77 魔法青年の祖国の近代史

どこにでも権力を笠に着て迷惑をかける輩はいるものだ。職員の愚痴が一区切りついたところで、別の質問を投げかけてみた。

「もしかして、他の国でも魔法の使い方は似たようなものなんでしょうか?」

「貴族がどうかは国によるんでしょうけど、冒険者ギルドのことなら同じような感じね」

「やはりそうなんですね。魔法陣の販売も同じくギルドで?」

「そうよ。ギルドで内容を確認した魔法陣を販売しているの。支部ごとに魔法陣を描ける魔法使いを何人も抱えていて、納品してもらうのよ。結構いい商売になってるから、持ちつ持たれつね。あ、でも……」


応えてくれた女性スタッフは、ふと思いついたように眉を寄せた。

「何かありましたか?」

「いえね、私たちってわりと横のつながりが強いから、いろんな国の情報が入ってくるのよ。だから、新しい魔法陣が開発されたらすぐに広がるし、どこかの国が税金を上げるってなったら冒険者たちに情報が回って逃げてきたりするわ。でもね、あの国だけはほとんど何にも情報が出てこないの」


「あの国?」

もしかして、と思いコーディは相槌を打った。

「そう、あそこの国、たまーに興味本位で何人か冒険者たちが入国することはあっても、出てくる人たちが少ないし、出てきても大した情報を流してくれないのよ。だって、ファイヤーボールが下位の魔法として扱われるなんて信じられる?魔法王国の流れを汲むハマメリス王国が今こうなんだから、ほかも似たようなものでしょうに。魔法陣があんまり広まっていないっていうのは、国交があんまりないならあり得ることだけど」

「えっと、プラーテンス王国のことですよね?」

「そうそう、その国。帰ってきた人たちが軒並み強くなっているから、きっとその方法を教えたくないんだろうって言われてるわ。それに、わりと悲壮な顔で『本当におすすめできない』って言うもんだから、きっと魔獣が多くて厳しい環境なんだって噂ね」


冒険者ギルドまでも、プラーテンス王国は鎖国状態にあるらしい。その理由を聞きたかったが、彼女も仕事があるのでこれ以上引き止めることはできなかった。

仕方がないので、冒険者ギルドの待合にたむろしている冒険者たちに話を聞いてみた。

併設している酒場からエールなどを奢れば、彼らはすぐに口を開いてくれた。



似たような話ばかりの中に、いくつか知りたかった情報が混ざっていた。

「かなり昔に近くの国とごたごたしたって噂じゃなかったか?」

「確か、うちの隣のレイシア商民国だったか?歴史で習った気はするが、ほとんど覚えてないぞ」

「それを覚えてるだけで十分だろ。俺なんて、歴史を習った記憶もない」

「だな!あははは」

「確かにな!はっはははは!」


最後は自虐ネタで笑う方にまとまってしまったが、どうやら他国と揉めた結果国交が無くなったらしい。

細かいことはわからなかったので、その日は諦めて帰ることにした。

冒険者ギルドには魔獣の生息域や武器の指南書こそあれ、一般的な歴史書など置いていない。

歴史書であれば、魔塔の図書室に詳しいものがあるはずだ。図書館も考えたが、ハマメリスの国民ではないコーディでは、王都の図書館に入る手続きが面倒である。





プラーテンスのガラパゴス具合と他国の現状を見て理解したコーディは、次の日には荷物をまとめてホリー村の自室へ転移した。

当然、3日程度で本を手に入れて戻ってきたコーディに誰もが驚いたが、適当に「魔法を使って移動したので」と言えば納得してくれた。よくわからない魔法の使い方をする、と認識されるようになったらしい。


「ついでに頼んだ本も早く手に入って助かるよ。次もお願いしたいね。それにその移動方法、近いうちに論文になるんだろう?楽しみにしている」

とまで言われたほどだ。

やはり、魔塔にいる研究者たちは面白い人が多い。


そしてコーディは、超古代魔法王国文字を解読する合間にプラーテンスの鎖国の理由を調べ、ついでに風魔法の応用による飛行についての論文をまとめることになった。




プラーテンスが国交に消極的になったのは、ここ150年ほどのことである。

ちょうど、プラーテンスの北側に位置するレイシア商民国が立国されたころのことだ。元のコーディの記憶にもないので、どうやらプラーテンス国内ではそのあたりを教えていないらしい。

隣国ということで何かあったのだろうとあたりをつけ、近代の歴史本を色々と確認した結果、その理由がわかった。


プラーテンスの王族は、レイシア商民国の前身であるクラッスラ王国の王族と親族関係にあったのだ。

歴史書によると、最後のクラッスラ国王は当時のプラーテンス王妃の弟であった。クラッスラ国王は横暴でも暗君でもなかったが、ひたすらに凡庸だった。通常であればそれでも周りが支えてどうにかなったのだろうが、当時は酷い干ばつが続き、国として疲弊していたのだ。


プラーテンス王族との婚姻により絆を深める形で援助も受けていたが、焼け石に水。

せいぜいが特権階級に物資がいき渡るだけで、平民にはごくたまに炊き出しができる程度。税金を下げることもなく取り立て、逃げ出す国民が少なくなかった。

低迷状態が数年続き、それまでの特権階級による支配に不満を溜めていた平民が決起してクーデターを起こした。


そのクーデターを援助したのがクラッスラ王国の北にあるマラコイデス王国とハマメリス王国だったそうだ。どちらもクラッスラと接しているため、難民が後を絶たず苦言を呈していたらしい。しかしクラッスラ王国は現場単位では謝るものの国としては無視する形で放置。

業を煮やした二国は、ロスシルディアナ帝国からの了承を受けてクーデターを援助したのだ。


クラッスラ王国に所属する兵士たちも疲弊していたため、貴族や王族こそ抵抗したが、ほとんど無血開城に近かったらしい。

そして、当時の王族や貴族は犯罪者として捕らえられ、それぞれ強制労働施設送りとなった。他の国々は、まぁあの対策じゃあクーデターも起きるわな、と静観しているところが多かった中、プラーテンスだけは反対の意思を表明した。

自然災害への対策が不十分だったために負担をかけたとはいえ、プラーテンス王国は隣国としてかなり援助した。周りの国は大した援助をしなかったのに、上手くいかないからとクーデターを助長するとは何事か、と怒ったのである。


当時のプラーテンス国王夫妻の仲が良かったこともあり、国として反対したのだ。そして、捕らえられた元国王夫妻や主要貴族を解放するよう要請した。

ここに待ったをかけたのがロスシルディアナ帝国だ。

隣国ではない大国として、『第三者目線で各国の情勢を見ればこうなるのも仕方がない、対応が後手に回って国民をないがしろにした責任を取らせただけで処刑したわけではないから収めてくれ』と言ってきた。


当然、プラーテンス王国としては面白くない。

もちろん当時から大陸の四分の一を占めるロスシルディアナ帝国に言われてはそれ以上反対できない、という理由もあった。しかし一番の理由は、プラーテンス王国以外の国が、『こうなったのは仕方がない』とクーデターを容認した事実だった。

ほかにも、クーデターを援助した二国が結果として美味しいようにレイシア商民国との国交を樹立していたり、『クラッスラ王国は古い考えの首脳陣だったから今度は新しいはずだ』などと言ってのける国まで出てきたりして、プラーテンス王家にとって他国のすべてが間接的に敵となってしまったのだ。


そうしてへそを曲げてしまった結果、徐々に取引を減らして国交を切っていき、気づけば鎖国状態となったのである。


その後は、他国との国交がなくとも自給自足で成り立つ国こそが至高、という方向で教育を進め、それが上手くいってしまってどんどん孤立化。冒険者も結局は育った祖国で受けた教育が身についているので、ほぼ外国に出ない。

国交のない国にわざわざ行く人は少なく、そのまま現在に至るわけだ。



―― なるほどのぅ。内部循環で上手くいってしまった結果、国交の必要性がなくなったのか。そうして魔法が独自に進化し、情報のやりとりもあまりない、と。


現在は、自給自足できる国力を持つことこそ国の指針としているが、特に他国に対して悪感情を持っているようには思えない。多分、これまでの流れを汲んで惰性で続いているのだろう。

鎖国の理由を伏せているあたりは、自らこの流れを選んだことをどこかで後悔しているのかもしれない。

考えてみたものの、コーディは首を振った。


―― そういうことなら、働きかければ開国させることができるかもしれない。が、めんどくさいのぅ。きっと本国がその気になったら勝手に国交を再開させるじゃろうて。


貴族の末端の一人が何かしたところで国が動くとも思えない。

コーディはそう考えたが、とりあえずできることをしていくことにした。

すなわち、友人や知り合いを通した魔塔の知識の流布である。技術改革から始まるものもきっとあるだろう。




そうやって自国の歴史を調べながら、超古代魔法王国文字を解読していったコーディだが、さすがに解読には時間がかかった。

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