83 魔法青年は国境で調査する

「あ!そうだコゥ、手紙転送の魔法陣、なんだよあれ。俺めっちゃびびったんだからな?!どう考えても魔塔の最先端のやつだろ?そんなもん唐突に渡すなよ心臓に悪い」

「えっ?そんな貴重なものだったの?」

「あー、でもコゥだしなぁ」

「そうね、タルコットくんだもの」

友人たちが口々にそう言うので、コーディは慌てて首を横に振った。


「別に最先端ってわけじゃないよ。魔塔にいる帝国貴族の人は、普通に実家とのやり取りで似たようなものを使ってるし。ちょっとアレンジしたけど、あの程度はみんな好きにしてるから。まぁ、オリジナル文字は作ったけどそれだけで」

「そーれーが!!最・先・端!簡単に描いたとかいう基礎の方の魔法陣だって、現代語使うとかビビるっつーの。研究所でこぞって解析してるんだからな?!石の方は怖くてしまい込んでるよ。見つかったら国に取り上げられるレベルなの!帝国ってロスシルディアナ帝国?あそこは別格!」

ヘクターの勢いに押されたコーディは、思わずのけぞった。


「ご、ごめんって。絶対便利だと思って。でも、さすがに個人で持つには危険がありそうだから通信の魔道具にはしなかったんだよ?」

「「ナニソレ」」


友人たちの疑問に答えて通信の魔道具について小石を取り出して説明すると、それぞれに呆れたような、怖ろしいものを見たような、なんとか砂ギツネのような表情になった。

「なんてものを開発したんだよ……国に整備を丸投げしたものを、個人に渡さないでほしい」

「え、すっごい便利そう!プラーテンスでも広がってほしいわ。っていうか、そのうち研究所にそういう話がおりてくるかしら。こなかったら情報を取り寄せるわ。楽しみ!」

「タルコットくん、本当にすごいわね。どう変わるかがちょっと怖いけど、情報のやりとりがすごく早くなりそう。王都とうちとですぐ連絡できるようになったら政治が変わるわ」

「コゥ、そんな国家レベルの技術を辺境の男爵家に持ち込まないで。色々対応しきれなくなるから」

それぞれに、文句やら感嘆やら感想をくれた。


そうしてわいわいと話に花を咲かせてから、また会おう、と約束した。

出発は隠さなくてもいいだろう、とガスコイン邸の前庭から空へ飛んだら、友人たちは目をむいた後に呆れたように笑って手を振っていた。





◆◇◆◇◆◇  





プラーテンス王国はどちらかというと東西に長い国土で、ズマッリ王国とは東の大陸内部側で接している。

一方、魔獣の森やそのすぐそばのブリンクは、西の海沿いにある。

王都はおよそ国の中央近くなので、高高度で飛行して人が見えなくなってから、王都近くの初心者の森に転移した。


久しぶりの森は相変わらず穏やかで、深いところには人の気配もない。

ここからは、西北西の方向に飛べば数時間で魔獣の森に到着するはずだ。

一応周りを探って人の気配がないことを確認してから、コーディは再び空へ舞い上がった。




雲の上は流石に気温が下がるし酸素濃度も低いので、ローブと風魔法で防御しながらの飛行である。

3時間近く飛んでいると、前方に海らしいものが見えてきた。

レイシア商民国との国境もある魔獣の森は、大きな湾になった海沿いに広がっていた。


上空から見ると、大きな街道や街はよくわかる。

魔獣の森の周辺には、少しくたびれてはいるものの防衛用の塀と堀で囲まれた街があった。

少し離れたところには砦らしいものがある。そちらはレイシア商民国のものだろう。砦の塀は二重になっているし、堀は三重。塀の上には見張り台がいくつもあった。

なんというか、警戒度が全然違う。


ブリンクの方は、普通の人が住んでいる雰囲気があるのだ。

一方のレイシア商民国の砦の方は、まさに最終防衛ラインという感じの、がっちり防御を固めた専門の兵士しかいない場所といった空気である。

魔獣の森は、少しだけプラーテンスに入りつつレイシア商民国の方の海岸沿いに南北に広がっていた。少し移動して確認したが、レイシア商民国の方は砦がいくつもあるようだった。



時間は午後に入ったところ。

魔力を探ると、ブリンクに近い方は森の中にいくつか人の気配が感じられた。レイシア商民国側は、森の外に出てきた魔獣を狩るだけにとどめているらしい。その人手も全然違う。

ブリンクの方のグループはせいぜいが三〜五人で、グループはバラバラに動いている。レイシアの方は、十人単位の隊がいくつも連なって対応している。


そして、二国の国境近くには人がいない。

多分、そのあたりに魔力の乱れがあるはずだ。

人の魔力がないことを確認して、コーディは森の中へ転移した。



降り立ったところから東に行けばレイシア商民国だ。

昼食を携帯食で簡単にすませて、魔獣の気配のない方へ進んだ。そちらに、覚えのある魔力の乱れが感じられた。

数十分歩くと、周りより特に大きな木がまばらに生えている場所に出た。ほかがおよそ5〜10メートルの高さであるのに対し、そこだけ20メートルを超える木が影を落としている。太さも倍以上あり、この辺りだけが別物のようだ。

ウロウロと歩き回った結果、特に大きな木のある場所が魔力の乱れの中心らしかった。


ブリタニーの疑問をきっかけに思いついた予想が正しいのなら、このあたりに赤い岩が存在するはずだ。

迷いの樹海の赤い岩は半分以上埋まっているようだったので、もしかすると土に埋まっている可能性もある。

そこで、魔力を慎重に探ってみた。溢れ出て暴れるような魔力が充満している中に、毛色の違う魔力が混ざっている。それを辿ると、木と木の間の土の下から感じられたので、土魔法で慎重に掘り返してみた。

イメージは、発掘である。

土の下にあるものを傷つけたり動かしたりしないよう、少しずつ避けていくと、目当てのものが見つかった。


「赤い岩……いや、石か」

側面も見えるよう少し掘ってみたが、見覚えのある象形文字は石の上部を平にして彫り込まれていた。

大きさは直径にして50センチもない程度で、石に沿って土を掘り進めると下部に向かってカーブしていたので、動かないよう側面の土を戻して固めておいた。石の側面には文字はなかった。


コーディは、周りを見回して他の魔力の気配を探った。この石と似たような魔力を探ると、おおよそ円形に配置されているようだ。

「よし、これでメモはOKと。同じように埋まっているようじゃな。……数日なら、滞在してもいいか」

ひとつ頷いたコーディは、大きな木が見える少し開けた場所にテントを張った。食べ物も水もたっぷり持っているので、寝る場所さえ確保できれば問題ない。魔力の乱れのおかげで魔獣も寄ってこないし人も来ない。

気楽に調査できるというものである。



2日ほど集中して調査した結果、赤い石は直径およそ50メートルの円形になっており、迷いの樹海の赤い岩よりも配置が単純になっていた。

わかる限りの石を確認してメモを取ったところ、やはり魔法陣のように配置されている。象形文字も赤い岩と似たようなものがあり、なんとなくだが同じ効果を持っていると予測できた。

「そういえば、ここにも古代帝国の石碑があるやもしれんのぅ」


迷いの森の赤い岩からおよそ30メートルほどのところに、ディケンズの発見した石碑が埋まっていた。

ここにもあるなら同じような距離だろうと考えて辺りを掘りながら探すと、思ったよりも近く、数メートルのところに石碑が埋まっていた。

その文字を書き写せば、最初の数行は手元にある迷いの樹海の方の石碑と同じ文字の並びであった。つまり、古代帝国がこの石碑を設置するといった説明だろう。


「……なにやら不穏じゃのぅ」

人も魔獣も近寄らない魔力の乱れの中心で、コーディは眉をひそめてつぶやいた。

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