64 魔法青年と不正騒動の帰結
噂を聞いたその日は唖然として何もできなかったコーエンだが、次の日には怒りがこみ上げてきた。
あまりの侮辱を思い出し、朝から食事もせず自室でうろうろと歩き回ったが収まらず、家具や壁を蹴りつけた。
自分に従って守られるだけのはずの村人たちが、突如として反乱したのだ。飼い犬に手を噛まれるとはこういうことだろう。
しかし、コーエンには圧倒的な手段がある。
暗い目を外へ向け、コーエンは身なりを適当に整えて屋敷の外へ出た。
昼の大通りは、主婦たちで混み合っている。そのほかにも、昼休憩らしい人たちが持ち帰りの昼食を買いに出ているようだ。
つまり、外を歩くコーエンはたくさんの村人の蔑むような、探るような目に晒されることになった。中には噂が本当か疑問に思い、心配している人もいたのだが、コーエンには全員が自分を馬鹿にしているとしか思えなかった。
「……くそが。俺たちに、魔塔に、寄生しているだけの村のくせにっ」
店の立ち並ぶ道の真ん中で、コーエンは自分の杖を取り出した。
コーエンの属性魔法は木魔法である。もっと華やかな火魔法や生活に役立つ水魔法の方がもてはやされるのだが、こればかりは選べない。
それに、木魔法は木魔法で使いようがあるのだ。暴発する勢いで発動させれば、半径10メートル程度の範囲にある建物を植物でぐちゃぐちゃにできる。生やす植物も選べるので、棘のある殺傷能力の高い木を一瞬で成長させてやる。きっと村人たちにも一矢報いることができるだろう。
顔を歪めて笑ったコーエンは、怪訝そうにこちらを見る村人たちが逃げ惑う様を想像しながら特大の魔法を行使した。
ぶん、と振り下ろした杖。
怪訝そうに見守る村人。
気づきもせず通り過ぎる人々。
つり上げた口角が徐々に下がるコーエン。
様子を見ていた何人かは、くすくすと笑いながら小声で話していた。
「やっぱり、役場の通達は本当だったのね」
「何しようとしてたのかしら」
「役場の言ってたことが本当なのか実演して見せてくれたんじゃないの?」
「いやでも、俺はコーエンが魔法を使った所を見たことなんかないぞ。もしかしたら、元々そんなに使えないんじゃないか?」
「そんなはずないでしょう?一応魔塔にいるんだから。それより、アレが本気だったならよくないわ」
「あ、もう役場の方には何人かが走ったから大丈夫」
何も起こらないことに衝撃を受け、何度も魔法を行使しようとコーエンは杖を振り回した。
しかし、やはり何も起こらない。
そうこうしているうちに、自警団の団員が複数人駆け寄ってきた。
「反応ありました!」
「現行犯です!!」
鍛え上げられた肉体に一切抗うことができず、コーエンはすぐに捕まった。
「何をする?!わた、私は、魔塔の研究員のコーエンだぞ!!開祖の子孫でっ!お前たちなんぞ!!!」
「はいはい、それは後で聞きますね」
「何だその態度はっ?!」
「すみませんね。まずはあっちの詰め所で話を聞きます。ただし、判定の魔法陣が反応していたので一方的な魔法攻撃をしかけようとしたことは間違いありません。何をされたかによって、情状酌量の余地を考えてくれるかもしれませんよ」
騒いで暴れようとするコーエンを、警邏隊の人たちは軽く持ち上げるようにして連れていった。
もちろん、コーエンが捕まったという噂は一日で村中に広まった。
結果として、コーエンは一週間ほど役場の拘置所に勾留された。
どういう理由で魔法を行使しようとしたのか、何をしようとしたのか。それを根掘り葉掘り聞かれ、悪質だとして処罰すべきという声まで上がったが、魔法陣のおかげで不発となり被害がゼロだったことで、厳重注意を受けただけで釈放された。
その間に、とんでもない問題行動を起こしたとしてコーエンは魔塔の中央から任を解かれ、さらに魔塔から所属を拒否されていた。実質、魔塔からの追放である。
拘置所でそれを聞いて知ったコーエンは、勾留されている間に一気に老け込み、怒る元気すらなくなっていた。
とぼとぼと自宅にたどり着くと、いつもどおり玄関を開けた。
「帰ったぞ。……おい。執事なら主人を迎えに来い」
その声に反応するものは何もなかった。
不審に思いながら自室へ向かうと、机の上にメモが置いてあった。
『あなたなら開祖の血筋が世界を支配するという私の夢を叶えてくれると思ったのに、とんだ見込み違いでした。ろくに給与も頂いていませんし、辞めさせていただきます』
なぐり書きのようなメモには、退職金としてへそくりをいただいていくと書かれていた。ご丁寧に、雇用契約書を添えてあり、執事として使い切るつもりだったために渡す予定のなかった退職金の項目に印がつけてあった。
コーエンが慌てて金庫を見に行くと、そこは開けられたままになっており、隠してあった金貨はすべてなくなっていた。
「っく……あの役立たずが!!!」
ふと思い出し、慌てて隠し金庫を見に行くと、そちらは無事だった。どうやら、隠し金庫のことを執事に黙っておいたのは正解だったようだ。コーエンの財産のほとんどは隠し金庫に置いてあったのだ。
安堵に息を吐いたコーエンだが、今後の生活のことを思ってがくりと肩を落とした。
その後、コーエンはひっそりと村の端に引っ越した。
村中から後ろ指をさされ、表面上は穏やかだがはっきりと村八分にされ、食料品の販売も渋々受け渡され。ディケンズたちにしようとしていたことが、倍になって返ってきた。コーエンを持ち上げてくれていた実家からも縁を切られ、ほとんど引きこもるようになったという。
日用品や食料品は配達されていたようだが、コーエンが表舞台に戻ってくることはなかった。
なお、執事は金を持って逃げたが、やはり同じような扱いを受けたため、魔塔の研究員に金で頼んでホリー村から外へ出たそうだ。
どうにか落ち着いた他国で魔塔の開祖について自慢してみせたが、むしろ無名な存在だと突き付けられて絶望した。
そんな世間知らずの老人が大金を持って暮らせば、当然狙われる。例にもれず執事も財産を盗まれ、その後は杳として知れなくなった。
◇◆◇◆◇◆
コーエンが捕まってから、魔塔では別の騒ぎが起きた。
コーエン派だった人たちがバラバラになったのだ。
特に、共著などを強要していた人たちは遠巻きにされ、針のむしろであった。
そうこうしているうちに、頭上に文字が回る人たちがほかの研究員たちに見つかった。それもまた騒ぎを大きくしたのである。
文字を浮かべた彼らの証言から、カラックも村の自宅で見つかって保護された。魔塔にカラックを連れてこようとしたのに彼だけ入れず、これまたどうなっているのかと研究者たちがやっきになった。
そこで、ディケンズがやっと魔塔に出てきて説明した。
不正を防ぐために魔法陣を書き換えたこと、テロップが出ること。無許可で魔法陣を書き換えたことが問題視されたが、ではこれまでのような不正を見つける魔法陣が悪なのか?と聞かれて誰も否と言えなくなった。誰もコーエンの仲間だと思われたくなかったのだ。また、その書き換えた魔法陣を確認した研究者たちがそれぞれ技術と知識を褒めたのも大きい。
結果として、無許可で実行したことだけが咎められ、1年間研究費を削減されるということになった。
コーディはディケンズではなく自分が勝手にしたことと訴えようとしたが、ディケンズは黙らせた。師匠は、弟子の責務を一緒に負うものだ、と。
「気になるなら、どんどん面白い研究をしてワシを楽しませてくれ」
そんな風に言うのだから、本当に頭が上がらない。
さすがにカラックが魔塔に入れず文字の解除もできないのは不便だと訴えられ、魔塔の外壁の近くで不正を認めれば魔塔に入れるよう魔法陣を修正した。
頭上で文字が回る3人は全員、ぐずぐずしながらも最後には中央所属の研究者たちの前で自分の非を全面的に認め、謝罪した。
頭上の文字はなくなったが、彼らの立場もなくなった。
1人はその状況に耐えきれず魔塔を辞めて一次産業に従事するようになったが、カラックともう1人はなんとか踏ん張って魔塔に残った。そもそも、魔塔での研究以外に生き方を知らないのも大きいようだ。
どちらにしても、しばらくは肩身の狭い思いをするだろう。
それから数日経って、やっと魔塔全体の浮き立った空気も落ち着いたころ、ディケンズの研究室に客人がやってきた。
ジェイク・マキューである。
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