61 魔法青年のやらかしが這い寄る先
忘れていたのは、セルマを襲った犯人たちを生かして捕らえていることであった。
また忘れてしまう前にと、「黒幕に手を出されてはかなわないので、誰も行けないだろう場所にいるが、できれば村の施設のどこかに収監できないか」とカーティスに聞いた。
研究に集中しすぎて存在を忘れていたことは、個人的に一応内心で反省した。
「そいつらを見つけたのは、もしかして新しい魔法陣でも使ったのか?いや、細かいことは聞かないでおくよ。知らなければ答えようがない。そうだな、実行犯が消される可能性を考えて、俺が独断で指示したことにしよう」
驚き、一瞬剣呑な光を目に浮かべたカーティスは、しかしすぐに冷静になった。
役場として指示したことにした方が魔塔の介入も少ないだろうが、それにしても責任まで負ってくれるらしい。正直そこまで世話になるのは、とも思ったが、その分ほかで返すことにしようと心に決めた。
「ありがとうございます、お手数おかけします。そうですね、新しい魔法を使いました。まだ魔法陣を設置したばかりですし役場も落ち着きませんよね?いつごろ連れてくればいいでしょうか」
「そうだな、あと2日はほしい。魔法陣はもう大丈夫だろうから、次は経済的に追い詰める。奴らが混乱し始めたところで犯人たちを役場の地下牢に収監しよう。移動は夜のうちの方がいいだろうな。明日のうちに受け入れ態勢を整えておくよ」
妹に手を出したことを後悔してもらわないとな、というカーティスの殺気がにじむ独り言は聞き流した。
さらに、魔法暴走抑止の魔法陣(という名前にしておいた)は快く受け入れてくれた。こちらが本題で色々と説得が必要かと思っていたが、あっさり引き受けてくれた。
早速カーティスが役場で提案したところ、急いでくれたようで次の日には使用許可が出たと教えてくれた。
魔法陣は、村にいくつかある集会所などの公共施設に設置することになった。普段使用することのない屋根裏部屋や物置の奥など、役場で管理しやすい場所を選定するという。
「急がせなくても役場のメンバーが早く決議してくれた」と教えてくれたカーティスはとても良い笑顔だったので、きっとそれぞれに鬱憤を溜めていたのだろう。
そうしてひっそりコーディがやらかしたり環境を整えたりした結果、コーエンたちはあっという間に転がり落ちていくことになった。
◆◇◆◇◆◇
「では、決議を取りましょう。今回認可する論文は、こちらの5本でよろしいですね?」
議長がそう言うと、その論文決議の間にいる中央所属の研究員たちは一様に頷いた。
月に数回行われる論文決議であるが、今回認可しなかった論文はディケンズが提出したもの1本である。
コーエンは、満足そうに口の端をゆがめた。
「では、皆様こちらにお願いいたします」
13人いる中央所属の研究員たちは、いつものように部屋の中央へと集まった。天井に描かれた魔法陣の真下に立ち、議長が手に持つ論文について魔法陣に許可を得れば終了である。
可否はわかりやすく、許可する論文は浮いていって魔法陣に吸い込まれ、否認するものは浮いたあと床に落とされる。しかし、コーエンは否認された論文などこれまで見たことがない。全員、論文が吸い込まれるのをいつもの風景として感動もなく見守っていた。
すると。
べちぼとばさっ!
音を立てて、3本の論文が床に叩き落とされた。
あとの2本は魔法陣に吸い込まれたので、捨てるように落とされた論文は否認されたのだろう。
いつもと違う現象に、13人の研究者たちは唖然と足元に落ちた論文を見下ろした。
しばらくして、議長が気を取り直して論文を拾い上げた。
「め、めずらしいこともあるものですねぇ。いや、私は初めて見ましたよ」
「私も初めてのことですなぁ。しかも3本とは。なにか同じような間違いをしていたんですかね」
「不正、とありますな。こういう表示が出るとは知りませんでした」
そう言いながら、コーエンはちらりと拒否された論文の著者を確認した。表紙には、でかでかと赤いインクで“不正”の文字が書かれていた。
パッと見た限り交流もなさそうなバラバラの研究室から出されたものであった。論文の内容も、大まかには魔法陣の研究であるが、分野はまったく違う。
コーエンも確認したが、一切繋がりはなさそうであった。
―― いや、これは?
コーエンは、共同研究者や監督、助言者などに書かれた名前に見覚えがあって眉を寄せた。
そのどれもが、コーエン派の研究員だったのである。
ともかく、結果は絶対だ。
落とされた論文は差し戻すことになり、不正の内容を正してから再提出するよう通達することになった。
疑惑こそあれ、コーエンはそれを口に出すことはできない。名前を載せていた研究者に声をかけて、確認する程度だろう。
原因がはっきりしないので、コーエンはモヤモヤとしたものを抱えて自分の研究室へと戻った。
自分の大きな机を前にして、コーエンは腕をついて立っていた。
この研究室には弟子が8人いて、全員開祖の子孫である。それぞれコーエンのものより一回り小さな机に向かって座っており、本を広げたり何かを書いたりと研究を続けているようだ。
それがあまり実にならないことは、コーエンも現実として受け止めていた。そもそも、根幹の研究がそうほいほい結果を出せるわけがないのだ。
だから、微細な研究をしているやつらの功績をちょっとばかり拝借して研究費をもってくるよう指南した。
これまではそれで何も問題なかったし、何なら開祖の名前を貸すことで相手の論文に箔をつけてやった。つまり両得な方法のはずだ。実際、多少文句はあったが大きな反発はなかった。
それなのに、なぜ突然論文が否認されたのか。覚えている限り、承認された2本の論文はレルカン派の論文で、どちらにもコーエン派の研究者は関わっていなかった。
きっかけは不明だが、コーエン派の研究員が名前を貸してやった論文がすべて拒否されたことは変わらない。
不機嫌な顔で、原因を誰かに探らせようと考えていたところに、来客があった。
「おぉ、マキュー先生。あちらの応接室で話を聞きましょうか」
「お邪魔いたします。えぇ、お願いいたします」
マキューには先日、過去の使えそうな魔法陣を教えた。どうにかディケンズとタルコットに制裁を下そうと計画したのだ。
詳細はマキューに任せたが、きっとその経過報告だろう。
弟子の一人が紅茶を淹れて応接室のドアを閉めたので、コーエンは早速話を切り出した。
「それで、どこまで進んだ?」
「えぇ、例の論文の検証ですが、まぁおおよそ使えなくはない理論です。ただ、魔法陣の肝心な部分が書かれていませんでしたので、そのあたりはこれから考える必要があります」
「なに?続きはなかったのか?」
マキューの返答が思ったとおりではなく、コーエンは眉をひそめた。
「まずは理論をまとめて、次に実験結果として根幹部分を発表する予定だったようです。しかし、その前に著者は魔塔を去ってしまったんですよ」
「なんだと……?論文を書き上げもせずに立ち去るとは」
「どうやら、あのはた迷惑なホーリスの被害者だったようですな。そのごたごたが片付く直前に辞めたようです。まぁ、多少時間はかかりますが、根幹部分を作ることは可能でしょう」
のんきに答えるマキューは、どうやら急ぐつもりがないようだ。しかし、コーエンとしては数日のうちに行動してほしいのである。
「数日で形にならんか?向こうも気づいて対策してくるだろう」
「そうは言われましてもねぇ。なにせ、ディケンズは夫婦であの憎きカーティスの家に転がり込んでしまって出てきません。弟子の方はどうやら腕に覚えがあるらしくて、迷いの樹海にもしょっちゅう出入りしていますし、ちょっと手出しするのはどうかと思いますよ。まずは、準備を整えることが重要です。コーエン先生としても、確実な方がいいでしょう?流石に数日では無理ですね」
飄々と言ってのけるマキューは、コーエン派の中ではわりと応用的な魔法陣の研究をしていて、論文もコンスタントに出している。彼のグループは名前を貸すことなく論文数を稼いでいることから、実力があって開祖の血筋の直系でもあるため、あまり強くは言えない。
使える駒ではあるのだが、ことあるごとにイラッとさせられる。
「それでは時間がかかりそうだな。仕方あるまい。しかし、とにかく急ぐように」
「えぇ、もちろんそのつもりですよ」
柔らかく微笑んだマキューは、冷めた紅茶に手を付けることなく去っていった。
屋敷に戻ったコーエンは、執事に指示したおいた村での嫌がらせの結果を報告させた。
たとえディケンズ夫妻に直接関わらなくても、セルマの兄夫婦に仕返しできれば、少しは溜飲が下がるというものだ。
たかが村役場のご意見爺など、コーエンほどの権力者が言えば買い物もろくにできなくなるだろうし村八分にもできる。大きな魔法を使える魔法使いは、ただの村人とは実力が違う。そのあたりをちょっと匂わせれば、だいたいの村人は思い通りに動かせるのだ。
「それが……申し訳ありません。村人どもが言うことを聞かないのです。コーエン様のお名前を出しても依頼を了承しないどころか、食料品も売り渋られました。多少握らせて購入してまいりましたが、理由がまったくわかりません」
「なんだと?たかが村人が、この私に楯突いたのか?……っくそがっ!!」
眉間の皺を深くしたコーエンは、ひたひたと忍び寄るような冷たい予感を振り払うように手の中のグラスを壁に叩きつけた。
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