67 魔法青年は次に備える
闇ギルドには、親指ほどの小さな石に刻んだ魔法陣を渡した。手紙を転移させるのと同じ要領で届けたので、多分向こうは少し驚いただろう。
その石を使って話しかけようとすると、石が震えて相手に知らせてくれるのだ。音が鳴ると気づかれそうだが、ポケットに入った石が震えるだけなら他人にはわかりにくい。
前世の携帯電話のバイブ機能のようなものだが、それなりにうまくいったので採用した。
小さい石なので、比較的シンプルな魔法陣しか刻めなかった。不特定多数とのやり取りはできず、対になるものとだけ通話できる。長距離対応のトランシーバーのようなものである。
使う魔力が少なくなるよう設計したので、ギルド長や闇ギルドのスタッフでも十分使える。実際にスタッフたちに試してもらい、使えることを確認できた。
それから数日で、気合を入れたコーディとその勢いにつられたディケンズによって、魔獣誘導の魔法陣に対抗する魔法陣を完成させた。
魔獣を誘導する魔法陣は実際に見ていないので迷ったのだが、少し考え方を変え、魔獣に働きかけようとする魔力そのものを無力化する方向にした。これなら、細かい部分が違っても対応できる。場合によっては、スタンピードを軽減できる可能性もあるものだ。
きれいに整えた上で解析しづらいようあちこちにオリジナル文字やトラップを仕込み、ディケンズからもお墨付きがでたので完成とした。
色々試した結果、石の中でも宝石とされるものに刻むのが一番安定することがわかったので、迷いの樹海にある洞窟で採れる水晶を使うことにした。魔法陣はそれなりに書き込みの多いものになったので、こぶし大程度の水晶を選んだ。
魔法陣を刻むのに少しコツはいるが、慣れれば問題ない。
彫刻の手法は、多くの魔道具を作っているロスシルディアナ帝国の技術を参考にした。石に応じた適切な強度になるよう調整する魔法陣を、専用のニードルの軸に彫るのだ。
すでに手法が開発されているなら、先人に学んだほうが早いのである。
数日かけていくつもの魔獣誘導抑止の魔道具を作っていると、闇ギルドから連絡が入った。
「お待たせしました」
『タルコットさん、突然申し訳ない。しかし、定期報告まで待たない方がいいと思いまして』
魔法陣を通じて聞こえたギルド長の声は、いつもの落ち着いたものではなくどこか焦っているようだった。
『奴らの狙いは、プラーテンスです。辺境を足がかりに、この国を丸ごと乗っ取る計画だと』
「プラーテンスを?でも、そんなに小さな国ではありませんよ」
『まずは辺境の村を襲って、次に村人の魔力を使って大きな魔法陣を動かして街を襲い、街の人たちの魔力を使って更に大きな魔法陣を、王都に近づくごとに魔法を大きなものにして最終的に国を乗っ取る計画のようです』
それを聞いて、コーディは眉をひそめた。
人をエネルギー源としてしか見ていない、非人道的な考え方だ。思わずぎりり、と奥歯を噛み締めてしまった。
「それは可能だと思いますか?」
『わかりませんが、彼らは自信があるようです。それと、お知らせするか迷ったんですが』
「なんでも手がかりになりますから、教えてください」
『……はい。えー、ガスコイン男爵領を襲わせる計画もあると聞きました』
すぅ、とコーディの周りの温度が下がった。
ガスコインとは、スタンリーが婿入りし、チェルシーが治める予定になっている領地だ。確かに、ズマッリ側の国境に近い、どちらかといえばのんびりした農地である。
工業があるわけでもないし、魔獣がそこまで多い場所でもない。狙うには丁度いいと見定めたのだろう。
「そうですか」
思わず低い声が出た。どこかの村を蹂躙するというだけでも十分許しがたいのだが、それがコーディの友人が治める土地となればさらに沸点は下がる。
『もう彼らの計画を止めるために乗り込みますか?』
「いいえ、ただ魔法で蹴散らすだけではまたどこかで復活するでしょう。特に、魔獣を誘導する魔法陣に関しては記録をすべて消し去りたいのです。幸い、魔塔には理論だけで魔法陣は載っていませんからね。魔塔においては、使えない理論だと太鼓判を押せば勝手に風化していくでしょう」
問題は、彼らが実際に作った魔法陣の方なのである。万が一その知識がどこかの国に漏れたら世界戦争につながりかねない。
『わかりました。今のところ、奴らはズマッリの辺境の村にいます。こちら側のスパイと連絡を取って随時確認しておきますから、また動きがあればご連絡します。それにしても、できるなら奴らから魔法陣の記憶を消してしまいたいですね』
「……そうか。それだ」
『は?』
―― 開発した彼らは元々魔塔の研究員。他の信者もなんだかんだと魔法陣の信者に近い。そんな奴らにとって最も辛く、そして問題も解決できる方法があるではないか。
コーディは、ニンマリと口をつり上げた。
「いいヒントをありがとうございます。彼らからは、これまでの魔法陣の記憶とこれからの可能性を取り上げましょう」
『そのようなことができるんですか?精神に働きかける魔法陣は流石に危険では』
「いいえ、魔法陣は後に残るので使いません」
そこは、コーディ個人のチート級な魔法を使わせてもらう。
頭の中で魔法を設計しだしたコーディは、魔法陣の向こうでギルド長が顔を真っ青にしていることは気づかなかった。
◆◇◆◇◆◇
トリッリウム・ズマッリ王国の辺境の村に、とある魔法研究集団がやってきた。
魔獣退治用の火魔法の魔法陣や日常使いできる水魔法・風魔法の魔法陣などを石に彫った簡単な魔道具を対価として、滞在させてほしいと言った。村としては便利な魔道具を貰えるなら、空き家をいくつか提供するくらい何の負担にもならない。
普通の村人よりも魔法を使えるようで、ちょっとした魔獣を狩ってきて提供もしてくれた。長期で滞在してくれてもいいと考える村民もいるくらいだ。
田舎の村だけに排他的な人も多いが、研究のため数ヶ月だけ、と目的と期限をはっきりさせていたこともあり、村人は適度に距離を取って受け入れていた。
借りている建物のうち、一番大きく立派な家の応接室に、数人が集まっていた。
フリーの魔法陣研究者と明言はしていないが、勝手に誤解してくれる。目的のために魔法陣を開発しているのは事実なので、大きく間違っておらず、尊敬の目で見られるのも好都合だ。
村に滞在しているのは12人。それ以外のメンバー30人ほどは、一時は森の中で野営していたが、次の目的のためにあちこちに散っていた。
その部屋にいるのは、教祖と幹部と呼ばれる者たちであった。
「予定通り、プラーテンスの辺境の村と町に配置できました。研究者1人ないし2人と助手や弟子、侍従、世話係などで10人ほどになるグループが3つです」
「承知した。まずはこの小さな村にいる者たちだったか。連絡係はすぐ動けるか?」
そう言った幹部は、簡易的な地図のとある村を指差した。
「はい。明日には作戦通り、写し取った魔法陣に5人程度で魔力を注いで作動させます。それがうまくいけば、ほかの場所での実験を開始します」
首尾を話し合っているのは幹部たちである。
1人、大きな一人がけのソファにゆったりと構えている人物は、皆の話を聞いているのかいないのか、ぼんやりと周りを見ていた。
「教祖様、それでよろしいですね?」
教祖と呼ばれた壮年の男性は、突然声をかけられて驚き、全員の顔を見回したが、すぐにこくりと頷いた。
「はい。皆の良いように。私は異界への扉を開く魔法陣のヒントを思いつけそうなので考えたい。……今回は確か、使っていない魔力を借り受けるんだったね」
「えぇ、そのとおりです。普段使っていない者たちから貰えば、負担もムダもありません」
幹部の1人の言葉に、教祖はにっこりと笑った。
「なんで使わないんだろうね?毎日使えるなら使わないと罰当たりだ。あまり使えない私からすれば、とっても贅沢だよ。だから、私達が有効活用してあげるべきなんだ」
「そのとおりですとも」
目で弧を描いてみせた幹部は、しかしどこかヒヤリとした表情で口角を上げた。
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