71 魔法青年は暗躍する
その日は、プラーテンス王国東部にある辺境伯領の小さな村に、珍しく多くの人がやってきた。
冒険者が依頼のため立ち寄ったのも久しぶりだったが、それ以外にも魔獣の研究をしているらしい集団が来たのだ。「数日滞在したいから」と珍しい素材などを対価に渡してくれたので、村人たちは快く受け入れた。
研究集団の人数がやけに多いと感じたはしたものの、草原の魔獣を相手にするなら安全確保のためにも護衛は多い方がいいのだろうと納得した。
狭い村なので宿屋は1軒しかなく、全員は泊まれない。しかし研究者たちは「基本は野宿だから、村の端の広場にテントを張りたい」と願い出た。その交渉も腰が低く丁寧だったので、村長は快く許可を出した。
村人たちに、最近の草原の魔獣について簡単に聞き込みをした彼らは、夕方になっても特に騒ぐことなく静かにテントを立てて過ごしているようだった。
「では、決行は5日後ですね」
「えぇ。騒ぎが収まって、少し警戒心が弱まったところを畳みかけます。我々全員とこの村の住人の魔力をまとめて使えば、500体は堅いでしょう」
「魔法陣をもう一度確認しておいてくれ。進行方向はほぼ西で、その方向に人がいれば随時襲うんだったか?」
「方向はそうだな。襲うのは人数が10人以上の場合だ。小さな集団は見逃して、スピードを優先させる。いちいち立ち止まらせたら時間がかかるから、少人数は見逃すっていう話だっただろう」
大きなテントの中で、6人ほどが集まって議論していた。
他のメンバーは小さなテントでそれぞれ休んでいる。小さなテントが大きなテントを取り囲むような配置になっているので、話を村人に聞かれる恐れはない。
「10人以上の集団がいたら、“強制的に進行させる命令”を一時的に止める。生存者がいなくなったらまた進行する。ガスコインの領地は小さいから、それでほぼ壊滅状態になるはずだ」
「ガスコイン領を通り抜けたら、命令は終わりだったか?」
「あぁ。その後は近くの村か町を適当に襲ってくれればいい。大きな街はないからな。あっちこっちに散ってこの辺りを混乱させている間に、次の作戦に移る」
「辺境伯領を囲むように、領地や街を陥落していくんですよね。そこから辺境伯領をじわじわ落として、また魔力をいただいて今度は王都へ向かう、と」
「そう指示をいただいている。では、確認を頼む」
そのテント群の前に、音もなくコーディが現れた。記憶にある場所へなら無理やり転移できるので、前のコーディの記憶にある旧タルコット領へまず転移した。イメージが固まってきたからか、以前よりも消費する魔力が減っていることに気づいた。
旧タルコット領からは風魔法を使い時速百キロ以上のスピードで辺境伯領まで飛んできた。空には障害物がないため、2時間もかからず到着した。かなり上空を飛行したためか魔獣にも遭遇せず、地上にいる人からは鳥か何かだと思われただろう。
闇ギルド長から彼らの滞在場所と聞いていた村から死角になる場所へ降り立ち、そこからは目視で場所を見極めて転移した。
その場にいる“異界への嚮導”のメンバーは21名。そこそこの大所帯だ。大きなテント1つと小さなテントが6つあり、そこにある魔力の数、つまり人数は21名だ。もうすでに暗くなってきているので、誰も外には出ていないらしい。
人数を確かめたコーディは、静かに深呼吸して集中力を高めた。
そして、綿密に組み上げた魔法を展開した。起きているときに行使してしまっては気づかれる可能性もある。そのため、真夜中に効力を発揮するよう調整していた。寝ている間に忘れてしまうという寸法だ。
すでに描かれた魔法陣は、魔力を探る時点で保管場所を確認できた。魔法が実行された時点で、その媒体をコーディのアイテムボックスへ移動するよう遅延で魔法をかけておく。手に入ったら、内容だけ確認して即処分だ。
本来なら司法に委ねたかったのだが、魔獣誘導の魔法陣を表に出すわけにはいかない。
そう判断したコーディは、すべてを闇に葬る方法を取ったのである。計画が杜撰だったおかげで人的被害が出なかったので、それ以上は手を出さないことにした。凶悪な手段を失った彼らは、勝手に落ちていくことだろう。
―― よし、では次はズマッリか。
誰も気づかれることなく目的を果たしたコーディは、次の目的地へ向かうためにまた転移した。
ズマッリの村でも同じように近くに降下してから転移し、同じ魔法を展開した。
すぐに立ち去って遠くから少しの間見守ったが、誰も気づく様子はなかった。
大きく一つ頷いたコーディは、闇の中に溶けて消えた。
◆◇◆◇◆◇
次の日。
辺境伯領の草原の近くにある村では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
正確には、滞在している研究者たちが勝手にパニックに陥っていたのだ。
「思い出せないっ……」
「ここに置いたのに!おい、誰か魔法陣を持ち出したか?!」
「魔法陣が、まったく理解できない!本を見てもまったく頭に入ってこないぞ?!」
「私は、私は魔塔で魔法陣を作ってきたはずなんだ!!なのに、何もわからないなんてっ!」
「どうするんだっ?!4日後には実行するはずだったのに!!」
「失敗したら教祖様に、教祖様に見捨てられてしまう」
なんとか思い出そうと試行錯誤する人、自分の実績すら忘れてしまったことに打ちひしがれる人、魔法陣はわからないが見たはずのものを思い出せない人、教祖を気にする人と様々である。
魔獣を誘導する魔法陣を見たはずなのに、誰一人として思い出せなかった。
これが一人だけなら何かの病気か事故を疑うが、この場にいる全員である。誰かが何かをしたに違いなかった。
混乱が起きていたのは、ズマッリの辺境の村でも同じであった。
信者や幹部はもちろんのこと、教祖までもが一緒になってパニックになっていた。
特に教祖は、異界へ行くために考えていた魔法陣のことも忘れてしまったのである。魔力が少なく魔法をうまく使えないがゆえに魔法陣に傾倒し、ある日降って湧いた「魔法のない異界」の実在を理解したために起こした“異界への嚮導”には、少ないものの精鋭といえる人たちが集まっていた。彼らと一緒に異界へ行くことが自分のすべてだったのに、その手段が絶たれたのだ。
「あああぁぁああ!!何故?!何故だ?!神は、神は異界を教えてくれたではないか!まさか、行くなということですか?!理想の世界を見せて羨ましがらせるだけで、行くことは許さないのですか!!私の理解を世界に提示する方法をも奪われるのですかっ!私は、啓示を得た私は特別ではなかったのですか!!」
床にうずくまり喚く教祖。
「まずいまずいまずい……!!こんなこと、普通の人ができるはずがない!誰か、いやどこかの国が動いたのか?我々の拠点がバレているのもまずいぞ」
「研究がっ!研究成果が!世界を驚かせる研究になるはずだったのに!」
「僕の名前を、研究をバカにしたやつらに知らしめる計画が……」
右往左往する幹部や魔法使いたち。
「教祖様まで忘れてしまっただと?!どうするんだ、国を落としてそこの支配者になる予定だったんだぞ!ここまできてやめるなんて、あまりにも、あまりにもっ……!」
「我々は選ばれた民ではないのか?!将来は権力のある立場で人を使って暮らすという理想が」
「あの魔法陣を各国に売りつけて、一財産作るはずだったのに……」
私利私欲を零す一部の幹部。
まさに阿鼻叫喚であった。
その混乱に乗じて、闇ギルドのスパイは雲隠れした。
しばらくそれぞれに呻いていた“異界への嚮導”のメンバーは、突然ピタリと動きを止めた。
離れたところから見守っていた村人たちは、突然声も動きも無くなった彼らを怪しげに眺めた。
そのとき、“異界への嚮導”の信者や幹部、教祖たちには、頭に直接響いてくる不思議な声を聞いていた。
遠くプラーテンスの地にいる信者たちも、同じ言葉を聞いていた。
『犠牲ありきの魔法など不要である。終わりあるものは教えにあらず、ただの目的である。間違った方向へ進んだお前たちは怒りに触れた。そのため今後一切の犠牲を出せないよう記憶を奪ったのだ。以後、魔法陣の記憶は自身に宿らないと心得よ。これは愚かさへの罰である』
全員が、その不思議な声をぼんやりと理解して思考を止めた。
しばらく呆けた後でふと我に返った教祖は、空中に向かって両手を組んで突き出し、身体を震わせた。
「おぉ神よ……!私は間違っていたのですね。我々の命を奪わず教えを説かれるとは……なんと慈悲深い。やはり私は特別なのだ!私はこれから、あなたの信者となります!!我々を選び導く神よ、どうかあなた様を崇めさせてください。あなたを世に知らしめることが私の道となるでしょう!」
しかし、教祖の声に答えはなかった。
そして後日、不可思議な体験を共有した彼らは新しい宗教"正導教”を起こした。
ちなみに、私利私欲で団体を動かそうとしていたことがバレた一部の幹部たちは新宗教から締め出され、行方知れずとなった。
"正導教”は自分の間違いを正すことが教義であったが、数ヶ月もしないうちに主神の"導きの神”はナトゥーラ教の一神である正義の神と統合。世を席巻するどころか、ナトゥーラ教のよくある神の一つとなって消え去った。
信者たちは散り散りとなった。元魔塔の研究員たちは、魔法陣が使えなくなったことにショックを受けた結果魔法もうまく使えなくなり、ただの平民としてほそぼそと暮らすことになった。
教祖はナトゥーラ教の司教となったが、煙たがられて田舎に左遷。一生を階位のない司教として過ごした。
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