59 魔法青年は外堀を埋める
論文に関しての寄生はできないようにした。不正できないようにすれば、それだけで大した研究をしていない者は落ちていくはずだ。
もう一手ほしいところが、できれば物理でない方法が良い。
「兄に?えぇ、もちろん」
魔塔の論文判定の魔法陣を書き換えた日の夕方、コーディはディケンズ夫妻のもとを訪れていた。
ディケンズたちはセルマの兄夫妻の家に避難していたので、訪問したのはセルマの兄の家である。
セルマの兄であるカーティス・マキューは、村の役場に勤めているそうだ。
しかも、聞けば開祖の血筋の傍系にあたり、役場では副村長に就任しているという。さすがにそろそろ引退の時期なので実働は少ないが、顧問のような立ち位置だと聞いた。
まずは村の状況を知りたいと考えたコーディは、カーティスと話したいと頼んでみた。
村までが開祖至上主義であれば、派閥に関わらない方法を考えるべきかもしれない。関わらざるを得ないような状況なら、最新鋭の研究はできないし時間もかかるかもしれないが、魔塔を去って個人で研究しても良いだろう。
魔塔の研究環境は素晴らしいが、それが脅かされるなら自由な研究を選びたい。
コーディは、仙人でいうところの天上真人を目指したいのであって、魔法使いの中で皆を従えたいわけではない。
「たしかに俺達は開祖から始まっていて歴史があるし、それを誇りにも思っている。家系図を持っていて、代々書き加えていっているくらいだ。だけど魔塔にいる開祖狂いはなぁ。魔力の少ない俺達を見下しているし、外から来た魔法使いも見下しているし、大して魔法を発展させるわけでもないのに声だけはでかい。腐っても魔法使いだから、強く言えない部分もあってな」
「そうだったんですね」
役場の仕事から帰ったカーティスにコーエンたちのことを聞いてみると、エールを片手に晩酌しながら答えてくれた。みごとな眉間の皺つきである。
どうやら、ホリー村の中でも彼らは鼻つまみものらしい。
開祖の血をひいていようとも、魔力がそこまで多くないために研究者に向かない者は少なくない。そういった人たちを見下しては「できそこない」と吐き捨てたり、魔法をひけらかして自慢したりと、子どもの頃からコーエンたちは魔力の少ないメンバーを抑えつけていたという。
威力の強い魔法を使える相手に逆らっても怪我をするだけなので、カーティスたちは常に我慢を強いられていたそうだ。しかも、親たちがこぞって魔力の強い子だけを優遇して特別扱いしたもので、よりその溝が広がった。そして、緩やかになったとはいえいまだに子育てはそういった傾向にあるようだ。
「最近は、役場に魔塔の会計係をしろと言いだしたから断ろうとしているところだ。魔塔では会計関係も中央が決定するから研究以外の仕事が煩わしいのだろうが、それを役場に押し付けられても困る。そもそも、細かい数字は事務方が調整しているから大した手間でもないはずだ。いっそご自慢の魔法でどうにかすればいいのに。自分たちのことなのに仕事もせずにえらそうにふんぞり返っているだけだなんて、業腹だからこちらとしては受け入れ難い」
吐き出すように言った言葉を聞いたコーディは、ぱちくりと瞬きした。
「えっと、中央が決済権を持っていて、最終確認で承認するのは魔塔で行わないといけないんですよね?」
「あぁ。論文の判定と似たような部屋で、部屋や予算の割り振りを決定する場所があると聞いている。人数が増えてから作られたそうだが、記録が残るおかげで魔塔では金に関しては後から言った言わないのやりとりがないらしい。決済の最終確認の計算や予算の割り振りなんかは、中央に所属している研究者が持ち回りでしているそうだ」
確かに、研究だけをしたい研究者にとっては煩わしい仕事だ。しかし、金銭の管理は組織として重要な部分だと思うのだが、折衝や計算などせずに最後の承認だけポンとしたい、ということだろうか。とにかく楽をしたいから、そうだ役場にやらせよう、と思いついたのだろうか。
いずれにしても、はた迷惑な話だ。
「最後の承認だけ魔塔でするから、細かい部分は全部役場で、ということですかね?」
「そうらしい。外とのやり取りは基本的に村が公式に行っているから、魔塔の予算は村から出ている形だ。魔塔として金を受け取った後くらいは、自分たちで分配して管理するのが当然じゃないか?」
エールのカップを傾けるカーティスは、思い出したのか渋い顔をして首を左右に振った。
「研究以外の仕事を外注したいという考えはわかりますけど、どちらかというと権力を持っていたいはずなのに財布は握られたいんですね」
「財布……ははは!そうだな。そりゃあいい。俺達が財布を握ったらあいつらの自由がなくなるだろうな」
同席していたディケンズも、一緒になって笑っていた。その後、いい笑顔になったカーティスは、なぜだかコーディにお礼を言った。
そろそろ帰ろうという時間になって、コーディはディケンズにちょっとした研究に関して相談した。
それを聞いたディケンズは、魔塔に行かなくて暇だし自分も考えてみよう、と楽しそうに答えた。
二人とも、そこはかとなくにやにやと笑っていた。
◆◇◆◇◆◇
コーエンは、酒が入ったままのグラスを壁に投げつけた。
そのすぐ横に立っていた執事は、ぴくりと反応しただけですぐに飛び散ったグラスと酒を片付け始めた。
「どいつもこいつも!使えないやつばかりだな!!」
コーディがホートリーの提案を蹴って失礼なことをしたと聞き、ちょうどいいと考えて手を回したのにすべてのらりくらりと躱された。ディケンズたちへの嫌がらせも空振りに終わり、それなら魔法をあまり使えない妻を襲撃しろと言ったのに失敗し、ディケンズ本人も村の親戚の家に逃げ込んでしまい手を出せなくなった。
「しかも、タルコットの出身国はプラーテンスだと?何にも意味がないではないか!!」
それならコーディの祖国への輸出などを取りやめてやろうと思ったら、現状取り引きがなかった。コーエン自身は指示しただけとはいえ、まったくの徒労である。
イライラと貧乏ゆすりをしながら、執事が掃除するのを眺めていたコーエンは、別の酒を持ってくるよう執事に告げた。
「そういえば、辞めたヤツが面白い研究をしていたな。あれを使わせるか」
一人部屋で呟いたコーエンは、計画を練りだした。ある程度考えたら、細かいところは執事に丸投げするのである。
ゼロを1にするのが崇高な自分の仕事である、とコーエンは認識していた。だから、2以降は下々の者が工夫して実現すればいいのだ。
別の酒を持ってきた執事に向かって、コーエンは今度は機嫌よく口を開いた。
「ジェイク・マキューに直接動いてもらう。あいつなら、村役場に親戚がいるし、万が一失敗してもごまかせるだろう」
ジェイク・マキューは、コーエンに言わせればそこそこ使えるコマである。
「ディケンズ氏の奥方は、マキューの出では?」
「その女は、マキューの傍系らしいな。血縁が副村長だがあれは名誉職だ。ジェイク・マキューは副村長の従兄弟だが、そいつよりもジェイクの甥が現場にいるから色々と動けて役立つはずだ。それに、ジェイクは副村長を嫌いらしいからちょうどいい」
一転して機嫌をなおし、カラン、とグラスを傾けたコーエンに、執事は黙って同意してみせた。
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