100 魔法青年は招かれる

気を取り直した男性は、剣を収めて名乗った。

「おれは、ザシャという。突然剣を向けてすまなかった。それと、助けてくれてありがとう。バーニングウォルフも1体なら相手にできるが、さすがに4体は対処しきれなかった」

「いえ、侵入者ですからそういった対応になるのも普通だと思います。気になさらないでください。僕はコーディです。研究調査のためにこちらに来たんです」


「コーディか。お前は、強き者か?」

「強き者?他の人よりも強いかどうか、ですか?」

「それもあるのだが……自分の強さを、自覚しているか?」


ザシャが聞き直したため、コーディは少し考えて言った。

「……大まかに分類するなら、強い自覚はあります。武術も、魔法も」

それを聞いたザシャはこくりと頷いた。


「先程の立ち会いも、勝負というよりは指導を受けているかのような感覚に陥った。少なくとも、強い。俺一人ではお前が強き者かどうか判断できない。皆の所へ連れて行こう。来てくれるか?」

彼の言う『強き者』が何なのか分からなかったが、申し出は非常にありがたい。

「はい、お願いします。僕も聞きたいことがありますので。……そういえば、ザシャさんはヴェヒターの方ですか?」


くるりと背を向けて歩き始めていたザシャは、足を止めてコーディを振り向いた。

「そうだ。俺はヴェヒターの戦士、ザシャ。ヴェヒターの一族は、お前の疑問に答えられるだろう」

コーディが聞きたいことが何なのかも伝えていないのに、ザシャはそう言った。



ほとんど走るように移動して10分ほどで、霊峰の海側の麓に少し開けた台地が広がっていた。

そこに、数十戸のゲルのようなテント群が見えた。近くには、ヤギのような動物たちが放牧されており、管理しているのだろう人たちが見守っていた。

テントの数からすると、ヴェヒターの人たちは大人と子どもをあわせて100人程度だろうか。前日出会った一族の大人たちよりも明らかに体格がよく、魔力の器も大きいと感じられる。比べるなら、プラーテンス王国にいる一般的な冒険者と同じくらいだろうか。かなりの熟練者ばかりのようだ。


「ザシャ。その方は?」

遠くから見守る人たちの中から、特に魔力のめぐりが綺麗な老人が出てきて問うた。老人と表現したが、彼も十分プラーテンスの冒険者レベルの猛者もさだろう。

おさ、こちらはコーディ。強き者、だと思う」


ザシャの言葉を聞いて、ヴェヒターたちの空気がざわりと動いた。長と呼ばれた老人も、わずかに目を見開いた。

「……そうか。して、その方は、ここへ何をしに来なさった?」

後半はコーディに向かって聞いてきた。万が一のときは隠れて霊峰まで転移していけばいいだろうと考え、正直に答えることにした。


「霊峰にあるものを確認しに来ました」

それを聞いて、長は静かに目を閉じた。対してヴェヒターたちは、先程よりも大きく声をあげた。

「嘘だろ?」

「まさか、本当に来たんだ」

「あんなに細くて弱そうなのに?」

「いや、あれはきっと意外と強いぞ」

「ザシャと比べてもあんなに小さいのに」


ざわざわと騒ぐ彼らを片手を上げるだけで黙らせた長は、にやりと好戦的な表情でコーディを見た。

「では、強き者であることを証明せよ。ヴェヒターの戦士上位3名と勝負してもらう。さすれば、ヴェヒターはそなたを霊峰まで案内しよう」

「戦士の人たちに勝つことが、強き者の証明になるんですか?」

なぜそういうことになるのか分からなかったが、とりあえず勝負して勝てばいいらしい。


詳しく聞けば、普通に武器や魔法を使って一対一で勝負し、決められた範囲から出るか、戦闘不能となれば負けるそうだ。わざと殺すようなことをすれば失格だが、事故で命を失ってしまう場合は不問とするという。なかなかに戦闘狂な考え方だ。

説明を受けている間に、数人が場所を準備していた。

おおよそ30メートルほどの四角形なので、魔法を使うことを考えればまぁまぁ狭い。


―― すぐ外側に観客がいるなら、魔法は控えめにした方がいいかもしれんのぅ。


なんだかんだ自分も乗り気になっていることに気づいて、コーディは苦笑した。



「では、強き者よ、その証としてヴェヒターの戦士に勝利せよ。『その強き者、戦士を軽々と打ち負かすは霊峰に認められし者。その者訪れしとき、そは厄災の封印の崩壊近し。弱き者は霊峰を遠く望み、ヴェヒターの戦士はほかの一族の戦士たちをまとめ、厄災に備えるべし』――偉大なる祖先が遺した予言が実現するときであることを証明せよ」

どうやら、ヴェヒターには予言のようなものがあるらしい。封印というのは、赤い石の魔法陣のことだろう。そして、戦士たちが六魔駕獣に備えろ、というもののようだ。

やはりゲビルゲの人たちは好戦的だ。


マントを脱いで地面に置いたコーディは、トンファーのような武器を両手に持ってくるくると回した。材料は、土魔法で作り出したステンレスもどきである。

向かい側に並ぶ3人は、確かにほかの人たちよりもワンランク以上強そうだ。前線で活躍する冒険者並みだろうか。

コーディがゆるりと闘技場の中に入ると、3人のうち大きなハンマーを2つ下げたゴリマッチョな男性が一歩前に出た。どうやら彼が先鋒らしい。


特に構えることもないコーディに対し、ゴリマッチョは双剣のようにハンマーを構えた。

「ヴェヒター3位の戦士、ヴィリ」

名乗りをあげたので、コーディも応えた。

「魔塔の研究者、コーディ・タルコット」


魔塔と聞いて、またヴェヒターの人たちはざわっと空気を揺らした。どうやら、彼らも魔塔がどういうものか知っているらしい。観客となった彼らから声が上がった。

「魔法を使わせるな!」

「力とスピードで押せ!ヴィリ!」


そこには相手を排除しようという空気はなく、どちらかというと久しぶりのエンタメに心を浮き立たせているようだった。男性だけでなく、女性も子どもも老人も、それぞれが闘技場が見えるよう座ったり立ったりして詰めかけていた。

簡易的に引かれた線から一歩分も離れず並んでいるので、普通に考えれば危険である。

しかし、何かあっても避けられるという自信があるのだろう。小さな子どもはさすがに一番前には出ず、座り込んだ大人の後ろから中を覗き込んでいた。



「なぁ、今あいつ、どこから武器出したんだ?」

「わからん」

「あんな武器見たことないんだけど」

「お父さん、あの武器強い?」

「鈍器対鈍器か。武器の強さだけならヴィリかな」

「俺は戦士側だ」

「それじゃあ賭けにならんだろが。オレは2位のウドに負ける」

「おれはヴィリに賭ける」

「なら、俺は1位のヤンに負ける」

「俺もヤンかなぁ。魔塔だろ?魔法はすごそうだからウドもやばそう」

「じゃあ、オレは大穴であいつが全員に勝つ」

「「それはないだろ」」


一部からは、賭けが始まった声も聞こえてきた。

完全にイベントである。


悪意のない人と思い切り戦える状況は久しぶりで、コーディは口角を上げた。

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