82 魔法青年は祝う
次の日、いつもより遅くに起きたコーディは頭痛と吐き気を覚えた。
「うぷ。これは……二日酔いか」
なんだか最後はヘクターとブリタニーと3人で盛り上がっていた気がするが、記憶が曖昧だ。
ぼんやりとベッドに座って吐き気に耐え、前世の記憶を探った。
確か、二日酔いは低糖質状態と体内に残ったアルコール成分が原因になっていたはずである。
ズキズキする頭を下げてこめかみを揉むようにしながら、コーディはアルコール成分の分解をイメージして魔法を展開した。
「おはよう、ヘクター。ウェイレットさんも、おはよう」
裏庭を借りて一通りの訓練を終えてから室内に戻り、着替えてダイニングルームに行くと、友人たちが席に着いていた。
「……お、はよ」
「おはよぅ。……タルコットくん、お酒、強かった、のね」
ヘクターもブリタニーも顔色が悪い。どうやら二日酔いになっているようだ。
「あのワイン、甘くて飲みやすくてさらっといけたから飲みすぎちゃったね」
ビュッフェ方式に用意された朝食をサーブしたコーディは、二人と同じテーブルにトレーを置いた。ヘクターはコーヒーだけ、ブリタニーはゼリーのようなものだけを前にしながら、食が進んでいないようだった。
「ほんとそれ。美味かったけど二日酔いがきっつい。マジで飲みすぎた。てか、よく朝食そんなに食えるな」
「あー、僕も二日酔いだったよ。……今この部屋誰もいないし、魔法使おうか?」
ダイニングルームに案内してくれたメイドは、用事があるのかすぐに去っていった。今日は、スタンリーとチェルシーは二人だけで過ごすそうなので、コーディたちは自由である。
「え?魔法でどうにかなんの?」
「気持ち悪いの、軽くできるならお願い」
「わかった」
コーディは、二人にもう飲みすぎないようにしよう、と言い聞かせてから魔法を行使した。アルコールを分解すると説明したが、二日酔いで苦しむ二人の耳は素通りしたようだ。
「コゥ、まじすごい。助かった、ありがとう」
「タルコットくん、ありがとう」
「気にしないで。でも毎回ってわけにはいかないし、次から飲むときは気をつけて」
朝食を終えて、3人は応接室にやってきた。
二日酔いをすっきりさせる魔法について気になったようだが、それよりも大きな問題があったので後回しになった。
テーブルの上には、メイドが用意してくれた紅茶とお茶請けのお菓子、そしてヘクターが取り出した一枚の紙が乗っていた。
そこには『婚約契約書』と書いてあり、諸々の条件とヘクターとブリタニーの署名、さらには証人としてコーディの名前も書いてあった。
3人そろってちらちらとその契約書を見ていたが、ブリタニーが意を決して口を開いた。
「……どうする?これ出したらほんとに成立しちゃうよ」
「僕、これでも准騎士爵持ちだから、証人として十分だもんね」
コーディがちらっとヘクターを見ると、留学のことを教えてくれたときと同じような真面目な表情をしていた。
「ウェイレットさんは」
「え?」
「結婚しようがしまいが仕事を続けたいんだよな」
「そうね。カトラルくんは、仕事はどうするつもりなの?」
「俺は、留学が終わったら実家の商会で魔道具の開発と輸出入をしようと思ってる」
どうやら、二人とも前向きに考えてみるようだ。
コーディは、友人たちが結婚観や子どもの有無、仕事のあり方や経済観などをすり合わせていく様子を静かに見守っていた。
聞いていてもしょうがないため紅茶を飲みつつ本を読んでいると、一通り確認を終えたヘクターから声をかけられた。
「コゥ、どう思う?」
「あ、私もタルコットくんの意見は聞いてみたいわ」
どうもなにも、昨日は酔っ払っていたとはいえ二人の結婚を勧めたのはコーディだったのだ。肯定しかないが、聞き流していた二人のやりとりから思いついたことを口に出した。
「そうだね……二人とも子どもはできたらほしいみたいだし、やることをやれるならいいんじゃないかな?ヘクターとウェイレットさんって、お互いに無理なく付き合える感じがするし。あとは、これからの人生ずっと生活の共有ができそうかと、相手の老後の世話をできるか考えてみるといいかも」
「生活の共有と、老後の世話ね……コゥってほんと、じいちゃんみたいなこと言うよな。でもまぁ、そういう現実問題がつきものか」
「やること、ねぇ。生活の共有も、カトラルくんなら大丈夫かも」
「えっ!マジ?」
「私は無理?」
「まさか!全然あり」
「老後の世話とかどうなのかしら」
「全然想像できないけど、嫌な感じはしないかな。世話をするのも、されるのも」
「私も。じゃあ決まりね」
「決まりだな」
なんとも軽い調子で、友人たちの結婚が仮決まりとなった。
さすがに勝手に決めることはせず、両方の親に挨拶してから婚約届を提出することになるらしい。
とはいえ、片や留学先の王弟の覚えもめでたく将来も安泰そうなヘクター、片や国の研究機関で働く優秀なブリタニー。特に反対される要素はなさそうである。
コーディは、笑顔で祝福した。
思い出話や研究の話をしてのんびり過ごした次の日、コーディたちは新婚夫婦に挨拶してからガスコイン邸を去ることになった。
別れを惜しみつつ世間話をしているときに、そういえばとヘクターとブリタニーの婚約の件を切り出した。
「えっ?!でも、ブリタニーってばそんなそぶり全然」
目を見開いたのはチェルシーだ。彼女をエスコートするスタンリーも驚きに口をぱかっと開けた。
「あーうん。恋に落ちたとかそういうんじゃないから。でもカトラルくんなら色々理解してくれるし、しゃべってて面白いし、ありかなって」
「え、ヘクターも?」
気を取り直したスタンリーがヘクターに聞いた。
「うん、いいかなって。それに、ウェイレットさんって可愛いし綺麗だし頭もいいし、話も合うから、ずっと一緒に過ごすことを考えたらすごいしっくりきて」
「あ、私もそれ、長い時間過ごすって考えたらしっくりきたわ」
うんうん、と頷きあう二人を見て、スタンリーはコーディに言った。
「なぁ、あれ……」
「うん?友だち夫婦って感じでいいんじゃない?当面は」
「当面は」
「え、だって、ヘクター絶対ハマるでしょ。可愛いが追加されてたし」
「あー。え?マジ?」
「まぁ、ただの僕のカンだよ。どっちにしろ、相性は良さそうだからいいよね」
二人の会話に、チェルシーも入ってきた。
「確かに、ブリタニーったら恋してないとか言ってたけど、これからはわからないものね。相性でみたらすごくいいかも」
「あ、でもヘクターのモテたい願望とかはどうなんだろう」
ふとスタンリーが零した言葉に、妻は一瞬考えて答えた。
「えっと、言い方が悪かったらごめんなさい?カトラルくんって、初恋もまだっぽいわよね。恋愛への憧れがそういう方向の発言になってるっていうか、よくある男性の願望をとりあえずの自分の願望として口に出してるっていうか……」
「要するに、ヘクターがまだお子さまだってことか」
スタンリーが簡潔にまとめると、チェルシーは困ったように微笑んだ。
「そうは言っていないわ。初心者ってことよ。でもだから、本当にたくさんの女性と恋愛したいわけじゃないと思うの」
チェルシーの考察に、コーディは頷いた。
「確かに。スタンもそうだけど、こだわりが強いと一人の人にのめり込みそうだし」
「あぁ、わかる。ヘクターもああ見えてしっかり魔法陣オタクだもんね」
頷いたスタンリーに、チェルシーが聞いた。
「のめり込むのも?」
「そうだよ。僕はチェルシーにぞっこんだからね」
甘い空気を隠そうともしない新婚夫婦と、甘い空気とは程遠い魔法陣の話題で盛り上がる婚約者(仮)たちを見て、コーディは心から祝福したのであった。
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