74 魔法青年は改めて調査する

次の日、師弟はさっそく樹海へやってきた。

コーディだけではなくディケンズも、通りすがりの魔獣をサクサク討伐していた。やはりディケンズは魔塔の中でも別格なのだろう。


そうして到着した赤い岩のある場所は、やはり魔力が妙な動きをしていた。

ディケンズの体調に変化がないか見ていると、彼は気づいてにこにこと笑顔で頷いた。

「何ともないぞ。やはり、魔力を自分で纏うことで外からの魔力の動きを遮断できるようじゃな。いやはや素晴らしい。これで思う存分この赤い岩を調査できるというものだ」


「先生、夕方になる前に帰りますよ」

「わかっとる、わかっとる」

赤い岩を調べられるという事実に、ディケンズはどこから調べようかと視線をせわしなく動かしていた。

魔力の制御が実際に役立つことは、後日魔塔内で発表することになるだろう。


赤い岩周辺の魔力のうねりのような動きのおかげで、魔獣は寄ってこない。それがわかっていたので、2人はそれぞれ見たいものをみるために別行動となった。


コーディは、さっそく岩の成分を確認することにした。

アルシェが作った宝石の成分を調べる魔法陣は、普通の石や砂でも同じように使えるのだ。なんなら、水や布、草など様々なものにも応用できそうなので、会話のついでにちらりと口に出してみた。その一言を聞き逃さなかったアルシェは、弟子に研究させるのにちょうど良さそうだと喜んだ。

とにかくその魔法陣で、赤い岩の成分を分析してみる。


「……これは、岩というよりむしろ鉄鉱石じゃな」

鉄鉱石は鉄が半分程度含まれているもので、鉄として精錬する前のいわば原石だ。この岩に見えるものは鉄鉱石を集めて形作ったものらしい。

よく見れば、ところどころ不自然に色がまだらになっているところがある。


―― 鉄の塊にしなかったのは、何か理由があるかの?


自分の背よりも大きな鉄鉱石の塊を見上げてぐるぐる周りから眺めながら、コーディは思考を進めていた。単純に考えれば、不純物が半分ほど含まれる鉄鉱石より、精錬して純度の高まった鉄の方が色々と威力が高まるのではないかと思える。

そうしなかったということは、不純物が含まれることが重要なのだろうか。

岩を上から下まで舐めるように眺め回した結果、足元に近いところに、何か模様があることに気づいた。


「当たりかのぅ?」

メモ用の紙とペンをアイテムボックスから取り出し、コーディはその模様を写し取った。

他の岩も確認してみたが、模様のあるものとないものがあった。さすがに夕方までにすべてを確認することはできなかったので、一旦帰ろうと薄暗くなりつつある周りを見渡した。


そこで思い出して、ディケンズに声をかける前に魔力を使ってジャンプした。初めてこの岩を見つけたときと同じように、上空から岩を眺めることにしたのだ。

「う、む。やはりこれは……いかん、メモが難しい」

ジャンプで一瞬上空に留まることはできるが、メモを取れるほどにじっと止まっているわけではない。

何度もジャンプした結果、一時的に土の柱を上に伸ばしてそこに乗ることにした。某ゲームを思い出したので、そのときによくしていたことを真似たのである。土魔法様様だ。


「やはり、ほぼ魔法陣じゃの。ということは、岩に彫られた模様が文字とみなせるか」


とはいえ、岩に彫られていた模様は文字かどうか判断できなかった。

土の塔の上で眉をひそめるコーディに、ディケンズがのんびりと声をかけた。

「そろそろ帰る時間じゃろ?その柱はちょいと邪魔になりそうじゃから、片付けて帰ろう。続きはまた明日じゃよ」

いつもならコーディがそう言う立場なのに、ディケンズにそう言われて慌てて柱から飛び降りた。





次の日も、コーディとディケンズは迷いの樹海に向かった。

赤い岩の配置を慎重に描き写し、模様のあった岩を確認してはその模様も写していく。

ディケンズは、赤い岩がいつからそこにあるのか、ほかに人の手が入っている部分がないかを探っていた。


配置や模様を写し終わって確認するのにさらに2日を要した。

その間に、ディケンズが端の方に設置された石碑のようなものを発見した。その石碑は、長い年月の間に土に埋もれており、魔力を探っていたディケンズが本当にたまたま土の下に何かあると気づいたため掘り起こすことができた。

「これは……古代の帝国で使われていた象形文字じゃな。いやしかし、少し違うような……」


見た目はヒエログリフと似たような、文字というよりピクトグラムのような形をしている。元のコーディの知識にもない文字なので、コーディが見てもさっぱりわからない。

赤い岩に彫られていた模様とはまた違うため、どうやら石碑の文字は岩で作った魔法陣には使っていないらしい。

「先生、こちらの文字らしいものは何かわかりますか?」


ちょうどディケンズも集中を切らしていたので、コーディは手元のメモを見せながら聞いてみた。

そのメモを覗き込んだディケンズは、しばらくじっと見てから首をひねった。

「古代帝国文字とは違うのぅ。魔法陣を研究したときに見たような気がするが、どこかの古代文字だったか?いや、この特徴的な棒を組み合わせた文字は、超古代魔法王国か?」

「超古代魔法王国ですか?えっと、確か絵本で『むかしむかし魔法がまだ特別なものだったころ〜』とかそういう感じの、子ども向けの魔法の教本で少し語られる国ですね」


ディケンズは頷いて、メモをくるりと上下に回しながら確認した。

「多分、その文字だな。ということは……5,000年は前のものということか」

どうやら、赤い岩群は古代遺跡という認識で合っているらしい。


超古代魔法王国とは、魔法を一般化して世界的な魔法改革を引き起こした国だ。そのころはまだ魔法が特別な人だけに授かる不思議な力であった。それをほとんど誰でも使えるものとして普及させたのだ。属性に分けられたのはおよそ2,500年前で、その後は少しずつ進化していった。

魔法陣は、実は魔法が普及する前から基本的なものが使われていたそうだ。しかし、媒体を必要としない魔法の台頭によって停滞していた。復活してきたのは、実はほんの100年のことらしい。

技術改革が遅いのは、情報伝達が遅いというのもあるが、魔獣が人の生活圏を常に脅かしているという状況も関係しているだろう。


「魔塔の図書室に、超古代魔法王国の文字についての本ってありますかね……」

石碑の文字を写し取り終わったディケンズと一緒に魔塔の研究室に戻ってきたが、さすがに研究室の蔵書には古代の文字に関する本はほとんどなかった。

古代帝国文字は、実は少しメジャーなのでディケンズも一冊辞書を持っていた。


「ふむ……どうじゃろうか。図書室にあるかはわからんな。探してみるしかないが、もしなかったら取り寄せることにしようか。確か、ハマメリス王国は超古代魔法王国の遺跡が多く残る国じゃ。辞書もあるじゃろう」

「ハマメリス王国……そういえば、迷いの樹海に入るときに通ってきました。直線距離ならプラーテンス王国からズマッリ王国を通るのが近いけど、そこからだと樹海の中で魔力の不安定な場所を迂回することになるからハマメリス王国の方からまっすぐ東に進んだほうが危険が少ないと言われて」


プラーテンスの北東方面の隣国がズマッリだ。そのズマッリの北側にあるのがハマメリスである。

ハマメリス王国のさらに北には大陸の三分の一程を占めるロスシルディアナ帝国がある。そしてズマッリの北、ハマメリス王国の東に迷いの樹海がある。迷いの樹海は大陸のほぼ中央にあり、帝国か、樹海の東にあるアルピヌム公国か、ハマメリス王国から入るかというのが一般的らしい。

ズマッリと、ズマッリの東側にあるヴォルガルズ皇国も迷いの樹海に接しているのだが、そこから魔塔の方向には赤い岩群があるのであまり推奨されないらしい。


「確か、湖が多いことで有名な国ですよね。少し標高が高いので、ハマメリス王国は夏の保養地にもなっていたと読んだ記憶があります」

「その国じゃな。噂では、王族や古くからある貴族は超古代魔法王国の末裔だとかなんとか自慢しているようじゃが、まぁそれは眉唾じゃの。あの国なら村役場でも繋がりがあるから、取り寄せを頼めばいいじゃろう」

「わかりました。まずは図書室で探してみますね」

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