72 魔法青年は研究の下準備をする
骨伝導という技術を思い出したのはたまたまである。
“異界への嚮導”の面々だけに言葉を届けるため、その骨伝導を使った。鼓膜に直接音を届ける方法も考えたが、破れる危険もあったので別の方法を考えたのだ。
鼓膜近くの骨をピンポイントに狙えば、耳元にでも触れていない限り本人にしか声が届かない。
しかし、誰にもバレずに聞けるということは盗聴など犯罪にも簡単に使えてしまう。そのうち誰かが発見するかもしれないが、魔法というわけでもないし、コーディとしては発表しないことにした。
まずは溜めていた論文を一気に完成させたが、さすがにすべてを一度に提出するのはあまり良くないと考え、月に数度ある締め切りごとに1本ずつ出すことにした。
魔法を発現するときに一瞬体中を魔力が巡って頭に集まるという発見、氷を初めとした新しい属性のような魔法の発現方法、個人の防御用の魔法陣、範囲内で攻撃魔法を使えないようにする防犯魔法陣の3つについてはディケンズとの共同研究である。コーディがほとんど書き上げ、ディケンズが追記して整えてくれた。
それ以外には、魔法陣を画像のように印刷する魔法技術と、五行的な5属性魔法の相関関係を論文にした。印刷の技法は、技術登録もする方向で進めている。
問題は、一対一の通話の魔法陣だ。まず、論文の内容をディケンズに相談してみた。
情報のやり取りが簡単なら、悪用も簡単である。また、情報交換の増加が国同士の摩擦につながるかもしれないし、技術が進化すれば通話の盗聴などの可能性も出てくる。問題だらけではあるが、しかし救援要請などは最速でできる。スタンピードのような異変もすぐに情報が回るので、早めに対処できるだろう。
どうするか議論した結果、ギミックを組んで当面は複製できないようにすることを決めた。
製品化はブラックボックス化した魔法陣を転写する形にし、『通信の魔法陣』と『魔法陣を転写する魔法陣』のセットで提供することにした。通信事業に関しては、いかに魔塔といえど管理しきれないので各国の政府なりなんなりが主導で行ってもらう。運営方法は国に丸投げすることにしたのである。
そのかわり、魔塔およびコーディが受け取るフィーは少なくする。具体的には、通常であれば魔塔の発案者は著作権として純利益の1割〜2割を受け取るところだが、通信の魔法陣に関しては5分(5%)とすることにした。悪用対策はイタチごっこになることが目に見えているので、情報を共有してもらって都度対処する。
魔力を通して音声を届けているので、その魔力に働きかけることができれば盗聴できるだろう。単純にスパイが通話を利用して情報が漏れることも考えられる。人の移動は今までと変わらないので、情報だけが先に錯綜して現場が混乱する可能性もある。当面はこれが一番問題かもしれない。
情報の精査が必要だし、流通しきるまでは通信の魔道具を盗まれることもあるだろう。
考えうる対策はするが、事前にできることには限りがあるので、随時対策するほかない。まずは、慎重に運用してもらうよう周知するしかないだろう。
そこは権威ある魔塔として、きっちり伝えてもらいたい。
ディケンズと様々なことを決めてから、論文発表の前に中央の研究者たちに許可を得るため時間を取ってもらった。技術提供の方法については色々意見が出たが、最終的には提案したものを軸にしつつ魔塔が前面に立つということになった。
確実に改革を起こすだろう魔法だと、賛否ありつつも認められたのである。
魔塔が表立って提供することで、新技術提供の栄誉を魔塔が手にするわけだ。コーディとしては、自分が矢面に立って色々するのは面倒なのでとても助かる。Win-Winだ。
儲けの5分のうち、2分を魔塔に提供することで話はついた。残りの3分のうち、1分は窓口となるホリー村だ。
「本当に良いんだね?通話の魔法陣に関しては名前を聞かれれば出す程度で、基本的には魔塔が主導で各国へ通達・提供すると」
ニコニコと確認したのはレルカンだ。彼は色々あったが中央で議長になった。議長といっても特に発言権が強いわけではなく、単に個性あふれる中央の研究者たちの取りまとめという役割だ。それでも、やはりトップ的な立場は魅力的なものらしい。
そして、魔塔の権威を高めることは派閥を問わず喜ばしいことのようだ。コーディに確認している体を取っているが、答えはわかっているので単に聞きたいだけなのだろう。
「えぇ、もちろんです。僕にとっては研究結果こそ大切ですが、それを提供することによる利益はあまり魅力ではなくて。むしろ、利権やらなんやらでこちらに来られても困ってしまいます。ですから、魔塔が表に立ってくれれば助かるんです」
すべてではないものの正直なところを吐露すれば、レルカンは満足そうに頷いた。
ディケンズも窓口を辞退したので、各国へはホリー村の輸出入を担当している部署が対応することになっている。大掛かりな契約が多数くることが予想されるため、魔塔だけで対応するのは難しい。手間をかけてしまうので、税金代わりとしてホリー村に利益の一部を多めに支払う形だ。
今後また問題は起こるかもしれないが、そこは都度対応しようということになった。
◆◇◆◇◆◇
通説として、魔法陣は石や宝石に刻むと安定しやすい。魔塔の中にも魔法陣が彫られているが、魔塔は石を積み上げて作られている。
自宅で魔法陣を使う場合は、紙に描いたり家屋の躯体である木や石に彫ったりするが、長く使うものはやはり彫る。そして、木よりも石の方が安定する。魔道具は、本体に魔法陣を刻む。石を使うと持ち運びに不便なので、材料の選択は用途や場合によるらしい。
魔法陣が安定する理由はわからなかったが、もしかすると長期的に形が残るものがいいのかもしれない。村の防御魔法に使った墨も併用すれば、より安定することが見込まれる。
このところ色々と事件があったり、溜めていた論文を書いたりと忙しかったため、それらが落ち着いてきて久しぶりにじっくり魔法研究に向き合うことができていた。
通話の魔法陣の話し合いも含めて論文を一通り発表し終わったので、コーディは久しぶりに研究に集中できていた。
ふと興味が向いたので、どの石に魔法陣を刻むのが効率的なのかを調べてみることにしたのだ。魔法陣の内容によって魔法効率の良し悪しが決まったり、石との相性があったりするかもしれないと考えた。場合によると、石を形成する素材も関係する可能性がある。
調べたいと考えた結果、いろいろな成分が混ざっていることがわかっている宝石を使おうと考えた。
とはいえ、コーディはあまり宝石に詳しくない。ディケンズも同様だったため、宝飾品に詳しそうな人に頼んでいくつか仕入れることにした。
「まぁ、確かに姉は有名な宝石鉱山を保有する貴族に嫁ぎましたがね。ほかに適任者はいなかったんですか?一応姉ではありますが、私が魔塔に来て以来ほぼ対面での交流はないんですよ」
困ったように眉を寄せたのはアルシェだ。レルカン派のどちらかといえば過激派で、この間のゴタゴタの際には一度コーディのところにも来た。貴族の方が宝飾品には詳しいだろうと、これまた図書室で行きあったギユメットに相談したところ、アルシェを紹介されたのだ。
「はい、ほかはさすがに宝石関係の繋がりはほとんどないそうなんです。その点でいえば、アルシェ先生が一番頼れるだろうと言われました。確か、姉君が嫁がれたのは、帝国でも随一といわれる鉱山を保有している伯爵家なんですよね?」
ギユメットに教わった知識をそのまま広げてみせれば、アルシェはまんざらでもなさそうに頬を緩めた。
「よく知っているな。私の生家は金と銀が採れる鉱山を管理していてね。政略的な結婚だが、姉としては箔が付いて満足だったようだよ」
「その素晴らしい伝手を頼らせていただけませんか?金銀といった金属類も実験に使いたいですし、様々な色や種類の宝石も必要なんです。僕では本物かどうか判断がつけられません。それに、ほしいのは大きさのある原石なので、普通の宝石商に頼むにはあまりにも特殊な依頼すぎて」
「まぁ研究者としては頼られれば応えざるを得ないがね。手に入るかどうか確約はできんよ。それから、それなりに金もかかるだろう」
今回のゴタゴタ解決で作った魔法陣からも利益が出ているし、論文をどんどん発表したので研究室の予算も潤沢である。素材購入の予算として大体を伝えれば、アルシェは鷹揚に頷いた。
「わかった。そのあたりも含めて姉を通して依頼してみよう。とにかく種類を色々用意したいということだな?」
「はい、その通りです。魔法陣を彫りたいので、磨かれた宝石よりも大きさを優先して原石をお願いしたいんです」
「そうか。そう伝えて聞いてみよう。姉と話したらまた連絡する」
難しい顔をして言ったアルシェだったが、次に会ったときにはゆるんゆるんの笑顔であった。
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