87 魔法青年は民話を聞く
「村長!邪魔するぜ」
「おん?なんだ、ティーか。どうした?」
周りを見渡す丘に建つ家に、ティモシーは遠慮なく入っていった。ここも、玄関は布である。
コーディは、手で促すティモシーに続いて家にお邪魔した。
「客人だ。あのエマニュエルの弟子で、魔塔の研究者だそうだ。このあいだ床下から出てきた石を見たいんだと。あと、ティメ様の話を聞きたいんだったか」
ティモシーは、最後だけコーディに向かって言った。コーディはそれを受けて頷き、村長に挨拶をした。
「はじめまして、エマニュエル・ディケンズ先生の弟子のコーディ・タルコットといいます。突然お邪魔してすみません。このあたりの民話を調査したくて来ました」
「おぉ!あのエル兄ぃの弟子か!エル兄ぃは元気にしてるか?昔はわしらと一緒に海で遊び回っていたのに、気づいたら魔法使いになって魔塔に行っちまったからなぁ」
「そういえば、あのとき舟から落ちなかったのはエルの魔法だったって聞いて、びっくりしたもんだったな」
「禁足島に行けたのもそうだろう?あと、舟遊びのときは大体魔法を使っていたんだったか」
「魔法の天才児だって話になって、あっという間に大島に行っちまったんだよな」
「あんなに一緒にコロコロ遊んでいたのになぁ」
年寄りの話は長くなるものだ。
けれども、知らない師の話を聞けるのは楽しいので子どもらしいやんちゃ話やおもしろエピソード、結婚の挨拶がてら帰省してきたときのことなどを聞いていると、あっという間に時間が過ぎていった。
「おっと、すまんすまん。お前さんは、エル兄ぃのことを聞きたいんだったか?」
「違う違う。ティメ様の伝説のことを聞きに来たんだ。それと、床下から出てきたあの石だ」
「そうだったそうだった。岩は動かしてないんだ。その代わりに家をまるごと横に移動して建て直した。こっちだ」
村長は、そう言って玄関から外へ出た。
続けて外に出ると、回り込んですぐのところに土の色が違う部分があった。
多分、以前家を建てていた場所だろう。
そして、中央近くには石が埋まっていた。
「これだ。初めは敷石かと思ったんだ。でも柱も建ててなくて変だと話していた。どうやら、わざわざこの石の上に家を建てていたらしくてな。見たこともない文字だが、なにか書いてあるのはわかるぞ。歴史的なものかもしれないから、大島の方に伝えて調査してもらおうと言っていたんだ」
すぐに調査を依頼しないあたりは、のんびりした風土がうかがえる。
「拝見します。こちら、写しても構いませんか?」
「あぁ、大島に相談したとしても、時間がかかるだけだろうしな。魔塔から直々に調査に来たっていうことなら誰も文句は言わんだろ」
村長はそう言い、好きに見ていいと言った。
そしてコーディが文字を写し取っている間、ティモシーとあれこれ語り合っていた。
石碑の文字を写した後、もう一度村長の家に戻ってきた。そして改めてティメ様……『怖い』を意味するティメンテスの話を聞くことになった。
「あと知りたいのは、ティメ様の伝説の話だったか。だが、俺達も親から聞かされた話を耳で覚えただけだからな。他のやつからも聞いた方がいいかもしれん。家によって若干話が違うらしいからな」
「たしか、よその島から来たやつらも少し違うって言ってたな」
「そうなんですね。色々とお聞かせいただけると助かるので、ぜひお願いします」
「わかった。始まりはたしか――」
◇◆◇◆◇◆
昔、ティメ様は広い海を自由に行き来していた。
そしてあちこちの島や舟から生贄を出させては人を食っていた。
あまりに被害が多くなったとき、困った村長たちが大陸の大きな国に助けを求めた。
すると、大魔法使いがやってきて、苦戦しながらもティメ様を島の下に閉じ込めることに成功した。
それが今の禁足島。
倒すことができず、封印するほかなかったティメ様を少しでも鎮めるため、どの島も年に一回同じ日にお祭りを行う。
二日に渡って決まった踊りを捧げ、生贄の代わりに海へ花を流す。
すべての島で行われる祭りは、より禁足島の方に近い海岸で行われる。
その踊りは、雨でもなんでも必ず行わなければならない。もし行わなければ、荒ぶったティメ様が海からやってくる。
そのときは、島々の終わりである。
◇◆◇◆◇◆
その夜はテント泊のつもりだったのだが、ティモシーがダイニングスペースを貸してくれたので、ありがたく部屋の片隅を借りた。彼は連れ合いを数年前に亡くしていて、一人だから気楽にしていいと言ってくれた。
次の日の朝はゆっくりと過ごしてから、近所の人たちや別の島からやってきた人にも話してもらった。ティメ様のやらかしの種類や閉じ込めた人が魔法使いだったり魔剣士だったり海軍のような団体だったりといった違いはあったが、大まかな流れは同じだった。
そして、踊りは島が違っても殆ど同じものであった。
盆踊りのように輪になって踊るそれを、簡単に教えてもらった。
10人が輪になって、一歩ずつ進みながら呪文のような言葉を歌い、手足を軽やかに動かして踊る。
その踊りを見せてもらい、やはり盆踊りを彷彿とさせる動きがなんとはなしに懐かしかった。踊らない人たちが木で作った太鼓のようなもので拍子を取り、葦のような草の笛で曲を奏で、それに合わせて踊る人たちが歌う。
きちんと歌いながら踊れることが重要で、子どもの頃から練習するものの、本番で踊るのは成人を迎えて村の大人たちに合格をもらってからになるそうだ。
「普通に踊る練習はそうでもないんだが、本番でアレを三周もするとものすごく疲れるんだよな」
「だなぁ。年くって良かったことの一つは、ティメ様への踊りをやらなくて良くなったことだ。くったくたになるからな」
「若い奴らでも疲れ切るからなぁ」
懐かしそうな表情でそう言った2人だったが、コーディは思わず首をかしげた。
確かにずっと踊れば疲れるだろうが、三周程度でそこまで体力がなくなるのはおかしい。
そこで、歌詞を書き留めて踊りの図と見比べてみた。
踊りはかなり精密で、一歩進むとこの動きとこの歌詞、さらに進んだら別の動きで次の歌詞、と決まっているそうだ。
それを一つ一つメモに書き込み、じっくりと眺めた。
「この言葉では、意味がわからないな。……外国の言葉?いや、この大陸はほとんど共通の言葉だ。だったら、別の大陸?それとも古代の言葉?」
ぶつぶつと独り言を口にし、その言葉に思い当たった。
アイテムボックスから、メモしておいた超古代魔法王国文字の一覧を取り出した。発音記号も併記してあるものだ。
そして、歌詞の音をすべて超古代魔法王国文字に置き換えてみた。
すると円を描く踊りの中に、一つの魔法陣が浮かび上がってきた。
「なんと……」
調べてみないことにはわからないが、赤い岩にあったような封印の魔法陣とはまた違うものだ。
一重の円に沿って並ぶ言葉は、比較的シンプルとはいえどう見ても魔法陣。直径5メートルほどの魔法陣を発動させているのであれば、一般的な魔力量しか持っていない島の人たちはそれは疲れ果てることだろう。
その魔法陣の写しを取り、ディケンズに手紙を添えて送った。向こうでも解析してもらった方がいいと判断したのだ。もちろん、村長宅の下から出てきた石碑の文章も写して一緒に送ってある。
そして、コーディはアイテムボックスから超古代魔法王国の辞典を取り出した。ここに来る前に、アレオン総合書店でもう一冊買い求めておいたのだ。
こんなにすぐに役立つとは思ってもみなかった。
早朝から漁に出たティモシーの家で、コーディはいつものように研究に没頭した。
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