93 魔法青年は報告する

「どういうことですか?」

ネイトが不思議そうに言った。

「正確には、ネイトさんレベルの方なら5人。できれば6人以上いた方がいいでしょう。魔法陣を読む限り、発現させる魔力量は僕が感じ取ったネイトさんの魔力の器の5倍は必要になると見積もれます。つまり」

「私よりも魔力の器が小さいなら、人数も必要になるんですね」


言葉を引き継いで言ったネイトに、コーディは同意した。

「はい。ネイトさんの部下の方がどれくらいの魔力量かはわかりませんが、町で警備されていた魔法使いの方を基準とすると、15人ほどいた方が安心です。その、複数で魔法陣を使うことに慣れていないなら無駄が出るので」

コーディの説明を聞きながら、ネイトは深く頷いた。


「そうですね。町の警備隊の魔法使いよりは、宮殿の魔法使いの方が魔力の器も大きいですし、複数での魔法陣の起動も経験があります。それでも、10人は揃っていた方がよさそうですね。……コーディ様に伺うことができてよかったです。もしも書物の通り5人で行えば、魔法陣を発現できずに全員が魔力を空にして、万が一のときの防御が間に合わなくなるところでした」

「いえ、余計なお世話でなければいいのですが」

「むしろ、重要な情報です。カロレ国に仕えている魔法使いには私がプラーテンスで学んだことを教えたので、それなりに鍛えられているんです。しかし他の首長のもとにはプラーテンスから来た者などいませんから、はっきり言ってしまえばもっと低レベルな魔法使いしかいない。多分、同じ魔法陣を起動するなら20人くらい必要でしょう。他国にも魔力量が問題になると共有しなければ、万が一のときに悲劇が起こってしまいます」


真剣な表情でそう言うネイトに、コーディは同意するしかなかった。

きちんと解析しないとわからないが、もしも六魔駕獣を封印したときに作られた魔法陣なら、何らかの重要な役割があるはずだ。


魔法陣を書き写す許可はおりなかったので、手元にある本と辞書を見比べながらの解析だ。

ディケンズにも頼れないため、解釈違いがないかを確認できないのは心配である。大丈夫だろうとは思うが、コーディはより慎重に読み解いていった。




似たようなものとはいえ、少しずつ違う魔法陣を10個も解析したので、丸3日かかってしまった。

その間に、ネイトを通して禁足地へ立ち入る許可を願い出た。

気分が悪くなったらすぐに戻ること、付き添いにネイトをはじめ兵士が数人見張ることを受け入れること、禁足地に研究対象になりそうなものがあっても触れたり動かしたりしないこと、何かわかればその内容をあまさず首長であるリエトに伝えること、国にとって不利な情報があれば絶対に他国(この場合はコルニキュラータ以外の国)に漏らさないこと、などを魔法陣によって契約することで許可が出た。

多分、魔塔の研究者であることも許可の後押しになったのだろう。


契約するにしても、コーディは魔塔がこれからどう動く予定なのかわからなかったので、六魔駕獣について伝えていいのかどうか判断できなかった。

そこでディケンズを通して魔塔の中央に確認したところ、『各国のトップにはそろそろ情報をおろそうということになったので、コルニキュラータ首長国のそれぞれの首長に伝えていい』という手紙が届いた。

まずはカロレ国の首長リエトに伝え、リエトから各首長に伝えてもらう形だ。他国に先んじて伝えることになるが、せいぜい数日の差なので魔塔からの通達と同等という形で話して問題ないそうだ。

そのため、禁足地に赤い石の魔法陣があることを確認できたら、リエトに伝えることになった。



「そんで、首長10国が保有しとる魔法陣は、一体何の効果があるかわかったんか?」

許可のための契約を終えた後、立ち会っていたリエトがコーディに聞いた。

「はい。あれは、火山地帯……正確には禁足地の辺りの土の温度を下げる魔法陣でした」


コーディの答えに、リエトは首をかしげ、納得したような不思議なような、妙な表情になった。

「確かに、大噴火かなんかが起こったとしたら温度は下げた方がええやろうけど……噴石とかマグマとかから守るようなもんとは違うんか?」

「いいえ。どれも、周辺の地面の温度を氷点下まで下げる魔法陣でした。あわせるとかなり広い範囲になります。地図でいえば、ヴルカニコ島にあるローゾ山のところ、このあたりの気温を下げます」


カロレ国の地図でその場所を指し示す。アレンシー海洋国の踊りの魔法陣とは少し違い、距離ではなく地図上の場所を指定していた。それは、海の向こうに浮かぶヴルカニコ島のローゾ山の近くだったのだ。

指定方法の違いは、もしかしたら魔法陣を設計した人の違いかもしれない。きっと多くの人が、六魔駕獣に対抗するために協力していたのだろう。

「ここは……ずっと昔から、活火山の近くなので農耕地以外には使うべからず、人の住む土地にあらず、と言われてきた場所だ」


リエトは眉を寄せてそう言った。

きっと、この魔法陣を作った人がきつくそう伝え、その教えを引き継いできたのだろう。

「発現する場所は、北西から言えば、フューメ国とオーベスト国、ウミディタ国はここ、コッリーナ国とランパダ国、スペリオネ国はこのあたり、カロレ国とデントロ国はここ、ニアンテマーレ国とカルド国はこのあたりです。複数の国が同じ場所に気温低下の魔法陣の効果を発現させます。それらすべてが重なって繋がり、ローゾ山を囲むようになります」

コーディがローゾ山のあたりを丸く示しながら言えば、リエトはその場所を確認した。


「……国ごとに違う場所か。後でもう一回、別の地図に書き込んでもらえるか?」

「はい、もちろんです。もしもどこかの国が足並みを揃えられなかった場合も、複数の国が同じ場所を担当するので、どうにかなる目算のようです。重ねがけした方が確実だと思いますので、万が一のときはできれば通信の魔法陣を使ってでも同時に発現した方がいいでしょう」

「通信のっ……いや、そうか。お前さんは魔塔の研究者やもんな。そら知っとるか」


リエトは、驚いてコーディを止めようとしたが、通信の魔法陣について知っている理由を思い出したようだ。

「はい。魔塔でも複数人で検証しましたし」

「なるほど、そら知っとるか。一応、国としてはまだ機密事項なんやで?首長同士で瞬時に意思確認できる魔法陣なんちゅーもん、便利やけど危険やってな。導入する方向で進んどるが、頭の硬いやつも多いからなぁ」


「デメリットもありますからね。情報漏えいとか、情報の精査の手間とか。なんなら、今後戦争が勃発した際に情報戦も加わってくるでしょう」

「せやな。もちろんそういう危険はある。盗賊が使ったらえらいことになるやろう。……それでも、メリットがでかい。あの魔法陣を同時に起動させるんやったら、絶対通信の魔法陣があった方がええ。気づいたらすぐ連絡できるからな。それに、なんというてもしゃべって伝えられるんは楽や」

リエトの言葉に、ネイトも頷いた。


「手紙にすると、意図が伝わりきらない場合もありますからね」

「せやな。その点、通信で喋れたら相手に理解に合わせて補足できるし、ほんの数分で片付く。手紙やとなんやかんや数日かかる。そら会話の方がええで。なんぼでも喋れるがな」

「……私用で使わないでくださいよ」

「そうなるんはまだまだ先かなぁ」


当たり前のように通信で会話できる日常。

コーディはそんな未来がくればいい、と頷いた。

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