーディは、彼が魔力を集めるのを凝視していた。
「バレット!」
冷静にそれを見ていたコーディは、飛んできた土塊を無詠唱の風魔法で足元に叩きつけた。
「っ!ウォール!ブレイク!バレット!!」
コーディの周りに土の壁が立ち上がり、足元の地面が崩れ、上から土塊が3つ飛び込んできた。
短い独特の呪文で、なかなかの威力である。プラーテンスでは無詠唱が一般的だったが、あれもやはり独自の進化の一つなのだろう。
土の壁は砂にして、足元の地面を埋めた。土塊は、早いのでアイテムボックスにそのまま放り込んだ。
「なっ?!なんだ、その魔法は!」
そう言いながら、ウドはまた土塊を複数打ち込んできた。すべてアイテムボックスに収納である。
「壁を砂にしたのは、水魔法の応用です。ここを埋めたのはただの砂の移動で、固めたのは水魔法と土魔法。土塊は、ちょっと別の場所に行ってもらいました」
飛んできた土塊をまた風魔法で弾いて地面にめり込ませながら、コーディは解説した。
「っぐ!この!当たれ!」
ウドの魔法は発現まで早いし、威力も強い。魔獣を狩るなら特に問題もないだろう。複数の土塊を操れるなら、独学で同時発動ができているに等しい。
かなり高度な魔法使いである。探求するつもりがあるなら、魔塔に勧誘したいレベルだ。
しばらく土塊を打ち込み続けても魔力が尽きないあたり、魔力の使い方が効率的だし魔力の器もかなり大きい。元のコーディはともかく、魔法学園の生徒たちと比べても遜色ないだろう。
しかしこのままでは、ただ時間が過ぎるだけだ。コーディは、ウドとの対戦の中で初めて神仙武術の構えをとった。
「ウド!そいつは動けるぞ!気をつけろ!!」
「
周りはそれを見て、ウドに色々と声をかけていた。
それを受けて魔法を準備したウドに向けて、コーディは左手をふわりと突き出した。
何かの初動かと怪しんだウドは杖をぎゅっと握り直し、そのまま膝から崩れ落ちた。
「お、重い……」
観客は、何が起こっているのか分からず首をひねったり「動けよ!」と声をかけたりしている。
一方、コーディはゆったりと立ったままウドをじっと見ていた。ウドは、膝を土に付けたまま動けずにいる。
「ウド、動けるか?」
審判をしている長がそう声をかけた。
「っぐ、これ、しき!」
がっ、と片膝を立てて体を支えようとしたが、ぜえはあと息を切らせていた。
それを見たコーディは、すたすたと近づきながら左手をひょいと上げた。そのとたん、ウドの周りにあった土が一気に立ち上がり、そのまま彼の体を包み込んで首から下をがっちり固めた。
それと同時に木の根がぶわっと広がって土ごとウドを包み込み、一本の木が育った。木のうろの部分に、ウドの顔だけが見えている状態だ。
「何だあれ……」
「ビーシの木、だよな?多分」
「木魔法ってあんなんだったっけ」
「ウドが大木になっちまった」
一言にまとめるなら、『うわぁ』という感じだろう。感心とも困惑とも言える。どちらかというと困惑の方が強いかもしれない。
「勝者、コーディ!」
ウドがもう動けないと判断した長が、試合終了を宣言した。
一応土の中でうごうごと頑張っていたようだが、ウドは諦めて目を閉じた。
観客は、またも歓声を上げた。
その中で、コーディは木を動かして別の場所に植え、土の塊を闘技場の地面に戻した。
後始末の様子を唖然と見ていたウドは、軽く首を左右に振った。
「意味がわからない」
ふらふらと闘技場の境界線に向かったウドは、次の戦士らしい男性に軽くハイタッチした。
ヴィリやウドよりも少し年かさに見える男性は、腰に長剣を下げていた。程よく筋肉のついた体はしなやかで、魔力も綺麗に纏っている。
「ヴェヒター1位の戦士、ヤン」
「魔塔の研究者、コーディ・タルコット」
どうやら、連戦は次で最後になりそうだ。
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