91 魔法青年は被害者に償う

「ネイトさんは……プラーテンス王国の、タルコット領をご存じなんですか?」

コーディの言葉に、ネイトはゆっくりと頷いた。

「はい。私はタルコット領で生まれて、村の貧しい孤児院で育ちました。国の方針もあって魔力の器を調べたら貴族に近いほどの大きさだとわかって、孤児院から村長の家に引き取られました。衣食住こそ一定のものが与えられましたが、領主様からの補助金が少ないとかで、給与もなくひたすら魔獣を狩らされたんです。あのままでは間接的に殺されると思いました。幸い、私は一人で狩りに行かされていましたし、家族もいませんので、大きめの魔獣狩りに時間がかかると見せかけて領地から逃げました。日雇いの仕事をしながらひたすら移動して、コルニキュラータ首長国に入国したところでカロレ国の……当時はまだ次期首長だったリエト様に拾われたんです」


さらっと言っているが、きっと壮絶な半生だったことだろう。コーディが眉を下げると、ネイトは慌てて両手を振った。

「どうか、お気になさらず!私が逃げ出したのは20年以上前のことですよ。コーディ様は何の関係もありません」

「それでも、貴方のその苦労は僕の両親や祖父母の怠慢が招いたことです」

きっと、ネイトは氷山の一角だろう。


「コーディ様がお生まれになる前のことですから。それにしても、あのタルコット領からコーディ様のような優秀な魔法使いが出るなんてすごいことです。よく隠されて使い潰されませんでしたね」

その感想はもっともだ。コーディは思わず苦笑した。

タルコット男爵家がまだあると思っているらしいことから、プラーテンス国内のことはきっとほとんど伝わっていないのだろう。


コーディは、学園に入学してからタルコット男爵家が潰されるまでのことをかいつまんで説明した。

なるべくごまかしたのだが、それでも元のコーディが家族に虐待されていたのは察することができたらしい。話を聞きながら、ネイトは眉を寄せてぎゅっと拳を握りしめていた。

「実の子に対して、なんという酷いことを……。法に則って裁かれたのであれば、もう縁が切れたも同然ですね」


「そうですね、僕自身に思うところはありますが、もう直接関わるつもりはありません。それから、領主がいなくなって国の管轄となったときに領地全体を見直したので、多分ネイトさんのいた村の村長たちも相応の処分を受けているはずです。貴族が治めている領地なら多少目を瞑ることでも、国の管轄地となる場合はに整えるそうですから。確か村は7つありましたが、その村長はすべて入れ替えになっていました」

元のコーディも憑依した鋼も直接関わることはなかったとはいえ、この体は彼ら領民の犠牲の上で生まれている。だから、今後はせめて安心して暮らしてほしいと思う。

「そうなんですね。しっかり裁かれているなら私としては何も言うことはありません。いえ、断罪してくださったコーディ様にはお礼を言いたいですね。元村民としても感謝します。ありがとうございます」


ネイトが頭を下げたので、コーディは慌てて言葉をかけた。

「いえ、お礼を言われることではありません!むしろ、責められて然るべきです。それが貴族というものですから」

「いえいえ、生まれる前のことまで責任を取るなんて貴族でもしませんから」

「いやそんな」

「いえいえ」


そんなやりとりを見て、二人を見守っていた団長が吹き出した。

「ぶっは!!い、いや、もう分かった。そのままやったら遠慮合戦が終わらへんで。そのあたりにしとき」

「はぁ、まぁそうですね……。過去のことは終わったことです。もう打ち切りとしましょうか」

柔らかく微笑むネイトには、一切の憂いを感じなかった。着ているものは上等だし、体格も顔色もいい。40歳前後と見受けられる年齢相応の貫禄もあるし、団長の態度を見る限り丁重に扱われているのだろう。


それでも、コーディは一応聞いてみることにした。

「もし、プラーテンスに戻りたいということでしたら、力になりますが」

ネイトは、即答で否定した。

「いいえ、戻るつもりはありません。もう妻も子もいますし、ご覧の通り丁重に扱っていただいていて。外国人だというのに、魔法長をさせてもらっているんですよ。それに、リエト様への恩返しもあります。なにより、私はカロレ国というこの土地が好きですから」


そこに全く嘘を感じなかったので、コーディも笑顔で返した。一瞬冷えた団長の気配も、すぐに緩んだ。

「そうだと思いました。でしたら、そうですね……なにかお困りのことはありませんか?少しでも力になれたら僕もすっきりするので」

「特に困っていることはありませんよ。正直、かなり高待遇で働いていますから。妻の家族も、私を本当の家族のように扱ってくれますし。あぁ、ただ……」

「はい、何かありますか?」


「いえ、まぁ、少し。魔獣を倒すのが仕事なので、どうしても国内のあちこちに出張することが多くて。今は妻も慣れたと言っていますが、やはり出張中は連絡が取れないので心配をかけてしまいます。出張から帰ったら、妻の慰労と子どもたちの話を聞くので休みがほとんど終わるくらいですね」

確かに、ネイトの実力ならこのあたりの魔獣に危なげなく対応できるだろうが、それでも怪我をしない保証も命の保証もない。家族としては心配しかない仕事だろう。

「それなら、これはいかがでしょう」


コーディは、鞄から取り出した風を装って、アイテムボックスから手紙転移の魔法陣を刻んだ石を一セット取り出した。

「魔法陣ですか?これはまた、精巧な」

コーディの手の中の赤い石を見たネイトは、やはり魔法陣についても学んでいるのだろう、その仕上がりに感心したように見つめた。


「対になっていまして、手紙をやり取りできます。魔力の消費量を抑えているので、貴族のように魔力の器が大きくなくても使えますよ」

「手紙の転移陣でしたか。確かこの宮殿にもありますが、こんな小型ではありませんし、魔法使いの誰かが対応しないと発動しませんよ」

そう言って更に顔を近づけたので、コーディはさりげなくネイトの両手に赤い石を乗せた。


「魔法陣もどんどん改良されますからね。僕はこれを普通に使っていますよ」

さも当たり前のように言ったが、全員が使っているわけではない。それに、一般の人が使える程度にまで消費魔力を抑えているものもまだ一般化してはいない。しかし嘘はついていないのでセーフのはずである。

「そうなんですね。さすが魔塔……いえ、それでもいただくわけには」

「いいんですよ、普段使いのものですから。それに、もらっていただけると僕の心も軽くなります」


コーディの言葉を聞いて、ネイトは諦めたように微笑んだ。

「そこまでおっしゃるのでしたら、ありがたくいただきます。きっと子どもたちが一番喜びます。この魔法陣は、一対なんですよね」

「はい、対になっているものに送ることができます」


「そうですか。……もしよければ、今後魔塔に手紙を送っても構いませんか?そこまで良い思い出もないのですが、常識だと思っていたのにプラーテンスの外では全然違ったことなど、分かる人に聞いてもらいたいんです」

どうやら、ネイトも無自覚俺TUEEEをやらかしたクチらしい。きっと、誰かに告げたところで理解してもらえないことだろう。頷いたコーディは、赤い石をもう一つ取り出した。

「でしたら、こちらを。これの片方は僕が持っていますから、すぐに手紙が届きます」


そこでまたネイトが恐縮してひと悶着あったが、なんとか受け取ってもらえた。

二人のやり取りをやんわりと仲裁してネイトに石を受け取らせた団長は、

「この国の民であるネイト様にそこまでしてもらえる方に、感謝しやへんわけにはいきません。頼みますから、責任者からもお礼を言わせてください」

とコーディを言いくるめて謁見室へと案内した。


どうやら、団長ともなると口も立つらしい。

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