69 魔法青年の友人たちの活躍

ビル・アルマ・チャドの3人が辺境の村で魔獣を倒したのと同じ頃、スタンリーはチェルシーと一緒に領地の見回りに出ていた。

小さな領地なので、馬で駆ければ2時間ほどで外周を一周できる。領地の東側には魔獣の出る森があり、南側には別の領地との境目となる川が流れている。

川は田舎の領地にとっては大切な資源なので、両方の領地で水こそ活用するが不可侵領域として約定を結んでいる。


その川沿い東へ進み、湾曲部分の堤防などを確認していた。

ちなみに、森はあまり広いわけではなく、王都の初心者の森と同程度の魔獣しか存在しない。森を抜けた東側は辺境伯領であり、広い草原地帯にはそこそこの強さの魔獣が点在するらしい。

たまにその強い魔獣が森を抜けてくるので、魔獣討伐を担当する警備隊を森の近くに置いている。冒険者はガスコイン領を通り抜けて常時強い魔獣がいる辺境伯領へ行ってしまうため、ほとんど居着かないのだ。とはいえ、魔獣の素材は領地としての臨時収入にもなるので、特に問題はない。

ガスコイン領において、わりと高収入な警備隊は領民の花形職の一つになっている。


当然、スタンリーもその警備隊を統括する立場として日常的な討伐に参加することになる。

コーディに言われたとおり、体がなまってしまわないよう今でも毎日走っているし筋トレも怠っていない。魔法の基礎訓練もチェルシーと一緒にしているので、警備隊の訓練でもすぐに現役の隊員たちに認められた。

見回りの最後にその警備隊に顔を見せると、何やら少しバタバタしていた。


「こんにちは。何かあったのかい?」

スタンリーは出入り口のあたりにいた隊員に声をかけた。

敬語を使わないで問いかけるのは少し気が引ける。隊員たちはほぼ全員スタンリーよりも年上であり、領地に勤めるという意味でも先輩なのだが、あくまで次期領主の伴侶は上司という立場のため敬語を使わないよう彼らに頼まれたのだ。


「あっ!スタンリー様!チェルシー様も!いいところに」

「どうかしたの?」

今日のチェルシーは、馬で移動するため乗馬服である。王都ではほとんどの女性がドレスで馬に横乗りしているが、田舎では逆にほとんどの女性が乗馬服やズボンで跨って乗る。その方が安定するし速いからだ。


「それが、見張り台の担当から報告があって、草原の方からストームドッグの群れが5つほど森に入ってきたと」

「えっ?!群れが5つも……30体くらいか」

ストームドッグは、5体から7体ほどで一つの群れを作る。その群れが5つも森に入ったというのだ。


それを聞いて、チェルシーは眉を寄せた。

「群れ?でもおかしいわ、今までははぐれた単体が来るような感じだったのよ。なのに群れが、それもいくつもなんて」

「草原の方で何か強い魔獣でも出て、逃げてきたのかもしれない。何にしても、村にたどり着く前に討伐してしまわないと。僕も出るよ」

スタンリーはそう言って、腰に差した杖をポンと叩いた。杖はなくても魔法を使えるようになったが、やはり慣れているので杖を持つ方が指向性が高まるのだ。


「チェルシーは、義父上に急いで報告してくれるかい?大丈夫だとは思うけど、援軍があると心強い」

ガスコイン領に来てから知ったのだが、チェルシーは乗馬の名手であった。全力で駆ければ、スタンリーは余裕で置いていかれてしまう。

「向こうで待機している警備隊を一部寄越すわね。ついでに、医師も」

「うん、助かる」

にこり、と笑顔を向けたスタンリーは、そのまま流れるようにチェルシーをぎゅっと抱きしめた。


「怪我をしない程度に急いで。僕も気をつけて討伐に参加するから」

「っ、え、えぇ、わかったわ」

本当はそのまま口づけくらいしたかったのだが、動揺したまま馬を駆るのは危ないため我慢した。

それは討伐が終わってからのお楽しみである。


すぐに火照った頬をしずめたチェルシーが領主館に向かって馬を出すのを見送って、スタンリーも気持ちを切り替え警備隊の隊員が集まる訓練場に向かった。

そこにはすでに準備を終えた隊員たちが集まっており、隊長が班ごとに指示を出していた。

貴族であるスタンリーは割と魔法をバンバン使うので、剣や弓を中心に使う警備隊とは戦い方が違う。また、魔法の威力もかなり強いと太鼓判を押されたため、一緒に動く場合は彼らに混じりつつ遊撃することになっている。


「スタンリー様、どうやらストームドッグ32体が森の中をまっすぐこちらへ進んでいます。報告者によると、奴らより弱い魔獣を無視しているようです。少し妙な動きですが、あのままでは村や街に襲いかかってしまうでしょう」

スタンリーに気づいた隊長が、無駄な言葉もなく報告した。

「あとどれくらい余裕がある?」

「我々はあと5分で出ます。接敵はおよそ20分でしょう。作戦は確認済みです。班のうち5つは森に入って正面からと少し斜め前左右から、挟み込むように迎え撃ちます。できればストームドッグの3分の2は足止めして、こちらの森を抜けたところで残りの3班が罠にかけて叩きます。森での迎撃隊は、片付き次第後ろから追いかけて追撃です。班はまとまって行動しますが、スタンリー様は姿が見える程度の位置からはぐれた個体を討伐してください」


これまでの警備隊の作戦に、外からスタンリーが参加する形になる。訓練こそしていたが、本番は初めてだ。ふぅ、と息を吐いて気持ちを落ち着けたスタンリーは、両手をぐっと握り込んだ。

「わかった。余裕があれば、近くの班に加勢するよ」

「そうですね。連携は先日確認したばかりですから、無理はしないようお願いします」

魔獣討伐の大先輩は、どこか心配そうな視線をスタンリーに向けた。


その心配はよくわかる。そもそもスタンリーは王都で生まれ育った貴族だ。学園のダンジョンにこそ潜っていたが、魔獣の強さは段階的だし見晴らしの良い親切仕様。

初心者の森でスタンピードのような経験はしたが、討伐したわけではなく水堀の内側で籠城していただけ。

実際の魔獣討伐はほとんど初めてなのだ。


「はい、無理はしません。それに、大丈夫ですよ。魔塔に行った友人からは、王都の南の森でも余裕で対処できるだろうと太鼓判を押されたので」

そう聞いても、隊長の心配は晴れることはなかった。

しかし20分後、訓練では十分発揮されていなかったスタンリーの実力を、警備隊の全員が目の当たりにした。




ストームドッグはほとんど横にそれることなくまっすぐ進んでいたため、ほぼ予想通りの時間で接敵した。一緒に戦う隊員を傷つけない軌道でストームドッグを切り捨てるスタンリーを見て、隊長は途中で作戦変更を指示した。

警備隊がストームドッグを釣って足止めしながら調整し、順番にスタンリーに任せることになった。警備隊が班が複数を相手にしつつ一体ずつ倒すよりもずっと早いし確実だ。もちろん、隊員たちも討伐しているのだが、班の5人が連携して1体倒している間に、スタンリーは3体も4体も倒せるのである。それなら、動きを止める程度に相手をし、スタンリーの体力を温存しながらどんどん倒してもらった方がどちらも消耗が少ない。


「ふっ!……よし、次はあっち」

黒曜石のような薄く鋭い石を生成し、風に乗せて目にも止まらぬ勢いでストームドッグに叩きつければ、まるでよく研いだ包丁のように魔獣を一刀両断していく。

土魔法と風魔法の同時発動である。もう何体目かわからないが、スパン!と切っては次の標的に魔法を向ける。

森の中で足止めしたストームドッグは、20分もしないうちに切り捨てた。すぐに森の外へ向かい、罠も使って対処していた警備隊に合流した。そして警備隊とスタンリーは、数十分ですべてのストームドッグを討伐し終わった。




チェルシーが援軍と医師を連れて駆け戻ってきたときには、隊員たちはすでに倒し終わったストームドッグの処理に取りかかっていた。素材になる部分を剥ぎ取り、不要な部分は集めて後で燃やすのである。

初討伐でテンションの上がりきったスタンリーは、安心して涙ぐむチェルシーに駆け寄って抱きしめ、そのまま皆の前でキスをぶちかまして頬に手のひらの跡をつけることになった。


そんな2人のやり取りを見て、警備隊の隊員たちがスタンリーに抱いた畏怖の念は敬意と親しみへと置き換わっていった。

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