第三章

85 魔法青年は調査に向かう

六魔駕獣ろくまがじゅうというのが、石碑の文字通り魔獣なのか、それとも何らかの自然災害を比喩しているのか。

現段階では判断がつかない。

そのため、石碑以外からも六魔駕獣についての情報を集める必要があった。


大きな魔法陣であることから、物理的に大きい存在であることは予想できる。もしも本当に怪獣映画ばりの巨大魔獣を相手にするのであれば、きちんとこちら側も態勢を整える必要がある。

コーディ個人としては、学園を卒業してからも毎日鍛えていた。しかし六魔駕獣が実在するかもしれないと知って以降は、もっと力を入れて訓練している。神仙武術も基本的な型だけではなく、魔力を纏って動くことで仙人として鍛えた感覚を取り戻していった。

神仙武術の真骨頂は、仙術を使って補強してより高度な武術へと昇華する合体技なのだ。


エネルギー体である“気”を武術の技に乗せて放出するのは奥義の一つであり、仙人として脂の乗ったときには一発で雨雲あまぐもを散らすことができた。もっとも、天気を無理やり変えると環境への影響が大きいのでいたずらにいじることはなかったが。

それができると確認して以降は、仙術のより細やかな調整や新しい使い方を模索し、長い人生を見据えた仙人生活へとシフトチェンジしていった。

仙術や武術への情熱こそそのままではあったが、スピードを求めなくなった。そうして、様々な知識を得ることで鋼なりの奥義のような技もいくつか開発していた。きっと、イメージを固めて訓練すれば、それらの技も魔力を使って再現できるはずである。


―― 魔獣にしろ災害にしろ、六魔駕獣を相手取るためには、仙人として絶好調だった頃の感覚を取り戻す必要があるのぅ。


そう考えたコーディは六魔駕獣に関する調査の傍ら、ひたすら己を鍛え続けた。

六魔駕獣については、ディケンズを通じて魔塔の中央へと共有した。さすがに、すぐに受け入れられはしなかった。過去の情報として興味を持つ研究者こそいたが、現実味がなかったのだ。



そこで、まずは魔力を纏うことができた研究者が赤い岩へ調査に向かった。石碑に書かれた「このあたりまでなら普通の魔法使いは来られる」という情報と、実際の魔力の乱れの範囲に鑑み、周辺を調査した結果、魔獣の行動範囲が少しずつ赤い岩のある場所から離れていったらしいことがわかった。

それはつまり、魔獣も嫌がる魔力の乱れが、範囲を広げていったということだ。


「岩に彫ることで時代を超えて封印できているようだが、やはり風化して解けてきていると考えていいだろう」

ディケンズの言葉に頷いたのは、中央の面々である。

さらに、調査に出向いた研究員の報告書に目を落とした。


「この1ヶ月で、こんなにも変化が?」

「加速的に範囲が広がっているということのようだな」

眉を寄せてそう言ったのは、マキューだ。

最初に魔力の乱れの範囲を調査したのはディケンズであったが、調査員たちが調べに行った時点で既に魔力の乱れの範囲が少し変わっていた。日々のブレがあるのかと調査を続けた結果、範囲が広がりつつあることがわかったのだ。


「本当に、ここにおとぎ話の六魔駕獣が封印されているのだとしたら、情報を精査しなくては」

中央の研究者たちは、まだ疑わしいと感じていたが、万が一を考えて本腰を入れることに決定していた。

「すでにハマメリス王国には言い伝えなどを集めた本を依頼済みだ。明日には受け取れる状態になるということなので、タルコットに受け取りを頼みたいが、可能か?」

レルカンが、議長という立場からディケンズに質問した。もっとも、そこには命令に近い響きがあった。


「そうなるだろうことは伝えてある。問題なく行けるはずだ」

すぐにでもほかの魔力の乱れを調査しようとしたコーディに、本の受け取りを依頼するかもしれないと伝えておいたのだ。本当は調査を待つよう言ったのだが、彼は通信の魔道具で連絡を受けたらすぐに向かう、と言って調査に出てしまった。

まったく自由で有能な弟子である。


「では、頼む。受け取りは前回と同じアレオン総合書店だ。明日以降いつでも受け取れると思うが、現状を踏まえばできるだけ急いでほしい。ほかの研究者が同じように移動できるならそちらに頼むが、今のところタルコット以外に1日でハマメリスから魔塔まで移動できる者はいないのだ」

飛行の検証と実験は進められているようだが、それぞれ自身の研究もあるため実用化まではまだ至っていない。

それでも今回のことを受けて、複数人が飛行を習得するために動き出した。探究心に加えて必要性も理解しているので、きっと1週間もしないうちに習得することだろう。


とにかく、今回はコーディに依頼する他ない。

ディケンズは当然とばかりに了承した。

「それは本人もわかっています。急いで受け取って届けてくれるでしょう」

「うむ」

レルカンは、重々しく頷いた。





一方コーディは、魔力の乱れが存在する場所へと調査に向かっていた。

まずはディケンズから情報を聞いた、アレンシー海洋国の禁足島である。

地図を見て場所を確認したため、すぐに見つけられると考えたので最初の調査場所に選んだ。

ここが終われば、大陸を反時計回りに一周するように巡る予定である。


ハマメリスの王都に転移し、そこからは北東に進んでマラコイデス王国を横断、さらにナム共和国を越えて海へ出ればアレンシー海洋国だ。

国境に関しては、冒険者として通過することにした。

何も言わず上空を通り過ぎても良かったのだが、何かあったときにめんどくさいことになる。移動速度に関しては魔塔の研究者だから、で押し切ることにして、きちんと関所を通った。


魔塔を出て2日ほどでアレンシー海洋国へと行き来する舟が寄港する、ナム共和国の港町に到着した。

かなり北の方だというのに、空気が暖かく感じられる。どうやら、温かい海流はかなり気候に影響を与えているらしい。

とりあえず港町に宿を取り、舟で渡るか飛んでいってしまうか迷っていると、アイテムボックスに放り込んでいた小石の一つが振動し、魔力を通してコーディに伝わった。


「……はい。コーディです、ディケンズ先生」

通信してきたのは、ディケンズだった。

『おぉ、コーディ。やはり言った通り、本を受け取りに行ってほしい。明日には揃うそうなんだが、頼めるか?六魔駕獣の色々な資料らしくてな、できれば急いでほしいんじゃよ』

「もう揃うんですか?アレオン総合書店も随分頑張ってくれたんですね。……わかりました、明日受け取って、その日のうちに持っていきます」


まだアレンシー海洋国へ向かっていなかったのは幸いであった。

宿の部屋を借りておけば、転移する場所を探さなくて良いのが楽だ。

二つ返事で了承したコーディは、宿泊の延長を頼むために宿の受付に向かった。





前回の訪問と同じように、王都の関所を通ってアレオン総合書店に向かった。

書店の受付の人は、コーディを覚えていてくれたようですぐに奥へ通してくれた。前と同じような地下の部屋に用意されていた本は、ざっと確認したところ100冊ほどにおよんだ。


「六魔駕獣に関する本は、超古代魔法王国に関連付けたものも少なくありません。おとぎ話を模した教育本、歴史の考察本、民話、一部の貴族の口伝本、王族の言い伝えをまとめた本など、幅広くご用意しました。超古代魔法王国そのものに関する考察本もございます」

コーディは、思わず本の山を二度見した。

「……王族の本は、門外不出というか、国外に出して良い本なんですか?」

王族の言い伝えの本など、国宝ものではないだろうか。


「えぇまぁ、王族とごく一部の貴族、認められた研究者にしか開示されない希少本です。しかし、魔塔が求める情報として必要と判断したため、ご提供させていただきます」

前にも対応してくれた店員は、以前にも増して丁寧な態度でそう言った。どうやら、コーディの論文をまとめて一冊の本として売り出したところ、ある意味センセーションを巻き起こしているらしい。

その店員は、毎日筋トレを続けたところ魔力の器が少し大きくなったと教えてくれた。その結果を謳い文句に、さらに売り上げを伸ばしているそうだ。


「本当は、タルコット様が来られたら王族の方からご挨拶をというお話もあったのですが」

「いえ、それは遠慮させてください」

「……そうおっしゃると思いましたので、お断りさせていただきました。魔塔の研究者様は断る権利がございますので、お気になさらず。もし気が変わられたらお伝えください。国王が研究に非常に興味を持たれたようですので」


そう言われたが、コーディは苦笑いで答えるにとどめた。

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