90 魔法青年は宮殿に連れ込まれる

受付の人が教えてくれた棚には、火山地帯の地理的な情報、火山の分布、活火山の状況、これまでの噴火による被害の記録、その辺りの風土、人々の暮らし、独特の生態系や農作物、民話のように伝わっている昔話など、様々な本があった。

コルニキュラータのことはほとんど何も知らないので、火山地帯の地理や禁足地のおおよその場所を調べながら、このカロレ国を治める首長に話を通す方がいいのかこっそり行った方がいいのか、そのあたりをディケンズを通して魔塔に聞いてもらおうと考えていた。アレンシー海洋国の禁足島は、ディケンズから法律で禁じられているわけではないと聞いていたので、特に許可も取らなかったのだ。


一方こちらの禁足地は、情報こそ秘匿していないようだったが、資料を見ることは許しても現地に足を踏み入れることは国として禁じていると書かれていた。

そのため、一日目は一通りの本を確認し、めぼしい本を斜め読みするだけに留め、次の日から本格的に資料を調査するつもりだった。

しかし、資料館を出ようとしたときに、受付の人がコーディを引き留めた。


「コーディ・タルコット様。少しよろしいですか?」

「何かありましたか?」

呼ばれて受付の前に行くと、一枚のカードを差し出された。


「カロレ国の首長、リエト・カロレ・カルタビアーノ様からの招待状です。ぜひ、宮殿でお過ごしくださいということです」

それを聞いたコーディは、なんとも言えない表情で豪華な装飾が施されたカードを見下ろした。そこには、『コーディ・タルコット氏の宮殿通行許可証』と書いてあった。


―― 情報が早いのぅ。ここの管理人はやはり宮殿とつながりがあるんじゃろうな。


それにしても宮殿に寝泊まりとか絶対めんどくさいし、首長とのやりとりに時間を取られるのは不本意である。

気持ちを無理やり切り替えたコーディは、笑顔で口を開いた。

「いえいえ、僕はそのような扱いを受ける身分ではありません。自国ではただの准騎士爵ですから。魔塔の研究者としても、まだ師匠のもとにいる半人前です。それに、せっかくならカロレを堪能したいので、町に宿をとらせていただきたいんです。どうかお気遣いなくとお伝えください」

そして、引き止められる前にさっと身を翻して資料館を出た。


現状は招待という体をとっているので、そこまで強引なことはされないだろう。強引にくるなら、初手からそうするはずだ。

資料の確認は数日で済むはず。だから断りきれない状態になる前に調査を済ませてしまおう、と決め、コーディは中央通りから一本裏に入って宿を探した。



見つけた宿は、一階が食堂になっているタイプのこぢんまりとした宿だ。

コルニキュラータの主食はパスタらしく、数種類のパスタから食事を選べた。貝や魚といった魚介類が豊富なようで、パスタソースも色々ある。

どうやら、食文化は前世のイタリアに近いようだ。建物はどこか南欧を彷彿とさせる、漆喰で塗り固めたものだった。宮殿の壁が真っ白に見えたのも、多分漆喰だろう。


美味しいもので腹を満たし、ゆっくり休んだ次の日。

宿を出て早速資料館に入館した。そして火山地帯の棚へ向かい、本を物色しているといまいち歓迎したくない気配が近寄ってきた。

「コーディ・タルコット様ですね?お手数ですが、ご同行願います」


声をかけてきたのは、見回りの兵士と似たような格好だが、彼らよりも装備の整った兵士だった。彼の後ろには、これまた高級そうなローブを羽織った魔法使いも見える。カロレの人たちはこんがりと日焼けした肌が赤みを帯びているのだが、魔法使いは日焼けこそしているが少し違う色味だ。もしかすると、純粋なコルニキュラータの人ではないのかもしれない。

宮殿の方の動きは思ったよりも早かった。

コーディは、予測の甘かった自分に心中でため息をつき、彼らについていくことを了承した。




連れて行かれたのは、やはり宮殿だった。

前庭には見事な水の庭園があり、漆喰の白い壁が青い空に映えて美しい。

そんな宮殿の一室に連れて来られ、コーディは兵士から穏やかながら尋問を受けていた。


「……なら、ほんまに魔塔の研究者ですね?」

「はい」

「それで、なんで禁足地について調べてはるんですか?」

「迷いの樹海にも、魔力の乱れる場所があるんです。そこと、こちらの禁足地の魔力の乱れが似ているのかどうか調べに来ました」


聞かれたことにある程度答えつつ情報を整理してみた。

どうやら、資料館の嘘発見魔法陣は、自己暗示のような強い思い込みを判定できないらしい。そこで、本当に魔塔の研究者なのか、危険人物ではないのかを確かめるために呼ばれたようだ。

ローブの魔法使いは口を開かず、部屋の隅でコーディを観察していた。


「じゃああとは、一応確認です。魔塔だからこそできる、ほかでは使われへんような魔法か魔法陣を見せてもらえませんか?」

「わかりました。では、同時発動か飛行魔法でいいですかね」

それを聞いた魔法使いは、初めて口を開いた。


「同時発動、ですか」

魔法使いの視線には、どこか探るようなものが含まれていた。

「はい。右手に水魔法で左手に風魔法とか、右手に石の塊で左手に砂とか、そういう複数の魔法を同時に使うものです」


頷いた魔法使いを見て、尋問していた兵士がコーディを促し、訓練場のような場所へ移動した。

「こちらでお願いします」

訓練場の壁には、衝撃緩和や形状保存など、建物を保つための魔法陣がいくつも描かれていた。魔法陣のレベルは様々だったので、何人もの魔法使いが時々に追記していったのだろう。


「では、見た目にわかりやすいので右手に火魔法、左手に水魔法を展開します」

「わかりました、どうぞ」

離れた場所に立つ兵士が許可を出したので、コーディは遠慮することなく魔力を込め、それぞれの魔法を手の上に発現させてそのまま留めた。


「っ……!団長殿、あんなことをできる普通の魔法使いはおりません。間違いなく魔塔の研究者です」

魔法使いは、その魔法を見て目を見開き、付添の兵士にそう言った。どうやら、兵士の方は団長だったらしい。一応、コーディが本物の魔塔の研究者である可能性を考えての人選のようだ。

「ネイト様がそうおっしゃるなら、間違いありませんね」


「できるなら、もう一つの“飛行魔法”も見せていただきたかったです」

少しばかり残念そうにネイトと呼ばれた魔法使いがそう言うので、コーディは手元の魔法を魔力に戻してから声をかけた。

「飛行魔法もお見せしましょうか?」

「ぜひ!ぜひに!」


やはり、魔法使いは魔法が好きなものなのだろう。

少しゆっくりと、室内なのでそこまで高くはないが自由に飛んでみせると、ネイトは感動に手を震わせながら食い入るように見つめていた。


「素晴らしいですね!実は、貴方の論文はいくつか読ませていただいたのです。アレオン総合書店の支店がスペリオネ国にありまして、そこで魔塔から出された論文を手に入れたんですよ」

スペリオネ国とは、カロレ国から見て南西方向にある、湾を囲んだ向かい側の首長国の一つだ。そこには大首長と呼ばれる首長を取りまとめている長がいて、体外的にはコルニキュラータの首都ということになっている。

「そうなんですね。ありがとうございます。では、魔力の器を広げる方法も?」


コーディがそう聞くと、ネイトは眉を下げた。

「はい、防衛の魔法陣が素晴らしかったので、それならと学園の卒業論文を取り寄せました。もちろん読みはしたんですが……検証まではしていません。言い訳になりますが、私が町にいることは非常に稀なんです。ほとんど町の外に魔獣狩りに出ていまして。検証する暇があまりないんですよ」

「ネイト様は、カロレの対魔獣の主戦力とも言われるお人ですからね」


それなら、とコーディは簡単な訓練方法を教えた。

単純に、魔法を発動する直前の状態を意識するだけである。そうして魔力を纏えるようになれば、それだけで勝手に鍛えられるので、魔力の器は広がりやすくなるはずだ。同時発動もできるようになっていくだろう。

コーディの解説を聞いたネイトは、目に見えて慌てた。


「あの、タルコット様。そんな情報を無料で教えてしまっていいんですか?もっと魔法を使いたい人にとっては、垂涎ものですよ」

「はい、いいんです。実はアレオン総合書店からその方法を本にしていただいています。多分、こちらは距離がある分まだ届いていないかと」

「いいんですか?本にされた貴重な情報を」


ネイトがあまりにもあわあわとしているので、コーディはしっかりと頷いた。

「もちろんです。できるだけ広く周知するために本にしただけなので。もちろん本の方が詳しく解説しているので、それなりに売れる見込みもあります。お気になさらず、ぜひ有効活用してください」

そう言ったコーディを眩しそうに見たネイトは、ぽろりと言葉をこぼした。

「本当に……タルコット男爵の血族の方とは思えませんね」


それは、聞き逃せないつぶやきであった。

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