70 魔法青年は報告を受ける
「実験自体は成功だが魔獣の群れは冒険者に討ち取られた、と。こちらは、領主一家と警備隊が討伐。その村も冒険者たちが……なるほど、そこそこ自衛はしているわけですか」
「こっちの報告では、最初は実験の成功だけを聞きましたが、詰めたら冒険者が魔獣をすべて倒してしまったと」
“異界への嚮導”の幹部たちは一様に首をひねった。
「扱いやすいように、弱い魔獣でも使ったんでしょう。対応の良さも、王都よりは田舎のほうがよっぽど魔獣と接する機会は多いですからね。むしろ、それより大きな規模で誘導してやればいいということがわかって良かった」
「そんなところでしょう。それに、今回のことで多少は疲弊しているでしょうからそこを突けば」
「確かに。では、次は合流して本番ですね。集落に向かって駆ける命令と、一定数以上の人間が集まっている場合だけ進行命令を一旦解除する命令を組み込んだ魔法陣を、その場の全員で使います。目標の村を占拠したら、村民の魔力をいただいてより大規模な誘導で町を占拠し、それを続けて最後は王都です」
自分たちのすることに一切の疑いを抱かない幹部たちは、作戦を確認してから教祖を見た。
「教祖様、それでよろしいでしょうか?」
「ん?あぁ、皆がいいならそれでいいよ。使わない魔力を効率的にもらうんだよね。異界に行くための魔法陣は、まだ少しかかるけど大丈夫?」
ぼんやりしてはいたが、一応聞いていたらしい。教祖の疑問に、幹部の1人が答えた。
「その通りです、教祖様。一度占拠してしまえば、実効支配できます。なんなら、教祖様の教えを根幹として立国してもいいでしょう。いずれにしても、些末ごとは私達が対応しますので、教祖様は魔法陣に集中していただいて大丈夫ですよ」
「そうか、ありがとう。結局捨てるんだから立国しても意味がないと思うけど、その方が楽なら任せるよ」
「ありがとうございます」
殊勝に頭を下げた幹部たちの一部は、顔を伏せることで愉悦に歪む口角を隠していた。
◇◆◇◆◇◆
小石が震えたので、コーディは急いで仮眠室へ移動した。
『ご報告です。ズマッリ方面の辺境の村や町が魔獣に襲われました。“異界への嚮導”のしわざです』
「!それで、状況はどうですか?」
『問題ありません。ご依頼通り、辺境方面で防衛力が低めの場所にはそれなりに腕のある冒険者をうまく動かしましたので、どこも大した被害はありません。畑や牧場が破壊されたところはありますが、人的被害はゼロです』
その報告を聞いて、コーディは一瞬握りしめた手を緩めた。間に合わない可能性を考えて、それとなく冒険者にズマッリ方向の依頼を出すよう闇ギルドに追加依頼しておいたのだ。
それが功を奏したらしい。
ほっと息を吐いたコーディに、ギルド長がさらなる情報を伝えてきた。
『ご友人のガスコイン領も襲われたようですが、問題なく警備隊と次期領主の婚約者が退けました。……一体全体、タルコットさんの周りはどうなっているんですか?スタンリー・ディーキンの魔法がすごすぎて数十分で30体はいたストームドッグをすべて討伐したそうですよ』
どうやら、スタンリーが大活躍したらしい。まぁそれもそうだろう。彼は元々水魔法使いだったが、コーディとの訓練によって火魔法以外の4属性をすべて使えるようになったし、真面目にコツコツ基礎訓練を重ねるタイプなので、しっかり力をつけているのだ。
「ストームドッグは風属性の魔法を常に使っていますからね。土魔法で作った石でもぶつければ一撃でしょう」
うんうん、と魔法を教えた友人の活躍に納得していたが、それを聞いたギルド長が疑問を口にした。
『論文にあった訓練法ですね。冒険者たちがこぞって訓練していて、かなり実力を上げてきていますよ。ところで、ストームドッグが風魔法で走行スピードを上げているのは知られていますが、それでどうして土魔法なんですか?』
「ん?えっと、5属性の魔法って、火は水に弱く、水は風に弱く、風は土に弱く、土は木に弱く、木は火に弱いっていう相関関係があって」
『えっ』
「えっ」
はて、と記憶をたどったが、そういえば五行の考えをもとにした属性の相関関係については、自分で確認しただけできちんとした論文などにはしていなかった。
『タルコットさん……』
「あー、すみません。聞かなかったことにしてください。えっと、そうです、今研究中のテーマでして」
『では、今後発表される予定なんですね?』
「はい。まぁ、すぐに生活に関係するような内容ではありませんが」
コーディが適当に言い訳したところ、ギルド長は呆れたようにため息をついた。
『タルコットさん。それが本当なら、冒険者たちの討伐がもっと安全で早くなります。犯罪者に対しても効力を発揮するでしょう。魔法での決闘にも影響します。個人の魔法で序列もできる可能性があります。生活に関係しないなんてとんでもない。かなり色々と変わりますよ』
一息でいい切ったギルド長の勢いにのまれ、コーディは思わず頭を下げて同意した。
「そう、ですね。すみません。まぁ、同じ魔力量であればというだけで、実際には魔力量の大小も関係しますから一概には言えません。そのあたりもきちんとまとめて発表しますので、当面は内密にお願いします」
『はぁ……ご信頼いただけるのは非常にありがたい話ですがね。我々が悪用する可能性もあるんですから』
「うーん、5属性をすべて使えるようになる論文をすでに発表をしているので、もとから得意な属性によって序列ができるようなことにはなりませんよ。学園でも特に隠さず広めていた考えですし」
『そうですか』
呆れたようなギルド長の声に、コーディは口角を上げた。
「それに、どんな魔法も使いようです。魔法そのものに善悪などありません。どんな道具も、使い手によって結果は変わるものですから」
『……まったく、本当にあなたは成人してすぐの方なんですか?なんというか、祖父とでも話している気分になりますよ』
中身はまさにその通りなので、コーディとしては何も言えない。仕方がないので、前世培った日本人としてのコミュニケーション技術を繰り出した。
すなわち、笑ってごまかしたのである。
続く報告によれば、今回の襲撃は半分実験のようなものだったらしい。ということは、今後本番の襲撃があるということだ。
そして、実験を終えたメンバーが集まっているのはガスコイン領に近いところにある辺境伯領の村。その村の近くの草原には、厄介な魔獣がたくさんいるらしい。そこで集まったメンバー全員の魔力を使って魔獣を動かし、ガスコイン領を襲うという。そこから回り込むように村を襲っていき、辺境伯領を孤立させ、辺境伯領を魔力源にしてさらに大きな魔法陣を使い、途中にある領地を取り込みながら最終的に王都を目指す計画だ。
時間がない。
「ありがとうございます。ちょうど彼らに使う魔法ができあがったので、すぐ動きます。あ、スパイの方は見てすぐわかりますかね?特徴を教えておいてください。魔法陣を忘れる魔法から除外しますので」
『タルコットさんが動かれるなら、潜入捜査を終わらせますよ。いつ向かわれますか?』
「えっと、これからすぐに。夜には辺境伯領とズマッリの村、両方とも終わらせます」
『はぁ……それは間に合わないでしょうね。彼はズマッリの方にいます。脱出するよう早めに伝えるつもりですが、彼に魔法陣の知識はほぼありませんから、もしその魔法にかかってしまっても影響は少ないでしょう。記憶を消すだけで、他になにかされる予定はないんですよね?』
コーディは、頷きそうになってちょっと考えた。
「確かに、魔法陣の詳細を知らないなら消す記憶もないですね。それ以外にはちょっと脅しますが、それだけの予定です」
『物理的な攻撃がないなら、特に問題ありません。気にせず動いてください』
「わかりました」
仮眠室での通話を終えたコーディは、いつもより早かったが、借りている自宅へ急いで戻った。
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