73 魔法青年はふと思いつく

「いやぁ、姉と義兄が快諾してくれてね。魔塔に宝石を卸すなんてめったにないことだから、伯爵家としても歓迎してくれるそうだよ。逆に感謝されたくらいだ。予算も伝えたが、二つ返事で用意してくれると約束してくれた。来週には一通り揃うそうだ」

アルシェは頬を緩めたままコーディに言った。紹介してもらって頼っただけなのに、すぐ動いてくれたことには感謝しかない。


身内ということで、手紙の転移によるやりとりは比較的簡単らしい。

伯爵家からの返事は、アルシェが向こうに魔法陣を渡しているので、手紙程度ならホリー村の役場に転移できるそうだ。それでも、姉か義兄など魔力の多い人にしか使えないらしい。

そういえば、友人たちに手紙を送るのにかなり時間がかかるので、同じような方法を使って手紙を出そうと頭の隅にメモしておいた。


「ありがとうございます!そんなすぐに用意できるなんて、さすが帝国でも随一の鉱山を保有されている貴族ですね。きっと取り引きする繋がりも広いんでしょう」

「まぁ当然だな。そんな貴族に感謝されるのが、魔塔の研究者という存在なのだよ。姉は来週と書いてきたが、帝国金貨で20枚、すぐに用意できそうかね?」

「はい、両替できるので問題ありません」

ホリー村は各国とやり取りしているので、役場で両替できるのである。研究者なら、魔塔の事務に頼めばすぐだ。


「では来週、昼の12時半くらいに私の研究室を使おう。気にせず来室してくれたまえ」

「わかりました、伺います。僕は元貴族といっても宝石関係の繋がりは皆無なので、本当に助かります」

「構わんよ。研究室は違えど、同じ魔塔の成長すべき若き研究者だ。君たちはもっと経験豊富な年長者に頼っていい」

姉からよっぽど感謝されたのか、コーディがよいしょしたからか、アルシェはわかりやすく上機嫌であった。




そして約束の日、コーディは様々な種類の原石を手に入れた。クラックが入っているもの、磨くと小さくなってしまうものなどだが、原石のままであればそこそこ大きさがあるので問題はない。

コーディはお金が入った袋を取り出し、アルシェが言った通りに転移させた。アルシェの魔法陣をそのまま使ったので簡単である。

後日友人に手紙を送るのに使おうと、魔法陣を見てざっくり記憶しておいた。



アルシェの姉はとても気のつく人らしく、どの宝石が何という種類なのかわかるよう、一つ一つ名称を書いた紙にくるんでくれていた。

さすがにダイヤモンドは一石しかなかったが、他の宝石はもう少し数があった。コランダムは領地でよく採れるようで、7色どころか黒と透明も合わせて9種類もあったし、産地が全く違う真珠や珊瑚まで用意してくれた。

どの宝石がどうかをしらみつぶしに調べたいので、こういった心遣いは非常に助かる。


彫るより描くほうが小さい魔法陣にできるので、すべての原石に簡単な魔法陣を墨で描いた。火や水・風など複数種類を描き込んだ。魔力を流す場所をピンポイントにすれば、複数の魔法陣を別々に発動できると見込んだのである。

魔法陣は単純なものだが、原石の数が多いため、描き終わるのに5日かかった。

そして魔塔にある実験室ではなく、迷いの樹海の少し開けている場所で実験することにした。


誰かに邪魔されたくない、というのもあったが、火の魔法陣もあるので火事になってはいけないと考えたのだ。

一応、威力としてはろうそく程度の火になるはずだ。しかし、相性が良すぎて大きな炎となる可能性もある。

ついでに魔獣狩りもしながら移動し、実験を開始した。



「なるほど……」

コーディの足元には、いくつもの原石が並べられていた。

明らかに見てわかるほどに威力が強かったもの、安定していたものを右によけていくと、明確に差異があった。


左は統一性のない様々な原石。そして右にある宝石は、青もあったが赤系が多かった。

「赤だからといって、威力が高まるわけでもない。何が関係するんじゃろうか」

はて、と首をかしげたコーディは、更に調べるためにその結果をメモしておいた。



魔塔の図書室にある本は、基本的に魔法か魔法陣、自然法則に関するものが多い。流石に宝石の本はないかと思ったのだが、宝石事典のような本を見つけた。宝石の産地や謂れ、宝石言葉、色の種類、成分などが書かれた本である。

初版が比較的新しいと思ったら、宝石の成分を調べる魔法陣はアルシェの研究室で開発したそうだ。その関係でこの辞典の監修もしており、図書室に寄贈したらしい。

ほぼ交流がないとかなんとか言っていたが、実は実家や姉と仲がいいのかもしれない。


実験で結果の違った原石を調べたところ、どうやら鉄や酸化鉄で色づいているという共通点があった。不思議なことに、他の金属や成分で色づいたものには特に変化がない。

「鉄か……。鉄そのもの、でもいいんじゃろうか」

コーディは、思いつくままに実験を繰り返した。



生き生きと実験しまくった結果、道端の石でも鉄や酸化鉄を含んでいれば魔法陣で発現する魔法の威力が上がるほか、どうやら結果も安定するらしいということがわかった。

面白い発見である。

この結果をきちんとまとめて発表すれば、きっと宝石の価値が少し変わる。貴族や王族が、鉄を含む宝石をこぞって求めるようになるだろう。日常使いの魔道具も、使う石が特定のものに変わるかもしれない。鉄を含む塗料を使った場合なども確認したいところである。

赤い石による燃料革命のような変化が起きそうだ。


そうして論文をまとめているときに、ふと『赤い石』で思い出した。


―― あの樹海の中の赤い岩は?


思いついてしまうと、論文を書いている途中だったが我慢できなくなってしまった。

そして、一応ディケンズに確認を取った。

「先生、今書いている論文に関係するかもしれませんので、樹海の赤い岩の遺跡へ行ってきます」

「そうか。……ん?今コーディはどんな研究をしておったかのぅ?」


鉄が含まれる石や宝石が魔法陣の威力を上げるらしいという旨を簡単に伝えると、ディケンズの目がキラリと光った。

「ほほぅ。なるほど、なるほど。それで、樹海の赤い岩も関係があるかもしれないと?」

「はい。魔力の動きが妙ですし、岩の赤も鉄を含むからかもしれません。そうすると、何らかの魔法陣がある可能性を思いつきまして」


「ふむ……気になるのぅ。よし、ワシも行こう。魔力を纏う訓練はしたが、あのあと赤い岩のところへは行っていないからな。改めてワシの魔力の使い方で魔力酔いしないかどうかも確かめられる。一挙両得じゃな」

ちょうどディケンズは今の研究にちょっとばかり躓いているところだったらしい。簡単に説明してくれたところによると、魔力を保存しておくもの、前世で言う電池のようなものを考えているそうだ。

そのヒントにもなるかもしれない、とディケンズは言った。


それっぽい理由を付け加えたディケンズだが、コーディは知っている。

彼は、ただただ気になったから知りたいだけだ。


コーディもそうなので、さもありなん、と頷いた。

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