97 魔法青年は東へ向かう

「ゲビルゲ山岳地帯……少数民族がおって、山岳地帯を遊牧しながら暮らしとるところですね」

リエトたちに改めて情報をまとめて報告し、話の流れで次にゲビルゲ山岳地帯へ行く、と告げると、パオリがそう言った。

コルニキュラータからはそこそこ遠い場所だが、さすが宰相だけに、他国の情報にも詳しいらしい。直接の取引はないが、ハイブリダ大公国やアルピナ皇国といったゲビルゲ山岳地帯と隣接する国を通して、山岳地帯で採れる鉱物を輸入しているそうだ。


せわしいなぁ。もう少しゆっくりしてもええんちゃうか?」

そういうリエトも、毎日スケジュールが立て込んでいて、コーディと半時間対面するために色々な予定を切り詰めていると聞いた。

あわよくばカロレを居心地の良い場所と認めてそのうち移住してもらえたらラッキー、という下心も感じないでもないが、しつこくなく気持ちの良い付き合い方なので、どこか過ごしやすいところに移住したい研究者がいれば勧めてもいいかもしれない。

もっとも、研究者たちは生活環境を気にする者の方が少ないので、実現する可能性は低いだろう。


「色々な国を見られるので、楽しいですよ。とりあえず、複数の国を通るのは手続きが面倒なので、ここからはアルピナ皇国に入って、東に抜けてゲビルゲ山岳地帯を目指そうと思います」

「ほうか。……パオリ」

「はい。通行証をご用意いたします」


パオリの説明によると、アルピナ皇国は魔獣のいる山林などは多いものの、比較的平和な国ゆえに政治的な煩わしさが多いらしい。一般人が通行するには手続きに時間がかかりすぎるそうだ。

魔塔の研究者とはいえ、国境の出入りで数日かかる可能性もあるため、一発で通行できる通行証を出してくれるという。

「ありがとうございます」


「そうそう。さらっと受け取っといてくれ。こっちとしちゃあ、まぁ投資としてもほんのひと手間程度のもんや。アルピナ皇国は、こっちに歴史やら何やらあるからかしらんけど若干ビビっとるからな。使えるもんは使つこうてくれ」

「本当に助かります。時間がかかりすぎるなら、認識できないくらい高い所を通過するところでした」

「ははは!そりゃええわ。いやそれでもええかもしらん。魔塔の研究者殿が避けてった、っておもろいやんけ」


笑うリエトに、パオリは首を横に振った。

「大して悪くない仲を悪い方へ変えんといてください。コーディ様、通行証はすぐお作りします。紙一枚で角が立たへんのやったら、その方がええでしょう」

「はい、もちろんです。ありがとうございます」





カロレ国の北側は、アルピナ皇国と接している。東西に長い国土を持つアルピナ皇国には海がなく、北東でゲビルゲ山岳地帯と隣接しているのだ。

次の日、通行証を受け取ってコーディは宮殿を後にした。

飛行すれば1時間も経たずに国境に着いた。


「では、次の方」

「はい」

関所の門の行列に並び、コーディは通行証を出した。


この通行証は、魔法陣によって魔法契約が成されていてコーディ以外は使えないようになっていた。使える期間も、1週間ほどと決まっている。

不正入出国できないようにする手段としては、それなりに精度が高い。良い魔法陣である。

「これは……はい、ではここに手をお願いします」

「はい」


通行証の横に手を置けば、ふわりとカロレ国の紋章が浮かび上がった。

「……確認いたしました。では、タルコット様はあちらの扉へお願いいたします」

示されたのは、ほかの人たちが入ったのとは別の扉である。どうやら、通行証がなければさらに手続きが必要になるらしい。


「ありがとうございます」

「良い旅を」

通行証を受け取ってから軽く会釈して通り過ぎ、出た先は廊下。さらに進むとまたドアがあった。


そのドアの向こうは、エントランスのような場所。

反対側に外へ続く大きな戸口があったので、その向こうがアルピナ皇国だろう。

出てすぐの木陰に入り、人目がないのを確認してから転移魔法と飛行魔法を使ったため、“魔塔の研究者様”を待ち伏せしていた役人たちは待ちぼうけを食らうハメになった。



アルピナ皇国の国土は結構広いので途中の町で一泊し、次の日にはゲビルゲ山岳地帯と接している国境へたどり着いた。

関所で通行証を見せるようにと促されたので、入国したときと同じように手を当てた。浮かび上がった紋章を確認したところまでは普通の対応だった役人は、入国の日付を見て目をむいた。

「え、と……昨日、コルニキュラータ首長国との国境にあるズゥトエンダに入られて、今日このオストエンダに来られたんですか?」

「はい」


「失礼ながら、どのような方法で?」

「飛行魔法です。魔塔から論文が出ていますので、ご確認いただけると思います。僕は魔塔の研究者です」

「なるほど……研究者の方がこちらに来られたのは、私の知る限り初めてのことです。お恥ずかしながら、全く知らない魔法です。さすが魔塔ですね。では、こちらで手続きは完了です。お気をつけて」

「ありがとうございます」


オストエンダの国境に『魔塔の研究者が来たら一旦引き留めて丁重にもてなしてほしい』という国からの通達が来たのは、それから2日後のことであった。

もちろん、役人は既に通過した旨を伝えたし、連絡が来る前のことだったのでお咎めもなかった。





アルピナ皇国がどうにか接触を図ろうとしていたことなど露知らず、コーディはゲビルゲ山岳地帯に立ち入っていた。

山岳地帯、というだけあって、アルピナ皇国の国境付近も山であったが、ゲビルゲ側はどこを見てもひたすら険しい山である。全体的に標高が高いらしく、背の高い木は見当たらない。山頂付近には草もなく、茶色い岩肌が見えている。

どこを目指せば良いのかわからないので、とりあえず山岳地帯の中央付近と思われる場所へと飛んだ。


飛びながら確認している限り、たまに平らな部分があった。そういった草原には、大きめのテントのようなものが数重ほど集まって建てられており、何かの動物を放牧しているらしい姿が見受けられた。

モンゴルの遊牧民のような雰囲気だが、山の中を移動するためか飼っているのはヤギのような少し小さな動物だ。

おおよそ中央付近と思われるあたりで、適当な草原を探した。そして、ちょうどよくテントの集落があったので少し離れたところに降り立った。


歩いてそちらに向かうと、ヤギを追う人たちと出会った。彼らが着ているのはベージュの布地に赤や青の刺繍が施された服で、つばの広い帽子を被っていた。

「あの、すみません――」

話しかけようとしたが、走るヤギを追いかける風体で逃げられてしまった。


―― これは、話を聞ける人を探し出さないといけないかもしれんのぅ。


コーディは、ヤギとそれを追う人の後ろ姿を見ながらポリポリと頬を掻いた。

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