84 魔法青年は解析を進める

プラーテンスの魔獣の森での調査を終えたコーディは、すぐさまホリー村の部屋に帰り、魔塔の研究室にこもった。


途中まで研究していた鉄と魔法の関係については、ある程度まとめたままにしておくことにした。それよりも、赤い岩や赤い石の超古代魔法王国文字を解析するべきだろう。

鉄に関しては、鉄そのものよりも鉄を含有する石や塗料の方が、魔力の増幅や魔法の安定に役立つことだけはわかっているので、何かあればその情報を先に公開してもいい。


気になったのは、石碑の文章である。

「この石碑の辺りまでは誰でも近寄れる」といった内容であった。

しかし、正直なところそれは難しそうだ。以前狼藉者を迷いの樹海の豆腐ハウスに軟禁したときは、赤い岩から100メートルは離れていたが、魔塔に所属するはずの彼らでも魔力の乱れを軽減する魔法陣がなければ意識を保てそうになかった。


ディケンズの話によると、以前の赤い岩の調査のときには、200メートルほど離れたところで一旦休憩し、全速力で走って岩へ向かい、ほんの数分調査してすぐに走って戻るという方法を取っていたらしい。

人によっては赤い岩まで行き着けず、行き着いて戻った人はそれだけで体調不良になってしまったそうだ。

ほとんど調査が進まないわけである。


今の魔法使いの中でも最高峰の集団といえる魔塔の研究者がそうなのに、過去の魔法使いは違ったのかというところもひっかかる。

魔法はどんどん進化しているので、過去の魔法使いの方が優れているとは考えにくい。もちろん、突出した人物が存在する可能性はあるが、平均的には現代の魔法使いの方が色々と勝るはずなのだ。


「なるほど、それならもう一つの可能性が考えられるのぅ」

「はい。やはり、過去に比べて魔力の乱れの範囲が広くなっていると予想できます」

「……石や岩が形状を保ちやすいとはいえ、劣化しているか」

ディケンズとコーディの前には、赤い岩の配置と超古代魔法王国文字が書かれた紙が広げられていた。


「その可能性があります。土に埋まっていたおかげで風化が遅れたとはいえ、やはり数千年という時間には勝てないかと」

じっと紙を見つめたディケンズは、目を細めて口を開いた。

「他の研究は一旦保留じゃ。先に、石碑と魔法陣の解析を急ぐぞ。石碑を翻訳し終わったら、ワシも魔法陣の解析を手伝おう」


それから、中央に解析の現状を報告することにした。

少なくとも、迷いの樹海の赤い岩、そしてプラーテンスとレイシアの間にある魔獣の森の赤い石、その2箇所に、似たような魔力の乱れと、規模は違うが似たような魔法陣がある。何があるかわからないのだが、コーディもディケンズも嫌な感じを受けているのだ。警戒するに越したことはない。



ディケンズが報告すると、『魔力そのものを纏うことで赤い岩の場所に滞在できる』というところに食いつかれた。魔力を纏う方法は論文になっていると言って後回しにし、わかったことをなんとか説明した。ヤバいということは伝わったそうだが、幾人かは「そんなことより魔力を纏う方法を急いで習得する!」と言ったそうだ。

「別の視点から確認すれば、新しい発見があるかもしれない」とかなんとか言っていたようだが、研究欲に負けただけだろう。

もっとも、確かにコーディたちだけではなく他の人に赤い岩を確認してもらえば、なにか発見される可能性もある。的外れというわけでもないので、ぜひ魔力を纏えるようになってもらいたいものだ。



コーディは魔法陣を調べるため、赤い岩を再び訪れ、岩の周囲の土を一つ一つ掘り起こした。

やはり埋まっていた文字があり、それによってやっと文章として意味を成し、少しずつ魔法陣の内容がはっきりしてきた。


わかったのは、対象の魔力を吸収することによる魔法陣維持、外界からの魔力の遮断、対象の攻撃魔法の発現の霧散、対象への魔法の妨害、対象の動きの抑制・麻痺付与と意識レベル低下、そして強制睡眠など。


―― どうみても、ヤバそうなものを封印しておるのぅ。


ほとんどの文字を解読できたが、一部がどうしてもうまく翻訳できない。言葉の意味はわかるのだが、文にならないのだ。

『完璧な、の魔力を吸収して魔法陣に転用』『完璧な、の動きを抑制』『完璧な、の意識を睡眠状態にする』など、文法がおかしい。正しい文法でないと魔法陣は発動しないはずなのだが、きちんと発動しているようなのだ。

「形容詞が名詞のように扱われている、というのが正しいか。なにかの暗示かのぅ?それとも、この『完璧な』……ぺ、るふ、く、と?あー、発音記号はこれか。ぺる、ふぇ、くとす。ペルフェクトス、が封印しているものの名前、と考えるのが妥当だな」


それらの情報をまとめて中央に提出できるようにし、そのままプラーテンスの魔獣の森にあった赤い石の文字の解析にうつった。

魔力の吸収と魔法陣への転用、攻撃魔法の霧散、動きの抑制、強制睡眠などは同じだが、全体的に迷いの樹海のものよりも簡略化されているというか、そこまでガチガチに固めていないという印象だ。

そしてこちらは『素早い、の魔力を吸収して魔法陣に転用』『素早い、の意識を睡眠状態にする』などとあった。つまり、『素早い』が封印しているものの名前らしい。


「こっちは、ゔぃ、ろく……ゔぃーろっくす、だな。あんな大きな魔法陣で封印するとは……」

どう考えても、災害級のなにかであるとしか思えない。

その魔法陣の効果や魔法陣の内容をまとめていると、ディケンズが翻訳し終わった紙を持ってコーディのところへ来た。


「どうじゃ?こちらはどうにも信じがたい情報が出てきたぞ」

「えっと、僕の方もちょっと信じたくない内容ですね」

「ふむ……では、まずはコーディの方の話を聞こう」

「わかりました。どうやら、魔法陣は何かを封印しているように見受けられます。迷いの樹海の方は『ペルフェクトス』というのがその対象物の名称のようです。魔法陣のここにあるように――」


調べたことを順番に説明すると、難しい顔をして聞いていたディケンズが深く頷いた。

「ペルフェクトス、な。不穏な名前じゃ。魔法陣の大きさは200メートルか。それだけ様々な方面から縛り付けてどうにか封じ込めたというわけだな。ではワシの方じゃが……コーディは、超古代魔法王国がどうして滅びたのか知っているか?」

話題が突然変わったが、これからの話に関係のあることなのだろう。記憶を探り、コーディは口を開いた。


「確か、いくつか説があったかと。致死率の高い伝染病、急な寒冷化による食料不足、地震や嵐のような災害が立て続けに来たことによる崩壊、大規模なスタンピードあたりが有力ですね」

「いずれにせよ、人が対処するには限界のあるものじゃな。石碑にはその原因が、魔獣だと書いてあった」

「魔獣ですか?なら、スタンピードでしょうか」


ディケンズは、首を左右に振った。

「六魔駕獣じゃよ」


六魔駕獣とは、六体の巨大な魔獣のことだ。勇者が仲間と一緒に冒険するおとぎ話の敵である。

5体はそれぞれ魔法の1属性を司っていて、魔法の説明にも使われる絵本になっていたはずだ。

最後の魔獣は全部の属性を持っており、5人の仲間と力を合わせて倒すというような話だったと思う。そこからお友達と仲良くしましょうとかそういう教えにつなげるのだろうが、今はそういう話ではない。


「石碑には、なんと書かれていたんですか?」

「簡単にまとめると、『超古代魔法王国を滅ぼした六魔駕獣の最後の一体がここにいる。封じたのは超古代魔法王国の生き残った魔法使いであり、彼らは命をかけて魔法陣を彫った。その後、生き残った魔法使いが六魔駕獣を封じた場所に散って封印を守るようになった』とあった」

「ということは」

「あぁ。多分、コーディが見てきたプラーテンスの魔獣の森もその一つじゃろう。ほかの4箇所も、確認する必要がある」


アレンシー海洋国の禁足地の島と、ロスシルディアナ帝国の北の荒地、ゲミルゲ山岳地帯の岩山、コルニキュラータ首長国の火山だ。

広い大陸のあちこちに散らばっている。

「封印を守っていたのは――」

「今はもう忘れ去られているか、単純な禁足地となっているようだな。各地の王族や貴族、一部の部族がその役を担っていたのだろう。その証拠に、子孫である彼らは一様に他よりも魔力が多い」


なるほど、とコーディは頷いた。

嫌な予感がまとわりつくように感じ、机に並んだ石碑の文字の写しと赤い岩の魔法陣の写しを睨みつけた。

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