81 魔法青年は友人たちと語らう
コーディたちの到着から数時間後、ブリタニーがガスコイン邸に到着した。
さすがに男性陣よりも荷物が多いようで、メイドや従僕たちがいくつもの鞄や箱を屋敷に運び込んでいた。
「お久しぶり!うわぁ、カトラルくんも、ディーキンくんも、タルコットくんも育ったねぇ。チェルシーもなんか大人っぽくなって!変わってないの私だけ?」
「ふ、ふふ。確かに、みんなすごく育ったわね」
先程までどこかむさ苦しい空気だったのが、ブリタニーが加わっただけで一気に華やかになった。
変わらないなどと言うが、ブリタニーも十分大人の女性になっている。
「ウェイレットさんはすごく綺麗で洗練されてるよ。やっぱり王都で働くと違うのかな?まだ学生の俺よりずっと大人な感じ」
ヘクターがさらりと言ってのけた。
コーディはそういった褒め言葉がすぐには出てこないので、少しは見習いたい。
「あら、ありがとう。それにしても、カトラルくんすっごい疲れ切ってない?明日結婚式なのに、大丈夫?あ、明日の主役2人も準備は平気なの?」
ヘクターはへらりと笑って頷いた。スタンリーはチェルシーを見てからにっこりと笑顔になり、チェルシーもそれを受けて笑顔で頷いた。
「私たちは大丈夫よ。もうあとは早めに寝て体調を整えるくらい。元々、そんなにお客様は呼んでないの。あなたたちのほかは、ガスコインの親戚と、スタンのご家族だけよ。次の社交シーズンで王都に行くときに、王族の方には結婚したとご挨拶するけど。まぁそれくらいのものよ、辺境の男爵家の結婚なんて」
チェルシーの言葉に軽く頷いていたヘクターだったが、ハッと気づいたように目を見開いた。
「ちょっと待って。ってことは、新婦のご友人たちは?」
「カトラルくん……言いづらいんだけど、私の学園時代の友人って、ここにいる4人くらいなのよ。魔法にどっぷり浸かってる女生徒なんて、私とブリタニーしかいなかったし」
ブリタニーは、チェルシーの言葉に同意した。
「そうね。義務として魔法を学んで鍛えている人はいたけど、女の子で本気で魔法に取り組んでいる人って私とチェルシーしかいなかったわ」
「でしょう?ちょっとお茶会にっていう距離でもないし、辺境にまで呼びたい友人ってあなたたちくらいだったのよ」
「そんなぁ……まさか、だって、友達の結婚式って出会いの場所じゃん!」
カクリと頭を垂れたヘクターを見て、スタンリーとコーディは苦笑した。
コーディの前世の記憶では、確かに友人の結婚式で出会って結婚につながることもよくあったそうだ。多分、それはプラーテンスでも同じなのだろう。
スタンリーは、ぽんとヘクターの肩を叩いた。
「僕の姪は来るから」
「スタンの姪って、2歳くらいだろ?!俺は同年代がいいの!!」
「ヘクター、ズマッリでも出会いはあるんでしょう?」
「そんな暇がないんだって!ってか、俺と同じフリーなのになんでコゥはそんな余裕なわけ?!」
わちゃわちゃする男性陣を横目に、女性2人は懐かしい話に花を咲かせていた。
結婚式当日は、朝から見事に晴れ渡った。
濃いグレーのドレススーツをまとったコーディは、髪をなでつけて身なりを整えた。
新婚夫婦へのプレゼントは、メイドを通して渡しておいた。それなりに大きさがあるし重いしで、受け取ったメイドは不思議そうな顔をしていたが、何も聞かずに受け取って持っていってくれた。
時間が来て廊下に出ると、ちょうどヘクターも部屋から出てきた。
「お、コゥがちゃんとした服着てる!すごい新鮮」
「いや、いつもちゃんとした服だよ。スーツはほぼ初めてだけど」
対するヘクターは、少し長いくせっ毛をきれいにまとめ、光沢のある紺色のスーツと同じ生地のリボンで飾っていた。手元には、青い石のカフスボタンも見えている。
その立ち姿は貴族らしく、華やかさと品があった。
まずは式を行う教会へ向かう。
ナトゥーラ教の教会は、どんなに小さな村にも1つはある。ガスコイン領には2つあり、1つは領主館のすぐ近くに建っていた。石造りで古い建物だが、高い場所にあるステンドグラスが美しい。
隅々まで掃除の行き届いた教会には、司教の人柄がうかがえる。
案内された友人席に座っていると、あとからブリタニーがやってきた。
「二人共早いわね。私はカトラルくんの隣って言われたから、ちょっと通っていいかしら?」
通路側から来たブリタニーの席は、新郎新婦が通る花道側に用意されていた。そこで二人はさっと立って一度通路に出た。
「すごく綺麗で華やかだね」
そう言いながら、ヘクターはさり気なくブリタニーをエスコートして席まで案内した。ブリタニーも、自然とエスコートを受けて腕を預けていた。
こういった仕草を自然とできるところも、やはり二人が貴族らしいと感じるところだ。コーディにも知識としてはあるのだが、どうにも鋼であったころの記憶が邪魔をして上手く動けない。
「ありがとう。カトラルくんもタルコットくんも素敵よ。やっぱり背が伸びたから、雰囲気がかなり変わったわね」
「はは、ありがとう。少しは大人になってるかな」
「ウェイレットさん、似合ってるよ。僕は付け焼き刃だから良いかどうかもよくわからないよ」
ヘクターはさらりと受け、コーディもなんとか返事を返した。事実、ホリー村に唯一存在する正装のオーダーを受けてくれる洋服店で、全部お任せで揃えたのだ。帝国のドレスショップとつながりがあるらしく、型紙は今年の最新だと言っていたが、コーディにはさっぱりわからなかった。
のんびりと会話の花を咲かせていると、親族席が埋まっていき、とうとう結婚式が始まった。
プラーテンス王国では、新郎新婦の衣装の色は特に決まっていない。
ただ、新婦のヴェールが白ということだけは定番らしい。ヴェールに合わせて、淡い色合いのドレスを選ぶことが多いようだ。
チェルシーも、淡い水色のドレスをまとっていた。それに合わせてか、スタンリーのドレススーツも深い青色だ。爽やかな雰囲気が二人によく似合っている。
厳かに式が進み、次に披露宴である。
ガーデンパーティになっており、ざっくばらんな空気感で、立食スペースとダンススペースが用意されていた。5人ほどの楽団が呼ばれていて、明るく華やかだ。
新郎新婦のダンスの後、踊りたい人は踊り、食べたい人は食べる。コーディたちは幸せいっぱいの二人に挨拶してから、食事スペースに腰を落ち着けた。
「――って言われたんだよ。いや、いたわりの言葉もお菓子も嬉しいよ?嬉しいけどさ、それだけでさっと帰るからやっぱり全然脈なしなんだよ」
「ヘクターは、受け取ったときお礼言ってるの?」
「あったりまえだろ!なんなら前のめりだよ。たださ、やっぱ忙しいからすぐには食べられないし、お礼言って『後でもらうね』って伝えてる」
それを横で聞いていたブリタニーは、咀嚼していたタルトを飲み込んでから口を開いた。
「ねぇ、ズマッリってわりとうちの国と文化的に近いと聞いたことがあるんだけど」
「ん?」
振り返る二人に、ブリタニーが首をかしげた。
「異性からのお菓子を『後で食べる』って言うの、『君からの好意は保留』っていう意味じゃないの?」
「えっ?!ナニソレ俺知らない!」
「いやまぁ、最近の流行りとかじゃなくて、なんていうか昔からある貴族用語みたいなものなんだけど」
「あぁ、そういえばそういうのもあったね。あとは、甘いお菓子はお付き合いの打診で、甘くないお菓子は友情を示すんだっけ」
元のコーディが読んでいたものの中にそういった記述があった。コーディの説明を聞いてブリタニーは頷いた。
「そうそう。そのほかに、すぐ食べたら『受け入れる』、受け取らなかったら『断る』。お返しのお菓子が甘いと『是非お願いします』、甘くないなら『前向きに検討しています』だったかしら。同性同士なら特に関係ないはずね。ただ、ズマッリでも同じとは限らないわよ」
ブリタニーは、がっくりと頭を垂れるヘクターに向かって軽く言った。
「ぜ、全員にまとめて大きなお返しをした場合って……?」
「それは、個人に向けたメッセージじゃないから、普通にプレゼントに対するお礼になるんじゃないかしら?『みんなお友達』って感じで受け取られるかも」
「あー……」
思い当たるフシがあったのか、ヘクターは遠くを見てため息をついた。
ふと思いついたコーディは、一応言葉を選んで告げた。
「その対応も悪くはないかもしれないよ?プラーテンスの窓口になってるヘクターには、ハニートラップがかけられる可能性もあるから。むしろちょっと気をつけた方がいいかもしれないな」
それに対して、ブリタニーは目を細めて怖がるように自分の両肩を抱いた。
「カトラルくんを籠絡して、取り引きを優位に進めようってこと?わぁ大人って怖ぁい」
「ハニートラップ……貴族の用語……。裏ばっかりじゃん。だめだ、何も信じられない。それに、はっきり言ってもらわないとわからないって。っていうか、どっちにしろ俺に恋愛的な駆け引きとか無理。え?好きで付き合う、だけじゃだめなわけ?」
ヘクターは綺麗に整えた髪をガシガシと掻いた。
「あー、わかる。王城のメイドさんとか、結構研究所にも出入りしてて研究員と駆け引きっぽいやり取りしてるけど、私には無理。見てる分には楽しそうだけど」
「だよな。でもそろそろ相手を見つけてこいって親父がさぁ。任せるって言ったんだけど、自分の伴侶くらい自分で決めろって。でも、女性とやり取りして関係を築ける気がしない」
「大変ねぇ。うちは放任だから……あ、この間いい人いないのかって聞かれたわね。でも研究所に入るような女はドン引きされてるから、数人いる女性の先輩は皆独身なのよ。私も独身街道をひた走ってるわね」
チェルシーは、綺麗なグラスに入ったドリンクをおかわりした。つられてか、ヘクターも新しいグラスを取って半分ほど飲み干した。
「ウェイレットさんは多分大丈夫だよ。綺麗だし、頭もいいし、貴族に限らなければ言い寄ってくるだろ?」
「一応、話はなくはないけどね。どれもこれも研究所を辞めること前提なの。貴族とのつながりと、研究所にいたっていう権威が欲しいのよ。そのくせ家に入って夫を立てろってこと。そんなの絶!対!いや」
「えー、それはないわ。研究所に入ってるってすごいことなのに。辞めさせるとか国の損失だよ。ウェイレットさんはどんどん研究するべきだ」
「ありがと、カトラルくん。国の研究所にこだわってはいないのよ。結婚するなら、場所はどこでもいいから、魔法の研究開発させてくれることが最低条件だわ」
「わかる。自分が好きな仕事を否定しない人っていうのは大事」
同じようにグラスを傾け、もぐもぐと美味しい肉を咀嚼しながら二人の会話に頷いていたコーディは、くさくさしているヘクターを見て、次にプリプリ怒りを振りまくブリタニーを見た。
「もう、二人が結婚すれば?気心も知れてるし、お互いの仕事に理解があるどころか興味がありそうだし、駆け引きとかそういうめんどくさいやり取りはしなくて良さそうだし」
「「それだ!」」
3人とも、どんどん振る舞われる美味しく度数の強いワインに酔っ払っていた。
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