96 魔法青年は口伝を知る

馬車のところまで降りる途中、ネイトに背中におぶさってもらって飛行してみた。

さすがに重量が倍以上になったからか、高く飛ぼうとすると魔力消費量が跳ね上がった。低く飛ぶとしても、一人で飛ぶときよりも魔力を多く使う。

一人ならなんとかなっても、複数人、または重い荷物を運ぶことを考えると、別のアプローチが必要かもしれない。


飛行魔法の次の課題を見つけたコーディは、それは頭の片隅にメモするに留め、待っていた馬車に乗り込んで早速禁足地で撮った写真を確認した。

まずは、簡単そうな冷却の魔法陣である。

ネイトに聞いたところ、文字は読めないが、そのまんま写すことができる比較的単純な魔法陣なので、暑いコルニキュラータでは一般的に使われているものらしい。

パッと見たところ、使われている単語は2つか3つ。確かに、何も考えずこのまま図形として手作業で写してもなんとかなるだろう。シンプルかつコンパクトになっており、かなり魔法陣への造詣の深さが窺える。


コーディは、似た意味の言葉を少し前に見たばかりだと考えていた。

馬車に揺られながら超古代魔法王国の辞書と見比べて魔法陣を確認したところ、『温度』『低下』『並列倍加』の3つだけが描かれていた。使っている文字は違うが、『温度』『低下』の二つは首長国が秘蔵している防衛の魔法陣と似ている。あちらは『気温』『下げる』だった。

一方、『並列倍加』とは、魔法陣によくあるテクニックで、シンプルな魔法陣を複数使って効果を倍増させるというものだ。複雑な魔法陣を一つ描くより、シンプルなものを二つ描いたほうがメンテナンス性が良い。


この魔法陣だと、一つ使ったところで直径1メートルほどの範囲内を2〜3度下げるのがせいぜいだろう。

魔法陣の大きさは、使える魔力量の上限に比例するのだ。大きい魔法陣は、魔力が少ないと内容の一部だけの発現になるか、威力の小さい魔法となる。上限に近い魔力を注いだら、思い通りの魔法を発現できる。上限を超えると、魔法陣が破損してしまって魔法も不発となる。

だから、最近の魔法陣には指定範囲内の魔力量を供給しないと発現しないという小さな魔法陣が標準装備されるようになった。これは魔塔ではなくズマッリで開発された魔法陣だ。魔塔の研究者たちは息を吸うように魔法陣を使えるので、こういった方面には疎い。



洞窟にあった冷却の魔法陣は、直径1メートルの範囲内に十数個描かれていた。奥へ進むほどにその密度が増えていたので、数から考えれば最奥は氷点下になると予測できる。

しかし、実際には5度を下回る程度の温度だった。写真を見ると、足元の魔法陣の劣化が激しかったので、低温化の効果が薄れていたのだろう。ところが、赤い石の文字に関してはそこまで劣化していないようだった。もしかすると、赤い石の魔法陣と冷却の魔法陣は、別の人が作ったものなのかもしれない。

つまりは、魔法陣を作れる人材が、当時この場に複数人いたということだ。


―― その技術は、六魔駕獣の混乱で消えてしまったのかもしれんのぅ。


もしくは、伝えないことになにか意味があったのか。引き継げるだけの魔力や知識を子孫が保てなかったのか。

コーディは、またしても同乗者に気を使うことを忘れて写真の魔法陣を睨みつけていた。




その日はヴルカニコ島で宿を取り、次の日の朝に島から本土へと渡った。

島には観光しに来ている人が多いらしく、コルニキュラータ特有の肌の人以外に白い肌の人を見かけた。のんびりとした空気を楽しんでいるのか、貴族と見受けられる所作の人たちも、楽しそうに笑顔で散歩している様子が見られた。

着いたときにはほとんど見ていなかったが、畑や果樹園が広がる様子と、その向こうに綺麗な海が広がる風景は、確かに素晴らしかった。


リエトが言っていた通り、ローゾ山から最短で本土へ向かう方向には、ひたすら山と畑と果樹園だけが存在していた。

人の住む範囲は、ローゾ山と本土の都市を結ぶ線から外れた部分に限られている。それは、カロレ方面だけではなく島から見て東にあるカルド国、島の南東のスペリオネ国へそれぞれ向かうであろう方向も同じだった。

ネイトによると、その部分は土が豊かなので、畑や果樹園にした方がいいという理由もあるらしい。



赤い岩の魔法陣と、入口あたりにあった石碑の解析をディケンズにも協力してもらうため、まずは内容の説明をリエトと限られた人に報告する必要がある。

そこで、リエトの判断により、リエト本人とネイト、そして宰相、団長の4人だけが報告を聞くことになった。

洞窟内や赤い石の写真を見せながら、彼らに魔塔の代表として説明した。迷いの樹海などにも同じような魔力の乱れがあり、赤い石の魔法陣があること。石碑はそれより後の時代のもので、それでも古代のものであること。超古代魔法王国が滅びた理由が六魔駕獣ろくまがじゅうであり、この赤い石の魔法陣によってそこに封じられているらしいこと。赤い石の魔法陣が劣化してきたことにより、魔力の乱れが広がってきていること。封じる助けになっている温度低下の魔法陣も劣化していること。


リエトとネイトはある程度信頼してくれているのか、コーディの話を真剣に聞いてくれていた。団長は、どちらかというとリエトを信頼して政治的判断は任せる風だった。

一方、宰相は初めは胡散臭そうに聞いていた。彼はコルニキュラータが立国されるよりも前から存在した血筋の出身ということで、カロレ国でも力のある貴族らしい。

しかし、赤い石の魔法陣の話、六魔駕獣の話をしたあたりから、眉を寄せて前のめりで話を聞きだした。


「どうや、パオリ?」

リエトに聞かれた宰相、パオリ侯爵は、一つ頷いてため息をついた。

「リエト様、パオリがこの国でも特に古い血筋やということはご存じやと思います。立国したときに首長にならへんかったんは、目立つんをきろうたからやということも。……まさか、ジジイの口伝がただのおとぎ話とちゃうかったとは」


「口伝?パオリ家に、なんか伝わっとるんか」

「はい。……絵本になってるんとは少し違う、六魔駕獣の話です。うちに伝わっとるんは、六魔駕獣の中でもマーニャと名付けられた魔獣で、簡単に言えば火魔法に特化しとって溶岩を泳ぐ大亀の話です。ジジイの話では一つの山と同じくらいの大きさ、と言うとりましたが、まぁそれは伝わる途中で誇張されていったんちゃいますかね。それでも、普通の魔獣よりは別格に大きいんでしょう。ちなみに、スペリオネの大首長のとこにも、同じような話が伝わっとるはずやと聞きました。多分、ほかの首長のとこも、首長自身か近しい貴族が伝承しとると」

パオリの話を聞いて、リエトたちは目を見開き、コーディも思わず息を呑んだ。


「重要なんはこっからです。マーニャの概要は後にしますけど、とにかくヤツは死んでへん。封じられとるだけ。そんで、将来マーニャが出てくるとき、大陸が終わると。そのときには、十国が力を合わせて足止めして、さっさと海へ逃げろと伝わってます」

「……せやから、常に大船をいくつも」

何か思い当たることがあったのか、リエトがつぶやいた。それに対して、パオリはこくりと頷いた。


「そうです。私らとしても眉唾ではありましたがね。一応、ジジイたちに敬意を払って国民をごっそり乗せられるだけの船を常に確保しとるわけです。予算がどうの、船の保管場所がどうのと言われながらね」

「なるほどなぁ。わかった、予算取りのときはちょっと考えるわ」

「お願いします」


少し話は逸れたが、魔法陣と石碑については魔塔に伝えてかまわないということになった。ただし、写真は持ち出さないように言われた。さすがに、こんなに鮮明な情報を国外に出されるのは困るということだ。

コーディとしては、魔法陣や石碑の内容さえ送れたら問題ない。

リエトの執務室に近い会議室をネイトの立会つきで貸し出すので、そこで書き起こしてほしいと言われ、コーディは了承した。ネイトが魔獣狩りに出なくて大丈夫なのかと思ったが、当面はほかのメンバーでなんとかなるらしい。何より、ずっと町にいるので家族が喜んでいる、とネイトは笑顔だった。


そうして、慎重に写真と見比べながら書き起こした2日後。魔法陣と文章をディケンズの研究室へ送り、写真はリエトたちに渡した。

魔法陣はほかのものと似たような内容だった。唯一違ったのが、温度を下げるという記述。火魔法による溶岩を冷やすためか、亀と言うからには爬虫類なのでマーニャ自身の動きを阻害するためか。

マーニャの詳細については、書き起こす合間にパオリから聞きだした。能力については聞いたことがほぼそのままで、口伝にあったのはその攻撃方法やそれによる被害状況、封じ込めた方法などであった。それはコーディが聞いて良いのかと思ったが、おとぎ話レベルの口伝であって秘伝ではないから、と笑って教えてくれた。



あれもこれも、考えたいことは色々あるが、具体的な考察は後回しだ。

次に行くのは、大陸の東にあるゲビルゲ山岳地帯である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る