98 魔法青年は情報を集めたい

ゆっくり歩いてテントの方へと近づくと、大人たちから警戒の視線を向けられた。

パッと見たところ、カロレ国の魔法使い以上ネイト以下といった程度には魔法を使える様子である。

とりあえず、近づいても逃げようとはしない大人に話しかけてみた。


「すみません、少しいいでしょうか?僕は魔塔の研究者をしています。研究の一環で、この辺りの調査に来ました。お話を伺いたいんで――」

「すまんが、話せることは何もない。ほかを当たってくれ」

「あの、土地の話なんですが」

言いかけたコーディを放置して、男性はどこかへ歩いていってしまった。


「申し訳ないのですが、水を分けていただけませんか?」

「あっちに井戸がある。少しなら持っていくと良い」

「ありがとうございます」

コーディが『ありが』と言いかけたあたりで、教えてくれた女性はくるりときびすを返した。

かなり頑なである。ここまで一貫しているのなら、何か理由があるのだろう。



「この辺りには、旅人などは来ないんですか?」

「ワシが知る限りここ10年はいないねぇ。ほかの一族との交流ならあるが、他国の人は、ね。どうもワシらを下に見よる。ワシらによっぽど金が必要になるときは、こちらから国境付近まで出向くんじゃ。向こうはこちらには来んでな」

「ほかの国というと、このあたりならアルピヌム公国でしょうか」

「うちの一族はアルピヌム公国とはつながりがないんじゃよ。ワシらの冬の遊牧地から行きやすいから、ロエアス公主国と契約しておる。一族ごとに、取引する国を決めているんじゃよ」


話をしてくれたのは、日向にちょこんと腰掛けていた老人だ。

世間話から彼らの話へと移り、色々と話を聞かせてくれた。

ゲビルゲの人たちは元は一つの王国だったらしいとか、血の停滞を恐れているため8割はゲビルゲの中のほかの一族と結婚するとか、季節ごとに移動するがその範囲は一族ごとに決まっているとか、そういったことも聞くことができた。


そうして聞いていると、ちらちらとこちらを気にしながらも通り過ぎる大人が何人もいた。

「すまないねぇ。一昔前に騒動があったもんでね」

「騒動ですか?」

「あぁ。ワシらが巡っている土地の一部に、宝石の鉱脈があるんじゃ。かなり危険な場所だからたまにしか行かないし、大した産出量でもないんじゃよ。20年ほど前か、旅をしてきたという他国の人が滞在して、まぁ親しくなった。しばらく滞在している中でその宝石を見てな。『これは素晴らしい、他国で売ればこのひと粒でもひと財産ですよ!お預けいただいたら私が売ってきましょう』とまぁうまいこと言いくるめられて、宝石をすべて持っていかれた」


その後の話を待ったが、老人は終わりとばかりに口を閉じた。

「え?まさか――」

「そうじゃ、これで終わり。奴は宝石を持っていき、ワシらの手元には何も残らなんだ」

遠くの空を睨んだ老人は、首を小さく左右に振った。


よくある詐欺だ。

しかし、純朴だった彼らにとっては非情な裏切り行為である。

その反動で、外部から来た人に対する警戒度が高くなっているらしい。


似たような目に遭ったほかの一族も少なくないため、全体として排他的な状況になっているそうだ。

人を喰い物にする輩はどこにでもいるが、少なくとも外部の人間を排除していれば詐欺師はやってこない。カロレ国では「ゲビルゲは多少排他的」とは聞いていたが、そういう理由だとは思っていなかった。

環境が厳しいので他国の人間はほとんど入ってこないし、彼らとしても無理やり追い出すことはない。ただ、ほぼ無視していれば何も得られないと知った侵入者は去っていく。そうして何年もが過ぎ、誰も訪れなくなった。


老人に話を聞いていると、今度は興味を惹かれたらしい子どもたちがやってきた。

初めは遠くからコーディと老人のやり取りを眺めていたが、しばらくして数人の子どもたちがゆっくりと通り過ぎ、そうしてとうとう話しかけてきた。

「お兄ちゃんは、商人なの?」

「違うよ。僕は魔塔の研究者なんだ」

子どもたちはそれを聞いて、半分くらいは理解したようであった。


そばにちょこんと座った小さな子が、コーディの服の裾を引っ張った。

「魔塔ってなぁに?」

その問いに答えたのは、子どもたちの中でも比較的大きな子だ。

「知らないのかよ、すごくできの良い魔法使いだけが行ける場所で、なんか新しい魔法とか開発してるらしいぞ」


「大体そのとおりだよ。魔法が得意な人たちが、魔法や魔法陣を開発したり研究したりしてるんだ。ここからだと、アルピヌム公国を越えて西へ進むとある迷いの樹海の中に、魔塔とホリー村がある」

「あぴる?ってなぁに?」

コーディが答える前に、別の女の子が口を開いた。

「アルピヌム公国、よ。あんたにはまだ早いわね。もう少し大きくなったら習うかもね」


小さな子の質問によどみなく答える子が何人もいた。どうやら、大きな子が小さな子を見るのが当たり前になっているらしい。そして、教育もそれなりに行き届いているようだ。

話していると、老人からは聞けなかった子ども目線での彼らの生活が垣間見えた。

コーディが知らない、と答えると色々と教えてくれたのだ。


「それなら、禁足地になっている場所のことは知ってるかな?」

話が一区切り着いたところで、コーディは子どもたちに聞いてみた。老人もそばに座ったままなので、知っていたら教えてくれないかな、という希望込みである。

しかし、子どもたちはきょとんとしていた。


伝わっていないとみて、コーディは言い直した。

「入っちゃいけない場所っていうか、大人が絶対行っちゃだめって言ってる場所だと思うんだ」

「台所は火を使うから、チビは入るなって言われてるけど」

「それも大事だね」

「バカだな、台所を『きんそくち』なんて呼ばないだろ」

「台所じゃないね。どっちかというと、みんなが大事にしている場所だよ」

「大事?」

「こうみゃくかなぁ」

「霊峰じゃないかな」

「よくわかんないけど、霊峰のことならヴェヒターが守ってるわね」


聞けば、霊峰とは彼らゲビルゲに住む遊牧民たちが信仰している山なのだという。

霊峰の近辺は遊牧民の中でも特に戦闘がうまい『ヴェヒター』という一族が居住する範囲であり、住みながら守っているそうだ。そこ以外を生活範囲にしているほかの一族は、季節をずらして年に一回拝みに行くという。初詣みたいなものだろうか。

ちょうど数ヶ月前、一族で移動して拝んできたらしく、そのときの話を子どもたちから聞けた。


霊峰は、今いる中央からは南東方向に進んだ海沿いにある岩山らしい。

特に、山頂付近には大きな岩が積み重なったところがあるそうだ。山の麓まで行くと、遠目にだが重なった岩が見えるのだという。ギザギザした山頂あたりは見ていて面白いと子どもたちが言った。

この辺りの山も山頂はがたがたしているが、もっと尖っているらしい。


「れいほーはね、神様なんだよ」

「だから、一番強いヴェヒターが守ってるんだ」

「近づきすぎちゃ駄目なんだって。もっと見てみたかったなぁ」

「お山の上、ちゃんと石があったね。いくつ重なってるのか数えられなかった」

「石じゃなくて岩だけどな。また来年だ」

子どもたちが口々に教えてくれた。

どうやらゲビルゲの霊峰は、ナトゥーラ教の神の一つのようだ。神格化されているなら、禁足地が眠っている可能性もある。


コーディは、色々聞かせてもらったお礼として甘い菓子を手渡した。

子どもたちと、それから初めに話をしてくれた老人へだ。干しぶどうを混ぜ込んだクッキーは甘すぎず食べやすい。

受け取った子どもたちは、喜んで口にしていた。



次の目的地は、南東にある霊峰だ。

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