94 魔法青年は移動中に創作する

禁足地のあるヴルカニコ島へは、港から船に乗って1時間ほどで到着した。

対岸の本土からも見えており、慣れていれば手漕ぎボートのような小さな船でも行き来できるだろう。大きな湾になっているので、波も穏やかだ。

島に降り立ったコーディには、ネイトのほかに兵士3人が付き添っていた。


港から禁足地のローゾ山へは馬車で向かう。割と大きな島なので、観光用の馬車もたくさん並んでいた。

コーディたちは、観光用ではなくチャーターしておいてくれた普通の馬車に乗り込んだ。

兵士のうちの一人が、御者として馬車を操るという。馬車は4人乗りなので、定員はそれでちょうどだ。少し申し訳ない気がしたが、それも護衛の仕事のうちだとその兵士は笑顔で御者台に乗った。



こちらに来る前に、調査結果を話すと契約した関係で、リエトには赤い岩の魔法陣について簡単に説明した。

どうやらリエトを含めたカロレの歴代の首長たちは、禁足地についてはある程度知っていたが、そこにあるだろう魔法陣のことは知らなかったらしい。というか、魔力の乱れだけでなく本当に噴火の危険がある場所なので、誰も近寄らせていないのだという。

魔力の乱れがあるなら、迷いの樹海やプラーテンスの森のように魔法陣があると予想できる。もちろん、活火山という場所が危険なのは承知の上だ。自分一人なら万が一のときには転移してしまえばいいかもしれないが、見張り兼護衛の彼らを放っておくわけにもいかない。さすがのコーディも、まだ複数人での転移には不安がある。


そのため、読解や解析は後回しにして、とにかく最速で写すべきだと結論づけた。


―― こんなときに、写真があれば便利なんじゃがのぅ。


魔法で再現するなら、見えている景色を紙に印刷する感じだろうか。それなら、ピンホールカメラのイメージで再現できるかもしれない。デジタルで保存できれば便利だが、それは今考えるべきことではない。

思い立ったコーディは、懐に手を入れてアイテムボックスからメモ用の紙とペンを取り出し、魔法陣を考えだした。

馬車の中で景色を見ることもなく黙々と手を動かすコーディを、ネイトと兵士たちは黙って見守った。



「……ふむ。とりあえずこれでいいか」

魔法陣を構成する石か岩の写真と、その近くにあるだろう石碑を撮れればいいだけなので、耐久性を求める必要はない。石に刻む必要もないだろうと、そのままメモ用紙に清書した。

20センチほどの大きさになった魔法陣は、もう少し精査すれば無駄を省いてコンパクトになるだろう。しかし改良するのは、後で時間を取って考えるべきだ。図らずして、次の論文のネタができてしまった。


「何を、作られたんですか?」

30分ほどで集中を解いたコーディに、ネイトがそっと聞いた。彼らと一緒に馬車に乗っていることを忘れていたコーディは、思わず瞬きして状況を確認した。どうやら、コーディの邪魔をしないよう話もせず静かに待っていてくれたらしい。

「あ、すみません。うっかり熱中してしまって。これは、簡易的ですが見たものをそのまま紙に写す魔法です。試してみますね」


手元にあるのは、魔法陣を描いた紙と、もう一枚は真っ白の紙である。

簡単に説明してから、コーディは適当に窓から外を見て魔法陣を発動させた。

「やはり、まだ調整が甘いので使う魔力量が多いですね」

細かく見直しすれば、今よりも半分くらいは抑えられるはずである。しかし、今はこれでいい。


ネイトたちは、それで一体何が起こったのかわからずに顔を見合わせた。

そこで、先程は真っ白だった方の紙を、ネイトたちに見せた。

「「……?!」」


窓から見える風景をそのまま切り取って貼り付けたような、よくある絵画とは全く違う絵を見せられたネイトと兵士たちは、驚愕に目を見開いた。

「この、絵は」

「今の一瞬で?こんな、まさか」


「描いた、というよりは見えているものをそのまま紙に載せたという感じです。魔力で色を再現しているので、そのうち魔力が霧散すると消えてしまうのが難点でしょうか」

火魔法を使うなりインクを使うなりすればもうちょっとやりようがあるかもしれない。しかし、今はすぐに実現できそうな方法で作り上げるべきだと判断し、思いつくままに魔力で描く形にした。

カメラっぽい魔法陣の概要はこれででき上がったので、印刷方法は今後もう少し考えてまとめたいところだ。


「……これが、魔塔の研究者の実力ですか」

コーディの前に座っていた兵士の一人が、思わずといった風に小さく言った。それを受けて、ネイトは首を横に振った。

「そうですが、そうではありません。さすがに、こんな短時間で新しい魔法陣を作ってしまうなんていう人がゴロゴロいるわけじゃないでしょう」

その言葉に、コーディは首をかしげた。


「どうでしょうか……。発想が出れば、似たようなものだと思いますよ。あとは、もっと効率化しないと表に出さないとか、何度も検証してミスを減らさないと完成としないとか、その違いくらいだと思います」

コーディはそう言ったが、ネイトと兵士たちはそんなわけがないと言いたげに顔を見合わせてため息をついた。

しかしコーディの師匠だけでなく、ほかの研究者も、着想さえあればきっと似たようなものだ。ただ、前世の知識があるコーディは撮影という概念とその原理を知っていたおかげで今回は早かっただけである。知っている現象を再現するだけなら、魔塔の研究者は同じようなスピードで魔法陣を作るだろう。


「なるほど、禁足地に行こうと思いつくわけですねぇ」

「これは、格が違いすぎますって」

「ネイト様の言うてはったこと、ちょっとだけわかりました」

感心したような、呆れたような視線を感じたが、コーディは賢く黙っておくことにした。



一応、今後精査・効率化してからまた論文として発表するので、この魔法陣については内密にしておくよう頼んでおいた。

精巧な画像で情報を伝える写真は、通信と同じく、情報管理そのものが大きく変わっていくだろう。

「その絵について、リエト様には説明しますよ」

ネイトがそう言ったため、コーディは同意した。

「もちろん、問題ありません。どちらにしても、戻ったら報告しなければなりませんし」


禁足地に魔法陣があった場合、これは別にカロレ国に不利なものではないはずなので、魔塔に持ち込む許可を得られるはずである。

許可を得たら、ついでに写真の魔法陣についても簡単にまとめて、ディケンズに報告したいところだ。

写真つきで魔法陣の情報を渡した方が、確実に色々とわかるだろう。


「いや、っていうか……そんな風に魔法陣を作ってはった、なんてまともに聞いてもらえませんって」

「そうそう。それに、俺らは魔法陣を見ても何のことやら全然わからへんのですよ」

「なんならそれっぽい落書きと区別もつかへんな」

「確かに」

コーディの空気が緩んだこともあってか、兵士たちは口々に話しだした。

どうやら、彼らにとって魔塔の研究者とは未知の生物らしかった。そうして、聞かれるままに魔塔での研究者たちの様子などを話して過ごした。



その後、通り道にある村でちょっとした休憩を取り、そのままローゾ山へと向かった。

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