65 魔法青年は調査を依頼する
ジェイク・マキューはディケンズのことをよく知っているようだ。
「君に伝えるから、後でディケンズ先生に伝えておいてほしい」
と頼んできた。
いつディケンズの研究が一区切りつくかわからないので、その対応が正解だと思う。
そして聞いたのは、元コーエン派の研究者たちのほとんどをまとめ、新たにホリー派という派閥を作ることになったという話だった。魔塔にももちろん貢献するが、村への利益還元も視野に入れて活動する派閥だという。
マキューは、そのトップに立って役場とのやり取りもすることになるんだそうだ。
ずっと水面下で中心的に動いていたことから、そういう立場になったのだろう。さらりと美味しいところを持っていったが、そういった狡猾さは人として好ましい。
諸々の報告が終わったマキューは、コーディにいくつかの冊子のようなものを手渡した。
冊子は、外の複数の国で発行された新聞であった。国は違えど、使う言語はほぼ同じなのでコーディも読める。そこに、リーフレットが混ざっていた。
「新聞がこんなに。ありがとうございます。こちらは……『異界への嚮導〜その真実に迫る唯一の道〜』ですか。これはまた随分と」
―― あれじゃな、厨二病というやつだ。
黒っぽい背景に、白抜きの文字。その他の色味も全体的に黒っぽく、あとは赤と紫。過剰な装飾はないが、フォントも凝っているのにどこか垢抜けなくて、なんというか“俺が考えたスペシャルかっちょいいデザイン”みを感じる。
「いやいや、これくらいはね。あの魔法暴走防止の魔法陣を寄付してくれた功労者の希望だし、ある程度情報を絞って新聞を集めるくらいわけないさ。むしろ、この程度でいいのかというくらいだ」
笑って言うジェイク・マキューは、柔らかな空気をまとっている。
そこにはカーティスと似たものを感じる。当然、ただの優しい人ではないだろう。
「本当に助かります。僕では調べ方がわからなくて、もっと時間がかかったと思います」
「魔塔として外との繋がりはあるから、大したことはない。役に立つならいいんだが、しかしその宗教に興味があるのかい?」
柔らかな表情ながら、ジェイクはどこか冷たい視線でコーディを見た。その疑いは正当なものだとコーディも思った。
「魔塔でこの宗教に関してゴタゴタがあったのはご存じだと思います。そして、あの論文を書いた人が、ゴタゴタの中心になった人と前後して魔塔を辞めて、ホリー村からも出たと聞きました。辞めたうちの数人は、同じように村を去ったと。それが、怪しいと思ったんです」
「怪しい?魔塔を辞めて、国に帰るのは普通だと思うんだが」
「ただの直感のようなものです。前後に辞めた人が多すぎる気がして。勧誘に感化されて、一緒に辞めて宗教に入った人もいるのではないかと」
難しい顔をして聞いていたジェイクは、一応は納得したようだった。
「それで、あの宗教のことを知りたいと考えたわけか」
「はい。もし、魔塔で培った技術を宗教のために使われたら、それこそ酷いことになりかねません」
それを聞いて、ジェイクもコーディが何をしたいのか理解した。
「なるほど、あの魔獣誘導の魔法陣が使われたら、田舎の村などひとたまりもない。万が一大規模なものを都市で使われた日には……」
コーディは、その言葉にうなずいた。
「はい。それに、もしその魔法陣が戦争の道具などに使われたら、世界を巻き込んで滅びかねません」
「そのために、あの宗教の動向を知りたいわけだな。わかった。こちらももう少し調べておこう。それから、対抗する魔法陣の考案も進めてほしい。これはディケンズ先生にも頼みたいから、後で伝えておいてくれるかい?万が一があるなら、魔塔から各国へ対抗する魔法陣を提供したいからね」
「ありがとうございます。僕もがんばりますし、先生も今ちょうど取り組んでいらっしゃいますので」
ちらりとコーディが見た先には、いつもどおり集中するディケンズがいた。
話し終えたジェイクは、にこやかに去っていった。
集中が切れたディケンズにジェイクの依頼を伝えたところ、当然今進めていることだからと快諾してくれた。
「しかし、なぜそこまでこだわるんじゃ?」
「……実は、僕がまだプラーテンスの魔法学園にいたころ、もしかするとこの論文に書かれている魔獣を誘導する魔法陣が使われたかもしれないんです」
ジェイクには、まだそこまでの信頼はない。しかし、ディケンズになら言っても問題ないと思えるので、自分の疑惑を口に乗せた。
それを聞いて、ディケンズは息をのんだ。
当時の状況を詳しく話せば、なるほどとディケンズはうなずいた。
規模の小さなスタンピードで、妙な魔力を発する石があったこと。そして、膨大な魔力を保有しているロックドラゴンが石を壊したこと。
その石に、魔獣を動かした魔法陣があったのだろう。石のある場所から遠ざかる方向にスタンピードが起きたので、魔法陣がさらに改造されたのかもしれない。スタンピードというには数が少なかったことも鑑みれば、実験だった可能性もある。
「つまり、またどこかの国で同じことが起こるかもしれない、ということか……」
ディケンズがぽろりと零した言葉に、コーディは黙って頷いた。
記事やリーフレットを読んだ結果、表向きにはただの毛色の変わった新興宗教ということしかわからなかった。ただし、リーフレットで専属研究者の『期待の星』として紹介されている魔法使いの中に、元魔塔の研究員が数名いた。
魔獣誘導の魔法陣の研究者と、複数人で大きな魔法陣を使う手法を開発していた研究者、そしてホートリー。ほかにも、それなりに有用な研究をしていた人たちも引き込まれているようだった。
表に出てこない彼らの実態を調べたいと考えたものの、コーディにはとんといい案が浮かんでこなかった。
普通に調べたところで表面的なことしかわからないだろうし、そもそも魔塔にいるので彼らとの接触は難しい。魔塔としては異界への嚮導を排除する方向で動いたので、さすがに危険だと考えたのだろう、少なくとも信者は表立って存在しない。声を立てて信者を探せば、怪しまれるのはコーディである。
カーティスやジェイクに頼る手も考えたが、彼らも結局はホリー村に住んでいるのだ。
そしてふと、思い出した顔があった。
「そうか。蛇の道は蛇じゃ」
◆◇◆◇◆◇
その日、プラーテンス王都にある知る人ぞ知る闇ギルド『新月の裏』はパニックに陥った。
魔法陣で隠されているはずの応接室に、突如として姿もなく声だけが響いたからだ。
たまたまギルド長とその腹心が応接室にいたのだが、さすがに驚いて声を上げたため護衛やスタッフが駆け込んできた。姿はないのに聞いたことのある声だけが聞こえ、あわや阿鼻叫喚となるところでギルド長が大声でギルドの全員を制した。
「落ち着け!!……どういう方法か知らんが、魔塔へ行ったと聞いたからそれくらいはできるということだろう?タルコットさん」
『はい、すみません。急いでいたもので。先触れで手紙くらいお届けしておけばよかったですね』
それも多分、魔法で直接応接室に投げ込むのだろう。いずれにしてもこちらは混乱するに違いない。
あまりの無茶苦茶ぶりに、ギルド長は思わずため息をついた。
声だけのコーディの依頼は、情報収集だった。それも、聞いたことのない新興宗教の裏側のことだという。
「“異界への嚮導”ですか。このあたりではあまり聞きませんね」
『表向きは、魔法陣を突き詰めて異界とかいう場所へ行くことを教義としています。実際、魔塔の元研究員も数名所属しているそうです。ただ、どうも動きが不穏なので実態を知りたくて。具体的には、複数人で使う魔法陣と、魔獣を誘導する魔法陣を使ってどこに何をしようとしているのか知りたいんです』
以前学園の魔法実践のときに起こった妙なスタンピードにも関係するかもしれない、というコーディの話を聞いて、ギルド長の声が重くなった。
「……それはまた、穏やかではありませんねぇ」
『はい。ただ、1人では調べられる範囲も限られてしまうので。彼らはあちこちの国を移動しているらしく、拠点などはないようなんです。そこで、あなた方にお願いしたいと思いまして』
「無差別攻撃なら我々も無関係とはいえません。わかりました、承りましょう」
『ありがとうございます。少し面倒だと思いますが、調査費用はいかほどですか?』
「お急ぎですね?他国の闇ギルドも使いますので、そうですね……とりあえず金貨80枚、あとは追加がいくらかかかるとお考えください」
『わかりました。では、机から離れてください』
コーディが言ったとたん、机の上に革袋がどさりと現れた。どう見ても80枚の量ではない。
そこから少し話を詰め、一旦一週間で報告することになった。
料金が足りなければさらに追加するという。金払いのいいコーディは、ギルドにとっては優良顧客だ。話が終わってから、見えないとわかりつつギルド長は対面のソファに向かって軽く頭を下げた。
このところ国内の依頼しか受けていなかったので、久しぶりに大きく動くことになりそうだ。
ギルド長は、動かす人員と依頼する他国の闇ギルドを頭の中でピックアップしながら、金貨の詰まった重い袋を眺めた。
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