88 魔法青年と古代の魔法陣

人の声と踊り、そして円に沿って動くことで成立する魔法陣は、どうやら補助的な魔法を発動するためのものらしかった。

踊りの動きは、言葉の抑揚を補佐する役目があるだけで、特に意味はないようだ。

ティモシーに朝の訓練のほかは外に出ないことを心配されつつ、魔法陣を解析して2日。オリジナル文字がないため読みやすかったが、音を文字に変換する部分で間違えると違う意味になってしまう。口伝えの歌詞が変わったことを加味して意味を確認しながら何度か書き直し、その役目をきちんと理解した。


「禁足島の赤い石の風化を防ぐこと、それだけですね」

コーディは、通信石に向かって言った。

『そうじゃな。ほかの島の踊りはまだわからんが、多分この距離を示すところが違うんじゃろう。しかし、それでも一部の音が違っておる』

答えたのは、書き直した魔法陣を受け取ったディケンズである。

「……かなり厳格に守ってきたとはいえ、やはり発音が変わってしまった部分がありますね」

『あぁ、そのせいじゃろうな。風化が進んでしまったわけだ』


コーディが見た禁足島の赤い石の文字は、海上かつ日差しや風雨から守るものもないのに、きちんと読める状態だった。

もっとも、踊りによる魔法陣が正しく機能していればもっとしっかり保護されたはずである。年月が経ち一部の音が変わってしまったことで、魔法陣の効力が薄まっていき、風化してきてしまったのだろう。

それでも、あの環境で石の文字が残っているのは、アレンシー海洋国の人々がずっと祭りを守り続けてきたからだ。そこに誰かが考えて普及させたのであろう努力が感じられ、コーディは思わず布を開きっぱなしの玄関から見える海を見た。





「おぉ、今日も朝から頑張るなぁ」

訓練しているコーディに声をかけてきたのは、夜明け前から漁に出て戻ってきたばかりのティモシーだ。

「日課なので。それに、こうやって魔力を意識しながら鍛えているだけでも魔力の器が大きくなったり魔法が安定したりするんですよ」

「え?!どうして?」

「ねぇねぇコーにいちゃん、俺も続けてたら魔法強くなれる?」

「すごい!じゃあ、お船乗るのも上手になる?」


わちゃわちゃと騒がしいのは、コーディの見様見真似で動き、一緒に筋トレしていた子どもたちだ。どうやら、子どもたちにとっては新しい遊びの一つになっているようだった。

「そうだね、君たちはまだちょっと早いかもしれないけど、練習は身につくし、魔法は安定するよ。成人前後くらいの大きな子とか大人の方が、魔力の器は大きくなっていきやすいかもしれないな。体の成長が落ち着いてくるからね」

「じゃあ、続けてたらいいってこと?」

「あたし、お兄ちゃん呼んでくる!」

「僕も!」

「お父さんとお母さんも!」

「呼びに行こう!」

「待って待って!あたしもー!」


賑やかな子どもたちは、訓練もそこそこに駆け出した。

「お仕事してるなら、邪魔しちゃだめだよー!」

あっという間に小さくなる子どもたちに向かってコーディは叫んだが、聞こえたかどうかは定かではない。



幾人かの大きな子どもたちと仕事が一区切りついたらしい大人が、小さな子どもたちに引っ張られてやってきた。

そして、魔法をもっと使えるようになるとはどういうことか、と質問攻めにあった。

どうやら、子どもたちは大した説明もせずにとにかく呼んできたらしい。




「へぇ。じゃあ、魔法を使う直前みたいな状態を意識しながら、こうやって動くだけ?」

「はい。動き自体は、実のところなんでも良いんです。ただ、筋肉を鍛えた方が安定しやすいですし、魔力の器が大きくなるのも早いでしょう。漁に出られる方でしたら、船を漕ぐときとか、網を引き上げるときとか、泳ぐときとか、そういったときに少し魔力を意識するだけで十分だと思います」

コーディの説明を聞いた大人たちは、半信半疑ながらもその方法を試してみることにしたようだった。


「でも、なんでそうするだけで魔力の器が広がるんだ?体と魔力は直接はつながってないって聞いたことがあるぞ」

「それなんですが、実は魔法を使うとき、直前に体の中を魔力が通っていることがわかったんです。なので、体を鍛えて整えるだけでも魔力が通りやすくなって、魔法が安定するらしいんです。魔力の器は、どちらかというと精神的な安定と成長が関与して大きくなるんじゃないかと予測していまして、鍛え続けることで自分に自信がつき、それが心の安定につながった結果魂が成長でき、その成長に連動して魔力の器が広がるようです。実際にはちょっとここからはずれたところに存在する魔力というものを自分の中にどう受け入れるかという部分がかなめになっていまして」

「うん、わからんがわかった」

嬉々として語りだしたコーディを、ティモシーが適当な言葉で止めた。


「あはは!さすがエマニュエルの弟子だな」

「似たもの同士だ」

「なんかあの語り、覚えがあるぞ」

ディケンズと同年代らしい人たちは、懐かしそうな表情でそう言った。

それ以外の大人や子どもたちはぽかんとしていた。


「すみません、つい……。まぁ理論はわかっていてもわからなくても、結果は同じですから。それに、そうやって魔法を使う直前の状態を意識していると、そのうち魔力そのものを纏うことができるようになりますから」

「それができたら、なんか便利なのか?」

「そうですね、色々ありますが、わかりやすいものならこうやって右手と左手で違う魔法を使えるようになりますよ。結構便利なんです。それから、今使える属性以外も使えるようになりますね」

コーディの説明に、全員が目をむいた。




島の人たちに魔法講義をしたその夜、ディケンズから手紙を受け取った。

アイテムボックスに入れたままの転移石のところへ手紙を送っても受け取ることはできるが、コーディは気づくことができない。そのため転移石の裏側に、魔力で通知する小さな魔法陣を刻んだ。意外と便利である。

そうして受け取った手紙は、村長宅下から出てきた石碑の概要であった。


そこには、古代帝国が石碑を作ったこと、海上の禁足島にある魔法陣は六魔駕獣の一つを海中で封じたものである、とあった。どうやら、ティメンテスはあの島の下に封じられているらしい。

海獣であることから戦闘が難しく、迷いの樹海に封じたペルフェクトスの次に犠牲者が多かったそうだ。

大きさは15メートルほどで、船ごとやられたものも少なくないという。そして、石碑からちょうど南西の方向にその禁足島があること、上陸はできるだろうが赤い石に近づくことは叶わないだろうこと、そしてこのあたりの島民たちの祭りの踊りが重要と伝わっているので守っていくように、とも書かれていた。

明記されてはいなかったが、どうやら当時の魔法使いも、あの踊りが音を使った魔法陣だということに気づいていたらしい。


コーディは、そのまま一週間ほど滞在しながら数回禁足島を訪れた。

そして、徐々に魔力の乱れの範囲が広がっていることを記録した。魔力を纏っていなければ、島から十メートルほど、赤い石の魔法陣からは100メートルといったところよりも近づくことは難しいだろう。つまり、上陸そのものが難しい。ディケンズが子どもの頃より、確実に広がっている。

滞在のついでに、コーディの魔法訓練法を子どもたちを中心とした島民に教えた。

少しでも広がってくれればいい。それに、どこから天才が現れるかはわからないのだ。コーディの考え方を使って魔法を鍛えた誰かが、魔法をさらに発展させてくれれば嬉しい。




禁足島からの魔力の乱れの広がる速度をある程度記録して、コーディは師匠の故郷を去ることにした。

ティモシーをはじめ、魔法や訓練を教えていた子どもたち、武術のさわりを教えた大きな子どもたち、いろいろな話を聞かせてくれた大人たちなど、多くの人に惜しまれながら船に乗った。

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