79 魔法青年はどんどん研究したい
学園の卒業論文や同時発動の方法などに細かい注釈をつけ、再編集してハマメリスの書店に送っておいた。
向こうからの返信はないのでわからないが、多分うまいこと使ってくれることだろう。
ディケンズが解析していた古代帝国文字の石碑文は、半分ほど訳してあった。
しかし、その内容はどうもふんわりしていて、はっきりしたことがわからない。
ここに魔法陣のようなものがあること、超古代魔法王国の末裔の伝承が事実だと思われること、石碑を作った時点で千年以上前のもののため歴史的価値があること、国としてこれを保護すること、そして自分たちの技術では修復すら難しいため誰も近寄らないよう通達したこと。そして、この石碑よりも近づけるのはよっぽど上級の魔法使いだけだろう、ということ。
そういった内容が、当時の宮廷でのみ使われていた文語で書かれていた。やはり当時も魔力の乱れに対応できなかったのだろう、石碑は赤い岩から少し離れたところにあるが、それなりに魔力の乱れがあった。きっと設置するのも大変だったことが想像できる。
ディケンズは、えっちらおっちら翻訳していた。途中で飽きて別の研究に手を付け、また気が向いたら翻訳するというスタイルを取っているのも時間がかかる要因だろう。
コーディも、鉄を含む石による魔法陣強化の研究や風魔法による飛行の論文をまとめたり、友人と手紙をやり取りするための魔法陣を描いたり、友人たちへの手紙を書いたりと他のことをしながらだったので、急ぐことなく翻訳を進めていた。
赤い岩に描かれた超古代魔法王国文字を少しずつ解読していくと、埋まっている文字があるかもしれないことが判明した。
1文字、または2文字は確認できていたのだが、それではあまりにも魔法陣の文字として意味をなさないのだ。魔法陣には、意味のある言葉が描かれるものなのである。
数千年の間に埋もれ、下の方の文字が見えなくなっているとすると、いずれも土を掘って確認しなければ正確な内容がわからない。
そんな中、ブリタニーが手紙で面白い質問を投げかけてきた。
「他国で魔力の乱れのある場所か。そういえば、ブリンクの近くに魔力の乱れるところがあって、だから脱出不可だと言われていたな。もしかして、似たような遺跡があるやも……?」
調べると面白いかもしれないと思ったが、手を付けている研究がいくつもある中で新たに始めるのはさすがにキャパオーバーになってしまう。
実際の調査は後回しにすると決めたものの、とりあえず図書館で調べてみた。そしてほかにも似たような魔力の乱れがある場所、禁足地とされている場所があることがわかった。
迷いの樹海にある赤い岩の遺跡のほかに、プラーテンスとレイシア商民国の間にある魔獣の森(ブリンクの近く)、大陸の北に位置するロスシルディアナ帝国内の北北東にある荒地、北西の島国にある無人島、大陸の東にある山岳地帯の岩山、大陸の南にある火山地帯の火山。
共通点は全くなさそうだが、いずれも魔力の乱れる場所があるため人は近寄ることができず、侵入禁止といった扱いになっている。
ブリンクの近くの魔獣の森なら、少し遠回りになるがスタンリーたちの結婚式で帰国したときに寄ってみることはできそうだ。
ちょうどいい、とコーディは頷いた。
飛行の論文作成が一通り終わり、気づけばスタンリーとチェルシーの結婚式まで10日ばかりになっていた。
ブリタニーとは魔力の乱れのことで色々と意見交換できた。実は彼女は超古代魔法王国のことを調べたことがあったらしく、真偽は不明だが面白い話も聞けた。その代わりというわけではないが、魔法陣の基礎をわかりやすく学べる本を送っておいた。
ヘクターからは、何やら働かされ続けていると愚痴がきた。そして、後輩や生徒たちが差し入れをくれるのはありがたいがそんなことより数日でいいからゆっくり休んで遊びたい、と書いてあった。どうやらその後輩や生徒には女性もいるようだが、ヘクターは疲れ切っていて何も気づいていないらしい。しかも、スタンリーたちの結婚式に出るために休日返上になってますます混乱しているようだ。
結婚式の前後は休めるだろうし、そのときにゆっくり話を聞いてあげようと心にメモしておいた。
ヘクターの話からすると、どうやらズマッリ王国はヘクターを通してプラーテンスの異常性に気づいたらしく、国交を再樹立しようとしている。
動きが早いので、きっとできる人が指揮を執っているに違いない。それに振り回されるヘクターは少し気の毒だが、きちんと評価されて報酬ももらっているようなので扱いとして悪くはないはずだ。
ズマッリ王国と国交を結んで、プラーテンスの魔法と他国の魔法陣が結びつけば、きっと世界的に魔法が進化するはずだ。
そのときには、きっと魔塔も大きく変化するに違いない。
もっとも、気づいている研究者たちは自分の研究の傍らコーディの論文を参照して魔力の器を大きくしたり、別の属性魔法を発現させる訓練をしたりしている。
そういった意味で、魔塔は正しく魔法の最先端をいく機関である。
「来週から、1週間ほど休みをいただいてプラーテンスに帰ってきます。友人の結婚式に出たら、ついでに北の国境近くの魔獣の森にあるという魔力の乱れがある場所を少し見てきます」
「そうかそうか。しかし、1週間だけでいいのか?普通、魔塔の連中が帰省するというと数ヶ月はかかるものだが」
「はい、飛んでいけるので問題ありません。研究の続きも気がかりですし」
後半に本音が漏れてしまったが、ディケンズは頷いただけで済ませた。
「そうか、わかった。気をつけて行ってくるといい。ワシはもう祖国に帰ることはないからな。会える人がいるなら、きちんと会ってきなさい」
「……先生の故郷って」
「あぁ、ワシは北西の島国で生まれたんじゃ。海しかないが、いいところだ。親戚はいないことはないが、兄弟もいなかったもんで近しい親族はもうおらんのじゃよ。妻はこの村出身じゃし、戻る理由もなくてな」
感傷とはまた違う、単純に懐かしいという表情でそう言ったディケンズ。それ以上踏み込むのもためらわれ、コーディは話題を少しずらした。
「アレンシー海洋国ですね。確か北の方にあるけれど、温かい海流が北上しているためにあまり寒くならないとか」
「そうじゃよ。子どもの頃は、あちこちの島に小さな船で上陸しては遊んでおった。そういえば、禁足地になっている島にも上陸して、バレて大人たちからボコボコに怒られたことがあったなぁ。あのときは気味が悪くて上陸してすぐ引き返したんじゃが、コーディが調べた島があの島なら、魔力の乱れがあって嫌な感じがしたんじゃろうな」
コーディは、研究の途中経過や調査内容を都度ディケンズに報告していた。
昔のやんちゃ自慢のついでに重要な情報を零されて、コーディは思わずじとりと師をねめつけた。
「ディケンズ先生……」
「ははは、すっかり忘れていたことじゃよ。ワシの出身島は小さなところでな、列島の中央あたりにあった。禁足地の島は実は割と近くにあって、ワシらが住んでいた島からは手漕ぎ船でだいたい1時間じゃ。島といえるか微妙なほどの大きさの岩の塊でな。そこにまつわるおとぎ話もあった。そこに住むティメ様が来るから早く寝ろ、とよく脅されていた記憶がある」
ひげを撫でながら言うディケンズには、全く悪気が感じられなかった。毒気を抜かれたコーディは、一つ息を吐いてから話の続きを促した。
「“ティメ様”ですか。どこにでもそういったおとぎ話というか、子どもを怖がらせる話があるんですね」
「そうじゃな。ティメ様の場合は、悪い子は海に引きずり込まれるとか聞いた気がするが、まぁ当然そんなことになった子どもの話なぞ聞いたことはなかった。年に一回は、ティメ様を鎮めるための祭りを開いておったよ。ティメ様の正式名称はなんじゃったかのぅ。もう少し長かった気がするが、もう忘れてしまったな」
「結婚式から帰ったら、その辺りも調べてみたいです」
ディケンズは、コーディの言葉に同意して頷いた。
「それもいいじゃろう。まぁ、コーディならすぐに帰ってこられるじゃろうから、あちこち出かけてみてもいいかもしれんがな」
「そうですね……鉄と魔法陣の関係をもう少し洗い出して、赤い岩の超古代魔法王国の文字をきちんと解読してからでしょうか。岩の下の方で埋まっているらしい文字も気になりますから」
「うむ。なんにせよ、楽しいことを突き詰めるのが良い。ワシの許可はいらんから、出かけるなら予定だけ共有しておいてくれ」
「ありがとうございます。どうするか決めたら計画表を作りますね」
結婚式も楽しみだし、その後の研究も楽しみである。
コーディは、きゅっと口角を上げた。
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