95 魔法青年は火山に立ち入る

山の麓から、三合目あたりまでは馬車で登ることができた。

水場のある停車場に馬車を停め、そこからは登山だ。

ローゾ山の標高はおおよそ2,800メートルほどであり、人が入らないので鬱蒼とした森が広がっている。目的の禁足地までは、三合目から徒歩で四時間ほどかかるという。ここからは、コーディとネイトのほか、付き添いの兵士が一人だけ一緒に来る。残りの兵士は馬車と一緒に留守番だ。


活火山でもあるローゾ山を見上げれば、山頂付近に煙が漂っていた。小さな噴火は常にあるらしい。八合目付近が森林限界らしく、そのあたりから上は岩肌が見えている。

コーディと兵士はサクサクと登っていたが、さすがにネイトは少しきつそうであった。とはいえ、彼も魔獣討伐に飛び回っている魔法使いなので、登るという行為そのものに慣れていないという風だ。

昼食を摂ったあと、更に登ると辺りの木の高さが低くなり、そろそろ禁足地が見えてくるという頃、ネイトと兵士の様子が変わった。


「っ、コーディ様は、なんとも、ないのですか?」

「うぷ。これ、なんちゅーか、空気が不味いです。ぐるぐるしてますし」

二人とも顔色が悪く、立っているのもやっとのようだ。完全に魔力の乱れにあてられてしまっている。


「では、一旦降りましょう。そこで待っていていただけますか?」

コーディが提案すると、ネイトは何か言おうとして押し黙り、兵士は眉をひそめたものの頷いた。

そこで、コーディが道を確認しつつ先導して少し降りた。コーディは当たり前のように魔力を纏っているので気にならなかったのだが、どうやら魔力の乱れ具合がこれまでのものよりも酷いらしい。


「このあたりなら、少し気分は悪いですが大丈夫です」

少し引き返した場所で、水を飲んで一息ついたネイトが言った。概算だが、禁足地から直線距離で200メートルは離れているだろう。

「でも、コーディ様お一人だけであそこへ向かわはるのは危険やと思います」

顔色の悪い兵士はそう言った。


「こればかりは、僕を信頼していただくしかありません。メモはとらず、この写真の魔法陣で禁足地の必要な場所を写すだけで戻ります。そうですね……ここから禁足地まで登って、写真を撮るので一時間ほどお待ちいただけますか?」

「ですが」

兵士はまだコーディの意見に同意しかねていた。どちらかというと、信頼よりは心配してくれているようだ。


「大丈夫です、コーディ様はお一人ならほとんどの危険から逃れられます。むしろ、これだけ離れていても僕たちが足でまといになっている可能性があるくらいで」

ネイトがそう言うと、少し黙って目を閉じた兵士は、苦渋の表情で頷いた。

「分かりました。護衛として非常に心苦しいですが、ここで待たせていただきます」


禁足地は、二人が待つ場所から北東に向かって登ったところにある洞窟の中にあると聞いた。場所については、重ね重ね口外しないよう言われてしまった。

それに何度も同意して、コーディは一人で山を登った。

しかし、一人であれば真面目に登山する必要もない。飛行魔法を使ってどんどん登り、ときどき降りて確認していると、低い木々に隠れるように洞窟があった。魔力を探ればかなり乱れていたので、間違いないだろう。



洞窟は、少し斜め下に向かって広がっていた。

奥は真っ暗だったので、電球のフィラメントをイメージした光源を魔法で用意して足を踏み入れた。

火山ということで、ガスが発生している危険も考え、風魔法で入口から空気を入れながらの侵入である。


足元の石は黒いので、どうやら溶岩が固まったものらしい。

幸いなことに、特にガスはないようで、問題なく進むことができた。

それなりの距離を歩くごとに、どんどん岩壁から熱を感じるようになっていた。どうやら、マグマだまりが近いらしい。


しかしさらに進むと、突然空気が変わった。

「地下だからか……?いや、さっきまでとは明らかに違う」

眉をひそめたコーディが横の壁に目をやると、冷えによるためか水蒸気が立ち上っていて、足元には水が滴り落ちていた。


奥は、体感で5度もあるかどうかという寒さになっていた。

地中は温度が一定だと言うが、ここまで低温ではなかったはずである。怪しいと考えたコーディは、光源をゆっくりと岩壁に向けた。

「これは、……」

そこには、シンプルで小さな魔法陣がいくつもあった。それも、すべて同じものである。


ゆっくりと見渡すと、壁という壁、床、天井にも、びっしりと模様のように同じ魔法陣が刻まれていた。

魔法陣を知らなければモダンアートにも見えるそれには、もはや執念のようなものまで感じられる。

そうして改めて視線を向けた洞窟の最奥には、赤い石が埋められていた。



できれば魔法陣の確認をしたいところだったが、二人を待たせているので解析は後回しである。

まずは壁や床の魔法陣を写し、それから赤い石を写した。

ここまでの道のりでは、幅は広くて4メートルというところだったのだが、最奥はダンジョンのボス部屋のようにやたらと広くなっていた。不自然に地面が平らになっていることだけが気になった。


赤い石で作られた円は、直径およそ50メートル。天井もかなり高く、光を強くしないと端まで見えなかった。

ここの赤い石は、埋め込まれてはいたがちらりと見た超古代魔法王国の文字は上部に刻まれていたので、まずは全体を様々な方向から撮って、一つひとつの石を確認しながら写していった。

赤い石は二重円になっていたので、最初に撮る場所をわかるように決めてから、時計回りに進めた。


撮り忘れがないか確認して、コーディは洞窟の出口に向かった。

場所は記憶したので、万が一漏れがあった場合はこっそり転移して確認させてもらうつもりである。

途中の壁面も見て、魔法陣らしいものを見かけるたびに撮りながら歩くと、洞窟の入口付近、外側からは見えにくい場所に石碑が埋め込まれていた。



石碑も数枚写し、コーディは外に出た。

内部を写した紙はおよそ100枚。ずっしりとした紙を鞄に詰め、風魔法で浮かせた。二人の待つ場所は探す必要もないので、一気に飛行魔法で降りた。

「お待たせしました」

「っ!あ、コーディ様、いかがでしたか?」

「上から……すごいですね。それ、俺らも一緒に飛べませんか?」


ネイトも兵士も驚いていたが、兵士はふと思いついたように言った。コーディは、とにかく自分が飛ぶことしか考えていなかったので、目から鱗が落ちる思いであった。

「そういえば、試していませんでした」

「できそうですか?」

兵士が楽しそうに聞き、ネイトも自分の質問を忘れて聞く体勢に入った。


「多分、可能です。ただ、魔力の消費量が激しいと思うので、ばらばらには難しいですね……。おぶさってもらうとか、密着した状態ならなんとか」

「なるほど……緊急脱出用にええかもしらへん、ネイト様、どう思います?」

「そうですね、もちろん素晴らしいです。習得できるかどうかは別問題ですが」

魔法はイメージなので、できないことはないはずだ。使う魔力の量こそ多いが、彼らは実際にコーディが飛ぶところを見ているので、多分実現しやすいだろう。


「っと、飛行魔法も気になりますが、それよりも降りましょう。禁足地の中はいかがでしたか?」

「それなんですが、やはり魔法陣がありました。それから、壁や天井には別の魔法陣がびっしりと」

そう言って、コーディは壁の写真を二人に見せた。


「おや、これは」

「ご存じですか?」

ネイトのつぶやきにコーディが質問すると、彼はこくりと頷いた。

「この魔法陣は、古くからこの辺りに伝わる、食品保存場所で使う冷却の魔法陣ですね」


どうやら、洞窟は冷蔵庫と化していたらしい。

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