63 魔法青年が準備した通りに転がる人々

セルマ襲撃事件から7日後。

コーディは、迷いの樹海で捕らえていた3人を迎えに行った。


土でできた豆腐ハウスの中で、3人は疲れ切って伸びていた。

壁も天井も床も、魔法で強化しておいたので傷みはない。しかし、魔法でどうにかしようと働きかけた痕跡はあった。

床の魔法陣はほんのり魔力を整える程度なのでかなり辛いはずだが、彼らなりに頑張ったらしい。


あっさりと壁面を崩し、顔色一つ変えずに立っているコーディを見上げ、彼らは泣いて喜んだ。

どうやら、お仕置きはかなり効いたらしい。

小汚くはなっているが、問題はなさそうだ。やはり、魔力の乱れが負担になっているようである。


動けそうにないので、来たときと同じように風魔法で浮かせて引っ張ることにした。

流石に気になったので、浄化の魔法陣できれいにしてからだ。

豆腐ハウスはさくっと土に戻しておいた。


村へ向かう道中、村では対人の攻撃魔法が使えなくなったし、コーエンからの刺客は心配ない、という説明をすると、これまた泣いて喜んだ。

どうやら、閉じ込められている間に色々と最悪の想像をしていたらしい。

役場の牢屋に入れると言ったら、彼らはただ粛々と受け入れた。色々と証言してもらうことになると伝えても、諦めたように首を縦に振るだけであった。





◇◆◇◆◇◆





実行犯を牢屋にした次の日。

魔塔で一つの事件が起こった。


「では、君はこの論文に対してということだな?」

コーエンが、自分の派閥の研究者であるカラックに質問した。

カラックは、先日判定で却下された論文の一つに助言者として名前を載せていた。著者は中立派の研究者で、外から来ていて押しに弱い。しかしまぁ見られる研究をしているので、コーエン派の研究者たちが何度か名前を貸してやっていた。


コーエンの研究室に呼び出されたカラックは、派閥に入って長く、それなりにかわいがってやっている。

出身こそ開祖の血筋の傍系の端っこに名前がひっかかる程度ではあるが、開祖への理解は十分だ。コーエンを上に見ていて、態度もわきまえている。魔法もそこそこでき、子飼いにするにはちょうどよい相手だった。

そして、コーエンの質問に対して素直に頷いた。この場合の『正しい助言』とは、当然名前を貸して箔をつけさせてやるという意味である。

「はい、その通りです。いつもと同じように、私は論文がよりよくあるようしました」


その途端、魔塔からカラックの体に向かって魔力が発された。


突然光に包まれたカラックに驚き、コーエンは両腕で顔を隠して目を閉じた。しばらくして光が収まったとみて視線を向けたコーエンは、思わず目を見開いてカラックの頭上を凝視した。

そこには、ピカピカと光る文字が天使の輪のようになっており、しかも全方向から文字が読むためなのかくるくると回っていた。

コーディが見れば、きっと“丸いビルの広告のようだ”と思ったことだろう。


「……?コーエン先生、何がどうなっているんでしょう」

カラックからは見えないらしく、頭上を凝視するコーエンを訝しげに見た。

そのテロップの内容は、何もしていないカラックが強要し助言者として論文に名前を掲載させた、というものだった。


それを見たコーエンの弟子たちは、とんでもない言いがかりだと憤慨した。もちろん、カラックとコーエンもたちの悪いいたずらだと考えた。

そしてどうにか消せないかとカラックの頭上で手を振ったり、文字の部分を触ろうとしたり、ローブのフードを被ってみたりしたが、物理的な働きかけは一切効かなかった。

では魔法かと考えたものの、その仕組みは全くわからない。しかも、魔塔から魔力が発されていたような気がする、とこれまた弟子の一人が言った。確かにコーエンにもそう見えた。


魔塔の魔法ということは、始祖か開祖が開発した魔法ということだ。

そんな崇高で複雑な魔法に、子孫であるとはいえ対抗できるのだろうか。

否、できるわけがない。


そんな結論に達したコーエンたちは、ひとまず夜遅くまで待ってから、人目につかないようカラックを自室まで送り届けた。

カラックが研究員として魔塔に私室を持っていたのは幸いであった。

解決の糸口が見つかるまでは、病気だと誤魔化し、弟子に部屋の前まで食事を運んでもらうなどして人に見られないようにと指示した。


残りの二人にも同じような質問をしたところ、二人ともカラックと同じように答えて頭上に文字が浮かび上がった。

どんな魔法かは結局わからず、ただ同じことが繰り返されただけであった。



コーエンは魔塔筆頭クラスの研究者として弟子たちに研究をさせなければならないし、中央に所属しているため雑務もある。

それだけでも常に手を取られるというのに、信頼して使える人員は頭上に浮かんだ失礼極まりない文字をなんとかしてもらわないといけないので使えない。コーエン派の研究員ばかりだと知られれば何を言われるかわからないのだ。そして能力として次点となる研究員たちやその弟子は、ディケンズのことを頼むには信用できず、これまた使えない。

しかも、家に帰ったら帰ったで執事が食品を買うのに一苦労するだの酒を手に入れるのに渋られるだのグチグチと文句を言うのを黙らせる必要がある。始祖の直系の家に生まれながら魔法を少ししか使えないところを拾ってやったというのに、その主人に向かって愚痴を言うなどとんでもない恩知らずだ。



様々なことが重なりイライラを募らせていたところに、やっと朗報がもたらされた。

「魔法で作られた文字のようなので、強い魔力を込めた魔法をぶつけたら相殺されるかもしれません」

そう言ったのはそこそこ魔法陣を知っている研究員だったので、コーエンは実験を許可した。


比較的安全な魔法をと考え、水魔法をぶつけることになった。とはいえ、水球では身体を痛めるかもしれないのでシャワーのようなものにする。文字は触れないので、水魔法を通過させる。

頭上に文字が浮かんだままのカラックは、藁にもすがる気持ちで魔塔内の魔法実験室に立っていた。

そして、いざその魔法をカラックに使った途端、カラックの頭上に文字が増えた。


「は?」

「なんだ、これは」

そこにあった文字は、要するにこれ以上魔法で文字を消そうとすると一生消えず、さらにはカラックが魔塔に入れなくなると伝えていた。正しく消す方法は、論文判定の間で中央に所属する研究員全員の前に立ち、自分の非を認めて謝罪し、二度としないと誓うことだという。

ご丁寧に、ここで言う「非」とは、助言もしていないのに助言者として名前を書かせたことであると明記されていた。


コーエンは、口の端を歪めてふるふると震え、そしてブチ切れた。

「消せ!!その無礼で不遜な文字を消すんだ!!!今すぐだっ!!!!」

コーエンの剣幕に驚いた研究員は、カラックにもう一度水魔法を向けた。しかし、うっかりしていたのかシャワーではなく水球を勢い良く文字にかけてしまったのだ。


水球が文字のある場所を通ったとたん、カラックの姿は魔塔から消えた。

その場にいた研究員たちが慌てて魔塔中を探したが、カラックは見つからなかった。




ホリー村では、唐突に現れたカラックにみんなが混乱した。

そして彼の頭上で回る文字を見て、眉をひそめたりクスクス笑ったりしながら遠巻きに見た。

カラックも突然村に移動して驚き、ぼんやりと周りを見渡した。村人の視線が自分の頭上にあることに気づき、慌てて村にある自宅へと駆け込んだ。

しかし、カラックが論文の不正をしたという文字はその場にいた全員が見たし、鬱憤を溜めていた村人はその日のうちに友人知人に面白おかしくしゃべってまわった。なんなら、コーエンの指示なんじゃないかという尾ひれまでつけて広めていった。


コーエンたちが慌てて残りの二人にも同じような実験をすると、同じように文字が警告した。危険なのでそれ以上魔法を使わず、正しい解除方法しか無理なのだろうと結論づけたときには、すでに村中がコーエン派の醜聞でもちきりであった。

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