68 魔法青年の知人の活躍

魔法は、究極にはイメージを実現することである。


結果を確信して行使することが一番重要なのだ。

だから、『開発した魔法陣の詳細を忘れる』『これまでの魔法陣研究の記憶をなくす』さらには『魔法陣のことを新たに覚えた場合は端から忘れていく』といったことも理論的には可能である。

具体的には、魔法陣の記憶を所持する脳細胞への信号を遮断するという方向で、何かのきっかけで思い出すことすらないよう魔法を組み上げていった。常時作動型なので、動力源は本人の魔力を拝借する。まるでマルウェアである。

部分的記憶喪失や、局所的な認知症のようなもの、というのが近いだろうか。


その魔法にかけられた本人は、思い出そうとしてもモヤがかかったようになって何も出てこない状態になるだろう。

魔法陣で構築した方が魔法の内容を確認できるのだが、これはあまりに凶悪なので形に残すつもりはない。

魔獣の誘導ほどではないが、やはり対人の魔法としては悪用できてしまうものだ。あくまでコーディ個人の魔法として行使し、後は秘匿する予定である。


とにかく、魔法陣について思い出せないこと、それ以外はそのままにしておくこと、という細やかな作業になるので、さすがのコーディもきちんと組み上げるまでに少し時間がかかってしまった。

そして迷いなく行使できるところまでイメージを固めて仕上げる少し前に、『異界への嚮導』は動きだしていた。





◇◆◇◆◇◆





「……?なんだろう、森の方がざわついていないか?」

国境近くの村に依頼で滞在していた冒険者、チャドがパーティメンバーに向かってそう言った。

割のいい依頼だったので、王都からこの村までの護衛を引き受けたのだ。親戚の家への嫁入りらしく、多くの道具を持ち込んだ花嫁の護衛は、のんびりとした気分のいい仕事であった。

護衛の仕事が終わり、村の宿泊施設代わりの空き家を借り受けたところで、軽く村を見て回っていると、チャドが森の方を見た。


この辺りの森は、王都の初心者の森よりは少し強い魔獣が出る。南の森ほどではないが、村人は近寄らない。

斥候も兼ねているチャドは、遠くの魔力の動きも敏感に感じ取る方なのだ。それを聞いたビルとアルマも、同じように森の方を見た。

そして顔を見合わせた三人は、とりあえず様子を見てみようと森に向かった。



ざわり、と木々の向こうがざわめいた。

その途端、歴戦の冒険者パーティである3人は戦闘態勢になった。ビルが前に出て長剣を構え、アルマは少し後ろで弓を掛けかえてから杖を取り出し、チャドは少し横にずれて短剣を引き抜いた。

「……っ!前方、少し西から複数!」

「俺が出る!アルマ、後ろから左右を牽制!チャドは漏らしたのを頼む!」

「おう!」

「わかったわ!」


いつもどおりの陣形で、魔獣を迎え撃つ。

走ってきたのは、十数体のサンドベアだった。この森の奥の方に生息していることは知っているが、ベア系は普通群れでは行動しない。しかし、スタンピードというには少ない。

「なんだこれ?!」

「疑問は後だ!とりこぼすなよ!この先は村がある!!」

「泥の罠を設置したわ!後方10メートルのところ、前と同じ形!」


アルマは元々風魔法だけを使えたのだが、コーディが魔法の同時発動を公表したので興味を持ち、冒険者ギルドに来たときにコツを聞いたのだ。ついでに、他属性の魔法を習得する方法も発表したものを読んだ上で直接教わった。

学生と違い、常に身体を使っており必要にかられていたアルマの他属性習得はわりと早かった。そして、足元が土の場合は泥化させることに成功していた。

ちなみに、王都の冒険者の中ではアルマは特に習得が早かった方である。有用なのは明らかだったのでそれなりに魔法を使える冒険者はこぞって習得しようとしていたし、最近ではそこそこの数が新しい属性や同時発動を身につけているようだった。


新しく習得した水魔法と土魔法を使った泥なら、飛行しないタイプの魔獣の足止めに使えるだろうとパーティで練習していた。

自分たちの足場は、決まった形に飛び石を設置してある。それはちょっとした目印があるだけで泥の下に隠れている。自分たちだけが走り抜け、魔獣は普通に深い泥に足を取られる。

進みが遅くなったところへ攻撃すれば、比較的安全に戦えるという寸法だ。


「数、全部で12!今11になった!!」

チャドが遊撃で横から牽制しつつ、全体の数を叫んだ。

群れにしては多い数だが、スタンピードというほどではない。それに、他の魔獣は寄ってこないのでそれも不気味である。

泥の方へ誘導しながら戦い、すでに倒した数は7体。つまり、18体が集まって村を襲いに来たということだ。


「魔力温存!毒矢を使うから泥の向こうに行くわ!」

アルマが杖をしまい、背負った弓を外しながら泥の方へ駆けていった。釣られるように飛び出した1体を、チャドが短剣で牽制する。

ビルは長剣で多くのサンドベアを相手にしていたが、おかしなことに総攻撃などはしてこない。敵を倒すよりもとにかく全員で先へ進もうとしているようだ。障害となっているビルには襲いかかるが、前に出ている1体が攻撃している間は他のサンドベアは威嚇してくるだけ。たまに群れから外れる個体もいるが、チャドが牽制するだけで戻っていく。


妙なことばかりのサンドベアの群れに、ビルは剣をふるいつつ首をひねった。



泥の罠もうまく使いながら、結局18体すべてを倒し終わった。

後半は、アルマの毒矢も威力を発揮してサンドベアの動きが鈍くなり、3人で比較的楽に討伐できた。サンドベアは食べるところがないので、威力の強い毒矢を使えたのだ。

「穴を掘るから、爪と牙だけ剥ぎ取ったら投げ入れて。全部入れたら蓋をするわ」

そう言いながら、アルマは空いた地面に大きな穴を掘った。泥化した部分は、もう一度魔法を使って土に戻してある。


「助かる。……ちょっとした臨時収入だな」

サンドベアの妙な動きをどう考えたらいいのかわからず、ビルはおどけたように違うことを口にした。チャドとアルマもその言葉に乗り、軽い調子で話しながら爪と牙を剥ぎ取っていった。

すべて剥ぎ取り終わると、サンドベアを穴に放り込んで上から土を被せて固めておく。やわらかいと、他の魔獣が死体を掘り起こして食い散らかしてしまうのだ。そこから疫病が発生することもあるので、処分は厳重に行う。


そうして片付けまで終え、3人はほくほくした表情で村へと帰っていった。そして道すがら、アルマが思い出したように言った。

「……どうする?」

「どうって?」

「報告するしかないだろう」


ビルとチャドの2人はそれぞれそう答えた。魔獣の異変はギルドに報告する義務がある。正直に言えば、色々と手続きがあったり調書を作成したりと面倒だ。しかしこういった違和感が、大きな災害の抑止につながることもあるのだ。

3人とも書くのは苦手なのだが、義務なので仕方がない。ちょっとした報奨も出るので、村を出たら辺境の街のギルドに立ち寄って報告することに決めた。





立ち去る3人を、遠くから見守る影がいくつかあった。

「どうなった?」

「……冒険者がいた。倒された」

単眼鏡のような魔道具で遠くを確認していた1人が答えた。


「やっぱりな。魔獣の暴走に冒険者ごときが勝てるはずがない」

横でふんぞり返っていたローブの人物が楽しそうにそう言ったが、確認していた者は首を横に振った。

「違う。逆だ。冒険者が、魔獣を十数体倒して帰っていった」

「はぁ?」


にわかには信じがたい事実である。

しかし、たまたま強いパーティが来ていただけだろうと結論付けられた。

今回の実験では進行方向を指示しただけで、人への自発的な攻撃は命令していなかった。邪魔をされれば排除するだろうが、普通の魔獣とは違う動きをしたはずだ。きっとそれが影響して倒されたのだろう。……ということにした。


「特定の魔獣だけを思い通りの方向へ誘導できた。我々の実験はそれで成功だ。冒険者はイレギュラーだろうから報告しないくていい」

「わかりました。そのように報告します」

リーダーをしている魔法使いがそう言ったため、報告の担当者は反論せず従うことにした。そして仮の本部であるズマッリの村へ向かった。ここからなら、およそ2日ほどで到着するだろう。

彼らは、魔法陣を本来の使い方でも完成させていた。それぞれ、魔獣を自身から遠ざける魔法陣を保有しているので1人での移動も危険が少ない。


思い通りの結果ではなかったが、挙動は合っていたから問題ない、失敗とは言えないと考えて、冒険者が魔獣を倒したことを伝えなかったのである。

ちょっとした隠蔽と思考放棄であるが、その要因が後になって彼らの挫折につながるとは、このとき誰も予想すらしていなかった。

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