99 魔法青年は探して対面する

子どもたちに手を振り、コーディはその場を立ち去った。

ちらりと振り返ると、心配そうに子どもたちに歩み寄る大人の姿が見えた。こちらに敵意を向けているわけではなかったので、様子を見て単純に心配しているだけだろう。

自衛としては大切な姿勢だと思う。


彼らと離れ、少し進んで岩陰に入ったところで、転移と飛行魔法を発現させた。いつものように空の高いところに転移して、そこからは飛行魔法だ。

まずは東に突っ切って海へ出ることにする。

時間的に、海が見える辺りで野営することになりそうだ。


日が傾く中で山を見下ろしながら飛んでいると、前方に海が見えた。砂浜のようなものは見えないので、もしかするとほとんど断崖絶壁なのかもしれない。

端までたどり着いて降り立つと、やはりほとんどが切り立った崖であった。前世で見た日本海側の崖のような場所が、延々と続いている。かなり入り組んでいて、海からの風が強く、波しぶきが激しい。

振り向くとこれまた延々と山が連なり、太陽は既に山の向こうであった。


―― 何もなければ、観光に来たいのぅ。


砂浜がない関係か、あまりにも水が透明なのだ。遠くは、深い青。

時間があれば、下まで降りて釣りでもしてみたい。もしかすると、青の洞窟のような場所もあるかもしれない。

コーディは、色々と片付いたらまた訪れようと心にメモしておいた。



風を防げるよう岩陰にテントを張って一晩過ごしたコーディは、朝日が海を照らす前に起き出して準備をした。

はっきりした場所がわからないので、ここからは南下しながら根気よく探すしかない。

ローブの紐をきゅっとくくり、コーディは空へ飛び上がった。



昨日の子どもたちによると、霊峰の山頂は鋭利で、さらに岩が積み重なっているらしい。

どれほど尖っているのか、積まれているのはどれくらいの大きさの岩なのか、どの程度重なっているのかなど、詳細はわからないので、一つずつ見て確認するしかない。

海沿いにゆっくりと飛びながら山を確認していると、途中でヤギを追いながら山の中を移動する人たちを見かけた。

かなり上空から見ただけだが、割と小さな子どもたちもひょいひょいと木々と岩だらけの道とも言えない道を歩いていた。昨日出会った一族もそうだったが、ゲビルゲの人たちは総じてかなり身体能力が高いようだ。


そういえば今日は訓練をしていなかったと思い出したコーディは、彼らからは離れた場所に降り立ち、山の見える場所を選びながら山の中を走って進むことにした。

飛ぶよりも遅いが、逆に何か見つける可能性もある。

途中で何体か魔獣と出会ったので、討伐しておいた。プラーテンスとも迷いの樹海とも生態系が違うので、実物は見たことのなかった魔獣だ。


シークロウは体長が1メートルほどあり、巣から出てきた兎(こちらは魔獣ではない普通の動物だ)を狙っている様子だった。水魔法を使えるらしいが、コーディを見た途端敵対行動を開始したのですぐ狩りとった。

もう一体はソイルディアだ。こちらもかなり大きく、ヘラジカを思わせるサイズの鹿だった。のっそりと岩陰から現れたときには、縮尺が間違っているのかと思った。そしてこれも、コーディを見た瞬間に土塊を飛ばしてきた。すぐに頭を落として仕留めたが、大きすぎて血抜きが少々面倒だった。

このところ、あまり魔獣に相対していなかったし、人の目がないとわかっていたので自重なく思い切り魔法も体術も使うことができた。あまりにあっさり倒してしまったので、訓練になったかどうかは定かではない。


そうして南に向かって走っていると、魔獣とはまた別の魔力を感じた。コーディがいる海沿いの場所よりも少し山側に入ったところだ。

興味を惹かれたのでそちらに向かって魔力の元を探してみると、大きな木の枝に魔法陣の描かれた板が吊り下げられていた。

それは現在一般的に使われている魔法陣の文字だったので、どういったものなのかとコーディは休憩がてら読み解いてみた。


「随分回りくどいが……要するにドアベルか」

別に余計な言葉を使っているわけではなかったのだが、言葉の組み立てが非効率的である。もう少し違う言葉を使ってまとめ直せば、この三分の二くらいの大きさにできる気がした。

そしてその魔法陣は、一定範囲内に指定の魔法陣を持っていない人間が来たら、対になっている魔道具に通知するというもののようだ。通知の方法は、こちらに対になる魔道具がないのでわからない。しかし、排他的な一族が他者の侵入を監視しているとすると、音を鳴らすか光るか、とにかくすぐにわかる方法になっているだろう。


その木札の向こうに見えるとんがり帽子のような山の頂上に、岩が積み重なっているのが見えた。


「……これは、待った方がいいのか、待ち伏せした方がいいのか迷うところじゃの」

敵対するのか、警告されるだけなのか、向こうの対応が予想できないので動きようがない。

結局、コーディは警戒だけしてそのままその場で待つことにした。



昼食代わりのパンと燻製肉をかじっていると、遠くから人の気配がした。魔獣とは明らかに違うので、よくわかる。

飛んでいるわけではないはずだが、平地を全速力で走っているくらいのスピードだ。この速さで人が山の中を走っているとは普通は思わないだろう。

先程見かけた人たちのお仲間だろうかと考えつつ、燻製肉にかぶりついた所へ、体格の良い男性が走り込んできた。


「……お前が、侵入者か」

岩に腰掛け、もぐもぐと呑気に食事をするコーディを見て、男性は呆れたような表情で言った。

口にあった肉を咀嚼しながらうなずき、飲み込んでからコーディは口を開いた。

「そういうことになりますね。待てば良いのか集落の方へ向かえば良いのかわからなくて、ここで待たせていただきました」


ぱくり、と残ったパンをすべて口に放り込んだタイミングで、男性は唐突に攻撃を仕掛けてきた。

武器は腰に下げていた短剣だ。

その剣筋を目で追いながら、最低限の動きでひょいと避け、ゆらりと立ち上がって神仙武術の基本の構えをとった。それを見た男性も、独特の体勢で短剣を構え、対峙した2人は動きを止めた。


ずっと海から吹き上がってきた風が止まった瞬間、2人揃って山側を見やった。その瞬間、岩陰から黒い影がいくつも飛びかかってきた。

目の前の男性に集中していたので、うっかり索敵が甘くなっていたらしい。

「っ!こんなときに!」

2人に襲いかかったのは、4体のバーニングウォルフだった。久しぶりに見覚えのある魔獣である。しかし、サイズが随分と大きい。男性は岩を背にして短剣で応戦していたが、少しばかり劣勢のようだ。


「倒してしまっていいですか?」

「できる、もんならな!」

「では」


ぶわり、と魔力を気持ち控えめに纏い、コーディは両手と両足に氷魔法を展開した。見た目で言えば、氷の棘付きナックルと棘付きブーツだ。炎系の魔獣にはなかなかの威力となる。

ぐっと構えをとり、すぐに地を蹴った。

こちらに飛びかかってきた一体に左手を叩き込み、後ろから飛びかかろうとした一体を回転しながら右足で蹴り上げ、男性を襲っていた2体のうちこちらを警戒した一体を左足のかかと落としで仕留め、最後に逃げようとした一体は右手の拳で下から殴りあげた。


所要時間、およそ10秒である。


それを見た男性は、短剣を持ったままぽかんと口を開けていた。

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