60 魔法青年は静かにやらかす
次の日、いつもより遅く部屋を出たコーディは、機嫌よく役場へ向かうカーティスと行きあった。軽く挨拶をしただけだが、とてもにこやかに声をかけてくれた。
ディケンズ夫妻はカーティス一家と仲が良いらしい。夫妻が滞在していることで、いつもよりカーティスの娘や孫たちが顔を見せてくれるのもうれしいと言っていた。
そんなカーティスと別れて、コーディはいつもどおり魔塔のディケンズ研究室へと向かった。
ホリー村は、村と呼んでいるがそれなりに広さがあり、人口も3,000人を超える集落である。その中で魔塔の研究員はおよそ200人。
村人は自給自足のため農業や畜産、各種製造業も担っているが、その元手は魔塔の稼ぎから出ている。なんなら、魔塔だけであればすべて外から手に入れることもできるが、村の全員に生活必需品をいき渡らせるのは大変なので自給自足の環境を整えたようなものだ。魔法というアドバンテージもあるので、研究員以外の住民から頼られる存在であることは確かだ。
プラーテンスでも強い魔法を使えるのが貴族の証のようなものだったし、そのあたりの価値観は似ているだろう。
しかし違いは当然ある。ホリー村の住人にとって、魔塔は外と繋がる唯一の生命線なのだ。
他の国でも、たしかに強い魔法を使える貴族は重要な存在ではあるが、日常生活は大多数の平民が支えているとして通常はそこまで無体なことはされないし、騎士や兵士・傭兵など防衛には平民も携わっている。そして最悪の場合は、住居を捨てて他の町や他の国に逃げてしまうという選択肢がある。元タルコット男爵領のような悪辣な環境の場所もなくはないが、平民を過度に虐げることは国に禁じられているのが普通である。
ホリー村はというと、外貨の獲得は魔塔任せ。魔獣からの防衛は村にある魔法陣が常時稼働で、たまに魔塔の研究員が樹海に出るだけのため村人はほぼノータッチ。日常の労働を提供しているため持ちつ持たれつのはずだが、前提として圧倒的な力の差がある。さらに、周りは迷いの樹海なので村人だけで外に出るのは自殺行為である。
逃げられない状態で、生命線を握られたらどうなるか。
今のように、ヒエラルキーができあがるのである。
優遇しろと言われれば優遇するしかないし、誰かを村八分にしろと命令されれば従うほかない。
そもそもが、
魔塔側は「何もできないやつらを養ってやってる」、村側は「押さえつけられていいように使われている」という考えが根底にあるようだ。表面的には穏やかなように見えたが、どちらかというと村人の我慢あってのものだったのだろう。
どちらも自立した別個の大人なのだ。研究員の一部だけのこととはいえ、魔法という圧倒的暴力で従えようとすれば反発があるのは当然だ。
ならば、その力のバランスを均してしまえばいい。
カーティスは、魔塔の要求をなんとか飲むという体で財布を握ることにしたようだ。
会計管理の外注は魔法契約にしてしまえば魔塔も文句を言えないだろう、と話したので、きっとカーティスは色々と思いついて動くことだろう。魔塔にある会計処理を認可する部屋では、内容の可否ではなく全会一致であるかどうかだけを判断しているそうなので、役場との契約で不正を許可しなければいい。そして役場が認可しないと各研究室へ予算を下ろさない、という契約にしてしまえば、魔塔の誰かが予算に口出しすることが難しくなる。
そのほかに、きちんと会計処理の手数料も取るように言った。仕事を外注するのだから、対価を払うのは当然のことである。
判定の魔法陣を書き換えて論文の寄生をできなくしたうえに、役場に圧力をかけて予算を増額することもできないようにするわけだ。
魔塔側も、『論文数や村への貢献度に応じて公正な予算を組む』と言われて否とは言えないはずである。ある意味、役場側からの不正も防げるので、魔塔で普通に研究している研究者にとってはありがたいことだ。
そこは役場がうまく
鬱憤が溜まった役場からの意趣返しになるので、役場にいるごく一部の魔塔びいきの人以外がのりのりで整えるはずだ。
金銭面からのバランスを取るのは、役場のカーティスたちに任せる。一応前世も含めて経済について知ってはいるが、やはり専門家がいるなら任せたほうが良い。
コーディが行うのは、ディケンズにも相談した魔法陣の開発だ。
1人で考えただけでは穴がある可能性があるので、ディケンズにも考えてもらっている。
魔塔とホリー村が、持ちつ持たれつで対等になり双方が見張りあえば、どちらかに我慢を強いることにはならない。
なるべく平等に、お互いに思いやりを持つのが、長く連れ添うコツなのだ。
自分の望みを叶えるだけではなく、相手の望みを叶えるだけでもなく。
とはいえ明らかに実力差がある。圧倒的な魔法という暴力で来られたら、村人は黙って耐えることになる。
だからコーディは、暴力を振るえない環境を作ることにした。
ホリー村全体に、防衛目的以外での物理的・精神的攻撃の魔法を人間に対して使えないようにする魔法陣を考えた。1つの魔法陣で村全体を覆うのは難しいので、複数個をあちこちに設置する必要がある。
対人の一方的攻撃魔法を禁じることで、研究者自身が身を守ることもできるし、万が一魔獣が村に入り込んできた場合にも対応できるようにしたのだ。
昼食も忘れる集中力で、1日で組み上げた。
「なるほど、防衛でない攻撃魔法に該当するものが発動したら分解してただの魔力に戻すのか。この部分が面白いな。分解するための魔力は攻撃魔法から持ってくるから、待機させておく魔力を村全体からちょっとばかりいただくと。この量なら皆の負担にもならないし、継続性も良さそうじゃ」
「もう、村全体で均一にした方がいいと思いまして。もちろん、魔塔は魔法を使えないと話にならないので省く予定です。また、メンテナンスを考えて元の魔法陣を魔塔と役場の両方で保管して、定期的に確認することで不正を防ぐようにしようかと。村には自警団の方がおられますし、見回りついでに確認すればそこまで負担にもならないでしょう」
魔塔で管理してしまうと不正もありうるので、そのメンテナンスは村にお願いするのが筋だと考えたのだ。
「そういう方向なら寄付という形で提供できそうだな。ワシは、単純に魔法を禁じるのでは不便だと思っての。魔法を判断する部分を考えてみた。相手が暴力を振るってきたとしても、人体を欠損させる威力の魔法はやり過ぎだと思ってな。色々と条件を考えたんだが、これならその魔法陣に組み込めそうだ」
そこから、詳細を確認しながら整えていった。本気を出したコーディとディケンズにより、わずか2日で完成した。
条件を色々と考えたために、魔法陣は直径1メートルほどの大きさになった。
今後のメンテナンスを考えて、木板に彫って墨で色付けする。墨はさすがに存在しなかったので作ることにした。とはいえ、作り方と材料を知っていれば木魔法と土魔法と火魔法の組み合わせでできる。
水魔法も合わせて墨汁にしてインク壺に入れたのだが、インクが経年劣化しないと知ってディケンズが欲しがった。書きつけた木板は劣化していくが、墨そのものはいわば燃焼の最終生成物なのでそれ以上劣化しないのである。
これは論文にするよりも作り方の技術登録をしようということになった。
複数の魔法を組み合わせる方法はまだ一般的ではないので、属性魔法を単体で使って原料を作るか物理的に用意するなど、作り方をまとめて登録する予定だ。
また、プチ切れたときに論文判定の魔法陣に追記したわけだが、そのときはかなりの集中力で描き込んでいた。描く、というよりぱぱぱっと印字されていた。
よく思い出せば水魔法の応用なのだが、無意識に印刷していたようだ。書き順通りの線を描くのではなく、レーザー印刷のように目線に沿って複数の文字を一度に描いていた。これもきちんと理論をまとめれば論文にできるだろう。
まだ色々な問題が山積みなので、まとめる時間がない。これらが終わって落ち着いてから、書きたい論文が山積みだ。
完成したその日のうちに、作り上げた魔法陣について、ディケンズと2人でカーティスに報告することにした。
そしてふと、忘れていたがカーティスに相談したかったことを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます