86 魔法青年は師匠の故郷に立つ

アレオン総合書店で受け取った大量の本を魔塔に届け、再度ナム共和国の港町の宿へと転移して戻ってきた。

そして、やはり禁足島と言われる場所なので、船で移動するのはやめておくことにした。

ディケンズの記憶によれば、禁足地の周囲1kmには基本的に船を近寄らせることすらしないそうだ。きっと今でも同じような扱いだろうし、そもそも魔力の乱れがあるため近づかないだろう。

コーディは、港町から飛んで禁足地の島へ行くことにした。



海上を飛んでおよそ2時間。

コーディは、ぽつんと存在する岩島に降り立った。

周囲は50メートルもないだろうか、まるで冷えた溶岩のような黒い岩がゴツゴツとしており、海面に突然数メートル立ち上がって存在していた。


「―― やはり、あったか」

岩の隙間から見えたのは、赤い石。

それらは、黒い岩に埋め込まれるようにして顔をのぞかせており、上の面に超古代魔法王国の文字が刻まれていた。

隠されるように岩の間にはめ込まれていた赤い石は、およそ直径30メートルの円を描いていた。


そのすべてを見てメモを取ったコーディは、いくつかの見覚えのない文字を確認してため息をついた。

「一つ一つ、解読せねばならんのぅ。一部は見たことのある文字じゃが……。しかし、急いだ方がいいのであれば、持ち帰るより転送して解析を任せたほうがいいか」

判断に迷ったコーディは、ディケンズに相談することにした。


『どうかしたか?禁足島が見当たらんかったかの?』

「いえ、見つけまして、魔法陣のメモを取っているところです。それで、先に魔法陣をそちらに送って解読をお願いできないかと思ったんです」

コーディがそう言うと、ディケンズは一瞬黙り込んだ。


『……そうか。そこの島にも魔法陣があったか』

「はい、やはり石碑の情報が正しいと思われます。それから、先生は子どもの頃この島に上陸してみたとおっしゃっていましたが、今ならきっと上陸できないと思います。迷いの樹海よりも魔力の乱れが大きくなっていますし、範囲も島の外まで広がっています」

『なんと。コーディ、体調は問題ないか?』

「はい、僕は大丈夫です。ただ、辺り一面に魚も鳥も見当たらない海というのはとても不自然に見えますね」


約束を取り付けたコーディは、魔法陣を写したものを手紙の転移を使ってディケンズに送り、他になにか情報がないか調べることにした。

海の真ん中で、水にも日光にもさらされた状態のものがここまで綺麗に残っているのは不自然だ。

迷いの樹海のように石碑などがないか探したが、赤い石以外の人工物は欠片も見当たらなかった。


仕方がないので、次の情報収集だ。

ディケンズの紹介の手紙を持って、故郷の島に上陸した。

小さな島なので、検問などは存在しない。そのかわり、島民全員が顔見知り故、新参者は一瞬で見分けられてしまう。


「お兄ちゃん、どこから来たの?」

「その服、暑そう。ねぇ、あっちで泳ぐ?」

「あたしのお母さんね、お魚干してるんだよ!美味しいよ!食べる?」

人のいるところに出ると、わらわらと子どもたちに囲まれてしまった。こんがりと日焼けした子どもたちは客人が珍しいらしく、あれこれと質問攻めにしてきた。


「魔塔から来たんだよ。ごめんね、用事があるから遊んだり食べたりはまた今度かな。それで、誰かディケンズさん知ってるかな?」

コーディがそう聞くと、子どもたちはお互いに顔を見合わせてから爆笑した。

「「「あはははは!!」」」

「はいはーい!僕ディケンズ!」

「あたしもー!」

「俺もディケンズだ!」

子どもたちによると、どうやら島民全員がディケンズを名乗るそうだ。

仕方がないので、コーディは改めて手紙の宛名を確認した。


「えっと。ティモシー・ディケンズさん、知ってるかな?君たちのおじいちゃんくらいの人だとおもうんだけど」

手紙は、コーディの師の従兄弟に宛てたものだ。

それを聞いた子どもたちは、また顔を見合わせた。


「それ誰だろ」

「わっかんなーい」

「お母さんに聞いてみる?」

「あたしもお母さんに聞いてくるー!」

集まっていた子どもたちは、来たときと同じように全速力で駆けて行った。


しばらくして、のんびりと仕事に精を出していた女性たちが子どもたちに引かれてやってきた。

「まったく、きちんと話を伝えとくれ。すみませんねお兄さん。子どもたちが、誰かを探してるって言ってるんですけど誰だかさっぱりわからなくて」

少し白いものが混ざった女性が、全員を代表して聞いてきた。

「いえいえ、ご協力いただいて助かります。ティモシー・ディケンズさんを探しているんです。エマニュエル・ディケンズの従兄弟の方ですね」


それを聞いた女性たちのうち、経験豊富そうな人たちがあぁ、と頷いた。

「魔法使いになったあの人だね。その従兄弟のティモシーなら、ティーじいさんだよ」

「ティーじいちゃん?」

「魔法使えるティーじいちゃん!」

「村長の次に偉いんだよ!」

「ねぇそれより砂遊びしない?」

「僕お腹すいたー」

「もぅ!あんたたちはあっちで遊んできな!!昼ご飯はもう少し後だよ!」

「「「はぁーい」」」

子どもたちは、きゃっきゃと言いながら海岸の方へと走っていった。


女性に案内されてたどり着いたのは、一軒の家だった。

「ティーじいさん!お客さんだよ!」

ノックもせず、女性が布の玄関をひらりとめくって声をかけると、中から低い声がした。

「誰だ?こんな孤島に客だなんて」

のっそりと出てきたのは、海の男らしいがっしりとした老人だった。その顔には、なんとなく既視感がある。


「はじめまして。僕はコーディ・タルコットといいます。あなたにお話を伺いたくて、魔塔から来ました。これは、先生……エマニュエル・ディケンズ先生からの手紙です」

コーディがそう言うと、ティモシーは目を大きく開いた。肌が黒いので、目の白がとても目立つ。

「エルか!懐かしいなぁ。あいつももうジジイだろう?元気にしてるか?」

「はい、毎日元気に研究されていますよ」

「ははは!そうだろうな。まぁ、こっちに入れ。先に手紙を読ませてもらう」

「ありがとうございます、お邪魔します」


扉代わりの布をくぐると、中は木で統一された素朴な家であった。壁も床も天井も家具も、すべて木材だ。何かの香を炊いてあるらしく、独特の甘い香りがしていた。

「そこに座ってくれ。あいにくと客間なんてものはないんでな」

「いえいえ、おかまいなく」

示されたのは、ダイニングの椅子だ。ティモシーの向かい側に腰掛けると、コーディはのんびりと家を見回した。


「だいたいわかった。エルは元気らしいな。それにしても、ティメ様の話を聞きたいんだって?」

「はい、お願いします」

「そうだな、この辺りの海ではこの島があの禁足島には一番近いからな。伝わってる話も多い。そうそう、この間村長の家を立て直したとき、床下から妙な石が出てきたんだ。村長の家の言い伝えによるとティメ様の伝説が書いてあるらしいんだが、古代語らしくて誰も読めなかった。あれも言えば見せてもらえるだろう」


「石……もしかして、こんな文字が書かれていますか?」

コーディは、古代帝国文字をメモに書いて見せた。

「ん?うーん、そうだな、多分。いや、見たほうが早い。よし、まずは村長の家に行くか」

パン、と足を叩いたティモシーは、勢い良く立ち上がった。

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