92 魔法青年は首長と対面する

謁見室には、ネイトもついてきた。

むしろ、初めの紹介や諸々の説明はネイトがするので、コーディは無理に話さなくていいと言ってもらえた。非常にありがたい。

仕方なくとはいえ、コーディも自分の意思でここまで来たので覚悟を決めた。


「あぁ、ネイト。そちらさんは、魔塔の研究者で合ってたみたいやな?オレはリエト・カロレ・カルタビアーノ。このカロレ国の首長や」

かご編みのように細い木を組んで曲線を描く大きな椅子に座った首長が、三人をみとめてそう言った。

どうやら、リエトとネイトはそれなりに親しい間柄のようだ。


「はい。それと、彼は私の出身地を治める貴族の子息でした」

「なんやて?」

「領主をはじめとしたご家族にこき使われていたようですが、奨学金を取って学園に入ってうまく繋がりをつくり、不正な取り引きをしていたほかの貴族と一緒に断罪したそうです。その流れで籍を抜いて一旦平民になったものの、魔塔に呼ばれたことで独自に叙爵したと」

「……なんやて」


初めの紹介で眉をひそめたリエトだったが、コンパクトにまとめられたコーディの半生を聞いて今度は困ったように眉を下げた。

コーディも、情報が渋滞していると思う。改めて聞くと、なかなかの人生だ。

「リエト様、彼が魔塔の研究者であることは間違いありません。私が保証します」


「そうか。ネイトがそう言うんならせやろ。それに、どうもネイトに負けず劣らずの壮絶な人生やったみたいやな。カロレはお前さんを受け入れるで、魔塔の研究者殿」

リエトは鷹揚に頷いた。

「ありがとうございます、リエト様」

「ありがとうございます」

ネイトが右手を左手で押さえて深く頭を下げるコルニキュラータ式の礼をしたので、コーディもそれに合わせて礼をした。


「ほんでやな、魔塔の研究者殿」

場の空気が少し緩み、リエトは改めて口を開いた。

「はい」


「どうやろ、カロレに来る気はあらへんか?今すぐでも、何年か後でもええ」

にやりと笑ったリエトは、唐突にコーディをスカウトした。そういったことはたまにあると聞いていたが、コーディは初めてのことだったので面食らってしまった。

「え、あ、っと。申し訳ありません、取り乱しました。お言葉はありがたいのですが、僕はあまり国に貢献できないと思いますので、お気持ちだけいただきたいです」


コーディの返事に、リエトは軽く首をかしげた。

「国への貢献?そんなん、魔塔レベルの研究してるだけで十分貢献やけど」

「僕は、良くも悪くも研究者気質なもので。魔塔は研究機関としては最適ですし、国への帰属意識も低いです。それよりも、僕がカロレ国の対応がよかったと魔塔に伝える方が役立つでしょう。心証が良くなれば、研究者も人ですから、色々と融通してくれます」


「……そうか。こっちは本気やってんけどな。まぁええわ。ネイトが研究者殿とつながりを持ったようやし、こちらとしてはそれで良しとさせてもらおか」

全然残念ではなさそうに、リエトはそう言った。

確かに、魔塔とのパイプももちろん重要だが、個人でのつながりもバカにはできない。フットワークの軽さで言えば対個人の方が良いだろう。リエトはそれ以上強引に話を進めなかったので、コーディとしてはありがたかった。


その流れで昼食に呼ばれそうになったので、ネイトの退場に合わせてコーディも辞した。

申し訳ないのだが、そういったところで時間をとられるのは不本意なのだ。今日はすでに午前をすべて聞き取りと謁見で潰している。

すぐにでも資料館へ向かおうとするコーディに、ネイトは手軽に食べられる屋台の場所を教えてくれた。



屋台で選んだのは、ピタのような薄いパンに魚と野菜を挟んだサンドイッチ風の食事だ。

サンドイッチの屋台のほかに、果物、串焼きの魚や網焼きの貝、肉類も売られていた。深めの器でパスタを振る舞う店もあった。

そのサンドイッチを広場の隅で素早く食べ、今度こそコーディは資料館にたどり着いて本を開いた。


いくつかの本を読む限り、今いるカロレ国の首都から見える海に浮かぶブルカニコ島へは毎日船が数便出ているとか、特産品の果物は島で育ったものの方が大きいとか、活火山の八割は島にあるとか、そういった地理的な知識が多かった。

禁足地については、島の危険な活火山の一つに存在すること、魔力の乱れがあって近づけないこと、カロレ国だけではなくコルニキュラータ首長国として禁足地と定めていることなどが書かれていただけで、それ以上のことはわからなかった。


禁足地へ直接乗り込む方が早いか、と考えていたら、その日の夜にネイトから宮殿への招待状が届いた。カードには、宮殿の資料室の方が、町の資料館よりも具体的に書かれた本がある、と書いてあった。

すぐに誘わなかったのは、資料館の本を確認する猶予を与えてくれていたのだろう。

おかげで、コーディはすぐにネイトに返事を書いた。もちろん、ありがたく使わせてもらいたいという返事だ。



宮殿に着くと、すぐに案内係が対応して資料室へ案内してくれた。

「持ち出しは許可できませんが、自由に見てもらってええですよ」

と言われたので、コーディは早速本を探すことにした。


サラッと見て回って火山地帯の資料が並ぶ棚を見つけたので、一つひとつ確認していく。

新しい本が多いものの、古い本も少なくない。その中から、気になる本をいくつか抜き出して窓際のソファに座った。


町の資料館の本よりも、宮殿の本の方がかなり具体的で詳細だった。

禁足地の場所についても地図とともに書かれていた。島の中央付近にある、ひときわ大きな活火山の中腹にあるそうだ。魔力の乱れによって近づけないことも事実だが、どちらかというと現役の活火山なので山頂の火口に近づくのは危険という方向で禁足地になっているらしい。


そうして資料を読み込んでいると、ネイトがやってきた。

「こんにちは、コーディ様。お昼は召し上がりましたか?」

「あっ……」


朝から夢中で調べていて、気づいたら昼を過ぎていた。

その様子を見て取ったネイトは、苦笑してコーディを中庭へ連れ出した。座ったのはベンチで、机はないので膝の上にサンドイッチの入った包みを置いてくれた。

「すみません、何から何まで。ありがとうございます」


「いえいえ。なんとなくですが、コーディ様を通して魔塔の雰囲気を感じられますし、お気になさらず。あ、そういえば、リエト様からこちらの本をお貸しするよう言われたんです」

ネイトが懐から取り出したのは、『嫡子教育用No.3』と書かれた本だ。

「え?あの、それは……」

反応に困ったコーディは、サンドイッチを手にしたまま固まった。


「あぁ、説明しますね。こちら、次期首長が知っておくべき知識をまとめた本のうちの一冊です。この中で、国を守る魔法陣について解説されているそうなんです。立国前から引き継いできたものなので、もしかすると禁足地と何らかの関係があるかもしれないからと。また、万が一のときにはほかの国の魔法陣を起動させる可能性もあることから、首長国の十国すべての魔法陣が掲載されています。この本が一番わかりやすいということで預かってきました。リエト様の言葉をそのままお伝えすれば、“魔塔に恩を売っておいて損はない”そうですから、お気になさらず。もちろん、コーディ様を跡取りにしようとかそういうわけではありませんよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」

コーディはホッとして、サンドイッチにかじりついた。



渡された本には、首長国を守る魔法陣についての解説が書かれていた。場所は伏せてあるが、大きさは10メートルほどあり、普通の魔法使いなら5人ほどで発動できるだろう、とあった。その魔法陣はかなり古くからあり、一説では超古代魔法王国の末裔が遺したものらしいと書かれていた。

本の内容から、さすがにコーディ一人に預けるのは無理だということで、ネイトと一緒にもう一度資料室に戻った。

魔法陣の文字は超古代魔法王国のもののようだったので、コーディは辞書を取り出してさっと確認してみた。


「……これは、5人での発動は無理ですね」

「えっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る