80 魔法青年は帰国する

スタンリーたちから、「客間を用意するから泊まってほしい」と手紙が来た。

遠慮しようとしたのだが、コーディだけではなくヘクターやブリタニーなど、遠方から呼ぶ友人には客室を準備するものだという。チェルシーの親戚は近くに住んでいるので当日来てその夜帰るそうだが、スタンリーの親族には部屋を用意しているそうだ。

友人としてぜひにと請われ、コーディはありがたく受けることにしていた。



結婚式の前日、コーディは朝から迷いの樹海へ出た。

一応新調した普段着にいつものローブ、そして偽装用のバッグを肩から下げる。

アイテムボックスには、前から準備しておいた式典用のドレススーツ一式がある。それ以外にも色々と保管しているので、持ち物が足りないことはないだろう。


ちなみに、結婚祝いとして準備したのはホリー村でも使っている攻撃魔法防御の魔法陣(改)である。

鉄を含む石を薄く割り、そこに魔法陣を彫った。木の枠で周囲を保護してそれっぽく装飾したが、センスがないのでこれで合っているかは若干疑問である。

保護範囲はきっちりガスコイン領を取り囲む形に調整してあり、故意に人を攻撃する魔法や魔法陣を発動させることができない。魔獣に対するものや、暴力に対抗する場合には反応しないよう条件を組んだ。

もし魔法で人を攻撃しようとすると、自動的に捕まる。精神攻撃も含めて検知するので、ホリー村のものより高性能だ。細い針で彫ったので、およそ50センチほどの円に収まった。


きちんと包んでプレゼントらしくしたので、向こうに着いたら渡せばいいだけである。

コーディは、純粋に祝う気持ちでプレゼントを用意していた。




以前、ズマッリ王国方面の辺境伯領に行ったことがあるので、まずはそこまで転移した。

そこからは、飛行すれば1時間もかからない場所にガスコイン領がある。

地図を思い出しながら、コーディは空に舞い上がった。



多分そろそろだろうと見下ろしながら飛んでいると、遠くに森のある村のような場所が見えてきた。

ほかよりも大きなマナーハウスのような屋敷が見えたので、そこがガスコイン邸だろう。

混乱させるつもりはないので、一旦降りる場所を上空から探し、歩いて一時間程度とみられる場所にある木の陰に決めた。


小川もあり、少し林のようになっているので、休憩したように装えば問題なさそうである。

上空から転移すれば、降下してくるところを見られる心配もない。

一応30分ほど休憩してから、街道へと足を進めた。


「長閑じゃのぅ」

多少の起伏はあるが、森か林、小川が見られる以外は、広い畑が続く。

小麦のような穀物の畑が多いようだが、そのほかにも葉物らしい野菜や果物の木も見受けられる。籠や鍬を持つ人々ものんびりとしていて、表情が明るい。

金持ちというわけではないようだが、領民は心豊かに過ごせているようだ。


今の領主が領民たちの人を見ながら、良い領地経営をしているのだろう。懐の深い人だと予想できる。

もっとも、それは跡取り娘が学生の間だけとはいえ魔法研究に傾倒することを許していることからもわかった。

チェルシーは、領主に必要な学問をきちんと修めながらも、明らかに魔法を楽しんでいたのだ。魔法の授業も色々と取っていたし、プラーテンスの魔法研究所に入ったブリタニーともよく議論を交わしていた。


好きなことは好きなこととして追求し、次期領主として必要なことも手を抜かない。とても優秀で、チャーミングな女性だ。

スタンリーは、そんなチェルシーの危なっかしさに目がいって支えたいと感じたと言っていた。

コーディから見ればかなりしっかりした女性だし、そんな隙があるようには思えなかったのだが、そこはスタンリーにしか見せない一面なのかもしれない。



つらつらと二人のことを考えながら歩けば、一時間などすぐに過ぎ去った。

屋敷の敷地に入る手前で、後ろから馬車の音が聞こえてきた。多分、結婚式に呼ばれた誰かだろう。

コーディは、さっと道の脇に避けて足をとめた。


土を固めただけの道をガタガタと鳴らして走っていた馬車は、コーディの横を通り過ぎてすぐに止まった。

「コゥ!」

ドアが開き、中から誰かが飛び出してきた。


「わっ!っと……久しぶり、ヘクター」

「久しぶり!!え、コゥなんか前よりでっかくなってない?」

ハグというより飛びついてきたヘクターを危なげなく受け止めたコーディは、そう言われて首をかしげた。


「まぁ、成長期だし、訓練も続けてるし。あ、背は伸びたよ」

「だよな?!肩の位置が違うんだって。服もサイズ変わっただろ?」

「そういえば、あんまりちんちくりんになってて買い替えたよ」


そう言うコーディを、ヘクターは自然と馬車の中へ誘った。

「俺も伸びた方だと思ってたけど、コゥは一年しないうちに10cmくらい伸びてるよ、多分。あ、もう出していいよ」

向かい側にコーディを座らせてから、ヘクターは御者に声をかけた。

「お邪魔します。測ってないからわからないけどね。でもヘクター、思ったよりくたびれてないね?」


「いやいや、くたびれきってるよ!プラーテンスに帰ってくる馬車でようやくぐっすり寝れたんだから」

「随分がんばってるみたいだね。もはやプラーテンスとズマッリの国交大使的な扱いなんじゃない?」

コーディのからかい混じりの言葉に、ヘクターがうんざりしたように答えた。

「そんないいもんじゃないよ。雑用係だよ。意思疎通が上手くいかない部分を、適当に埋めてくれる便利屋みたいなもんだから」


聞けば、プラーテンスの魔法の異常性を自覚していないプラーテンスの外交担当と、必死に国交を結ぼうとするズマッリ側とで温度差があるらしい。

プラーテンスとしては、国交がない現状でも大きな問題はないので、そこまで積極的にならないようだ。

しかし、ズマッリはいち早く良好な関係を築いてしまいたい。


もっとも、プラーテンス側も積極的ではないだけで国交の樹立には前向きらしい。

魔法陣研究が進んでいるズマッリとの国交は、王国としても歓迎できるものなのだろう。

「でさぁ、こっちの外交官ってほとんど仕事なかったから、突然業務が増えて動きが鈍いわけ。うちの魔法がすごいって説明しても、子どもが習得する魔法が外国ですごいわけがないって言われるし。そんでズマッリの外交官がやきもきして、俺をつっつくんだよ。ズマッリの後ろでは王弟殿下が前のめりに指揮を執ってるって俺は知ってるしさ。ほんと胃が痛い」

「それは確かに、板挟みだね」

「もぅほんと癒やされたい……。今回の休暇で、スタンとガスコイン嬢……あ、次期領主だからガスコイン次期男爵か。あの2人のほんわか具合を眺めて癒やされるんだ、俺」


いつものヘクターなら、『俺には彼女もいないのに!末永く爆発しろ!』くらいのことを言いそうなのに、そんな元気もないようだ。

すぐにガスコイン邸に到着し、馬車の扉が外から開かれた。

「久しぶり、ヘクター。あ、コゥも一緒だったんだね」

出迎えてくれたのはスタンリーであった。



それぞれの客室に案内してもらって荷物を置き、少し休憩すると応接室に案内された。

日当たりのいい応接室には、すでにヘクターとスタンリー、そしてチェルシーがソファでくつろいでいた。

「お待たせ。何の話をしてたの?」

「そっちのソファにどうぞ。ちょうどね、カトラルくんがどういう研究をしていたのかっていう話を聞いていたの。ズマッリ王国の王弟殿下が研究所の所長なんですって」

チェルシーはそう言いながら、メイドにお茶を指示してくれた。


「そういえば、ズマッリ王国から魔塔に誘われたけど、事情があって断った高貴な方がいるって聞いたことがあるよ。多分、その王弟殿下だね」

ソファに腰を落ち着けて、コーディがそう言った。ヘクターは、遠い目のままかくかくと首を上下に振った。

「あー、そういう感じかも。どこでそんな時間取ってるのか謎なんだけど、所長って所長の仕事と王弟の仕事もしてるのに半年に一回は論文書いてるらしいんだよ。ほんと信じられない」


「バイタリティーあふれる方なんだね。ヘクターは、王弟殿下とはお話ししたの?」

スタンリーが、地雷を踏みにいった。

「それが、お話どころじゃなくなっててさぁ。国交樹立するって言い出したの王弟殿下なんだよ。そんで俺がそこの間に入って調整するみたいな感じになって――」


そこから1時間、ヘクターはたっぷりと愚痴ったのであった。

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