78 魔法青年の友人たちへの手紙
「え?これは……郵便の時間、じゃあないよね」
「どうかしたの?手紙?でも今日はまだ……あら、朝から直接届けに来たのかしら」
朝食を終えて執務室へやってきたスタンリーは、机の上にポツンと置かれた手紙を見てとまどった。
通常、手紙が届くのは昼過ぎだし、郵便で送られてくる手紙の場合は特定のスタンプが押されているはずなのだ。
しかし、スタンリーとチェルシーの名前が書かれたその封筒には、スタンプどころか住所すら書かれていなかった。差出人には、コーディの名前だけ。
怪しさしかなかったが、とにかく開けてみないことには何もわからない。チェルシーの見守る中、スタンリーは慎重に封筒を開けた。
「文字はタルコットくんよね。なんて書かれているの?」
「……コゥらしいよ。魔法陣を学んだから、直接ここの机に送るって。それで、返事はこっちの魔法陣の上に置いて魔力を流したらコゥの部屋に転移するんだってさ」
スタンリーが取り出したのは、平たいコインのような石だった。赤みがかったその石には、魔法陣らしきものが彫られていた。
「魔法陣、やっぱり他の国ではもっと進歩しているのね。私も学んでみたいわ」
「そうだね、僕も勉強したいな。……今は、魔力の乱れがある場所のことを研究してるんだって。超古代魔法王国って、歴史学では習ってないよね?僕は何かの本で読んだ気がするよ」
「魔法史で少し出てきたわね。ブリタニーなら興味を持ちそうだけど、私もあまり知らないの」
2人で覗き込んだ手紙には、コーディの近況と、結婚式の予定について伺う言葉が書かれていた。
「結婚式の招待状、そろそろ書き始めないといけないわね。タルコットくんにはかなり早く送らないといけないって思っていたけど、この魔法陣を使うなら誰よりも早く届けられそうだわ」
「そうだね。来られるって言ってくれているから、客室も用意していることを伝えておかないと。でないと、コゥのことだから日帰りしかねないよ」
「うふふ、確かにそうね。きっと前よりもっとすごい魔法使いになってるんじゃないかしら」
チェルシーの言葉に、スタンリーは微笑んだ。
「多分、会えばいつもどおりのコゥだと思う。すごいのに、そうは見せないのがコゥだから」
「そうね、そういうところがあるわね。……来てくれるのが楽しみだわ」
婚約者たちは、友人を思いながら微笑みあった。
「ウェイレットさん、手紙ですよ」
「はい、ありがとうございます」
ブリタニーは、プラーテンス王都にある魔法研究機関の魔力研究室に所属している。寮に入っているので、個人宛の手紙は寮の管理人がまとめて受け取って配ってくれるのだ。
このところ忙しくて実家にも手紙を送っていなかったから、心配の連絡かもしれない。
そう思いながら差出人を見て、ブリタニーは目を瞬いた。
「久しぶりだわ、タルコットくんから手紙だなんて」
就職してすぐの頃に、『魔塔で楽しく研究しているが、チェルシーたちの結婚式には戻る予定だ』という手紙を受け取っていた。ブリタニーも、『結婚式で会えるのを楽しみにしている』と返事を出した。
流石に魔塔への手紙は時間がかかるようで、その一往復だけでも数ヶ月かかったのだ。
そして、久しぶりの手紙を読んだブリタニーは思わず息を止めた。
「なっ、ん、で、すってぇ?!この、これ、が?カスタムしてるからタルコットくんの家に届けられる?この薄い石が、ちょっとした魔道具?超古代魔法王国の関係で面白いことがわかった?防衛の魔法陣?オリジナルの文字?魔力の乱れる場所?……あ、だめ。情報過多だわ」
魔法陣が彫られた石を机に置き、ブリタニーは椅子にどさりと座った。
しばらく呼吸を整えてから畳んだ手紙をもう一度広げ、その文字を改めて追った。
コーディから送るときには、寮の手紙をまとめる集配所にこっそり転移して紛れ込ませているらしい。寮に何か防御魔法を使っていたらややこしいから、と書かれていた。
気遣いはありがたいが、そこじゃない。
「……やっぱり情報過多だわ。っていうか、他の国ってそんなことになってるの?魔法陣、便利すぎない?え、なんでうちの国でもっと広がってないの?とりあえず魔法陣の勉強をしなきゃいけないわ。カトラルくんがズマッリに留学するなんて随分無謀だと思ったけど、彼が正解だったのね」
ブリタニーは、返事をしつつおすすめの魔法陣の基礎の本を教えてほしいと手紙に書くため、引き出しから便箋を取り出した。
「魔力の乱れる場所っていえば、この辺りだとブリンクの近くよね。他の国でも、魔獣の森とかに魔力の乱れる場所があるのかしら」
手紙を読み直して、コーディが研究しているらしいことに興味が出た。しかし、プラーテンスには他国の情報があまり入ってこない。
魔塔にいるコーディなら調べられるかもと考え、『ほかにも魔力の乱れる場所があるか』とついでに質問することにした。
このちょっとした思いつきがブリタニー個人どころか世界の命運を分けることになるのだが、今はただただ知識欲を満たしたいという衝動に駆られているだけであった。
ヘクターは、魔法陣を学ぶために留学したはずなのに、なぜか魔法を教える立場になっていた。
もちろん魔法陣についての勉強もしているのだが、人に教えるためにはその下準備が必要で、思ったよりも時間を取られてしまう。
さすがのヘクターも、この頃は自分の魔法がズマッリ王国では非常識な高レベルであることを理解していた。それはつまり、プラーテンス王国が他国とレベルが違うということでもある。
その関係もあって、ズマッリ王国の外務を担当する役人がプラーテンス王国と連絡を取ることになり、間に入って調整する役目を担う羽目になった。父の取り引きの窓口もしているし、実はものすごく忙しい。
きちんと報酬が出ており、それはそれで良い経験にはなるが、本来の勉強がおろそかになっている気がして、もんもんとしていた。
そんな中で取れた久しぶりの休みの日。朝の訓練はゆっくり起きてからにしようと、ベッドでだらだらしているときだった。
なんとなく違和感を覚えて机を見ると、空中から手紙が現れてポトリと落ちた。
「はぁ?……えぇー……。いやあれ絶対コゥじゃん!こんなとこに直接手紙を届けるとか反則技使ってくるのコゥ以外いるわけ無いじゃん!あーハイハイ朝の訓練サボってごめんなさいでも手紙は後でいいかなぁ」
毛布に潜り込んで現実逃避しようとしたヘクターだったが、結局気になったので諦めてベッドから降りた。
寝癖のついた頭をガシガシ掻きながら机に向かい、手紙をつまんだ。
「あ、やっぱコゥだ。じゃあ開けますよっと」
『ヘクター・カトラル様』と宛名しか書かれていない封筒を裏返すと、こちらも『コーディ・タルコット』と名前だけが書かれていた。
飾りも何もないのがコーディらしい。
「なんか重いと思ったら、石……え、転移?手紙の?行き先指定済み?ん、待って待って、これヤバイやつ!!魔塔の最新鋭の魔法陣じゃん!どうすんの俺、ズマッリでまだ基礎の基礎しか理解してないけどこの魔法陣がヤバイことだけはわかるよ!やっべ、どうしよ。とんでもないもの送りつけてきたなぁ」
ベッドに座って手紙を読み進めると、近況の手紙の他に、もう一枚紙が同封されていた。
「あー、こっちが基本的な手紙の転移の魔法陣。オリジナル文字ってなにそれ。あ、基本の方には使ってないと。石の方はオリジナルの文字を使ってるから解読されにくいと。え、新情報なんだけどオリジナル文字。そもそもやっと魔法陣の文字を覚えて基礎が終わったっぽいところなんだけど。はいはい、勉強の足しにね。うん、ありがとうありがとう。……ってなるかい!!」
手紙に突っ込んだヘクターは、改めて基本の魔法陣を確認した。
「え、これ研究室に持っていったら全員で解析することになるやつぅ。ほほー、宛先はここで指定すると。この魔法陣、わかりやすっ。なんで?あ、普通の文字だからか。っぅえ、待って待って、魔法陣って何語でもいいの?マジで?うっそだぁ……俺の、俺のこの数ヶ月の努力が」
魔法陣は専用の文字を使うのが一般的だから、ヘクターの努力は無駄ではない。しかし、見知らぬ文字に躓いたせいで魔法陣の解読に四苦八苦していたことを考えれば、構造だけでも現代語で習えば早かったのではないだろうか。
やっと基礎が整ってきたところなのに、魔法陣の常識が覆されるような情報にヘクターは肩を落とした。
「……所長の呼び出し、ないといいなぁ」
しかし、持ち込んだ魔法陣(手紙転移の基本の方だけだ)のおかげでやはりヘクターは王弟に面会させられた。
研究所で解析してもいいか、という打診であった。コーディは研究所で使って良いと書いていたので、当然ヘクターとしては了承する以外の答えは持っていない。
普通の文字で魔法陣を描く場合は、文法が違うために構文が少し違うそうだ。さらに、5属性以外でかつ複雑な魔法陣は魔力を多く使うため日常使いされない。つまり、普通の文字で書かれた転移の魔法陣などめったに見られるものではなく、研究所にとってはお宝に等しいのである。
研究室の先輩たちと一緒にその魔法陣を解析していくと、魔力の消費量も抑えられていることがわかった。
やはり、ヘクターの友人は格が違った。
とはいえ、やはりズマッリの一般人の平均的な魔力量では日常使いは難しそうだ。そのあたりをもっと改善できないかと皆が頭を突き合わせて研究することになった。
そうしてさらに忙しくなったヘクターは、念願のモテ期を見逃しつつあった。
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