58 魔法青年は無言実行
コーディは、ホリー村を出て迷いの樹海の中にいた。
木々の向こうには、赤い岩がちらりと見えている。
「うぅ……」
「むぅ」
「……」
風魔法で浮かせて引っ張ってきたのは3人の気絶した男たち。地面に転がした彼らを前に、コーディは一つ息を吐き、魔法を展開した。
ここは簡単に、土魔法を使う。
できあがったのは、男たちを取り囲む土の四角い家。某ゲームでいうところの豆腐ハウスである。ちなみに、上部に空気穴代わりのスリット窓は複数あるがドアはない。
このあたりは赤い岩の遺跡の影響で魔力が乱れきっており、魔獣も近づかない。当然、転がされた彼らも影響を受けて外に出ることはかなわないだろう。そして、その豆腐ハウスの床の中央に、ほんの少し魔力を整える魔法陣を描いた。
強烈な魔力酔い。そして木々の向こうに魔塔が見えるのでここは確実に迷いの樹海。凶暴な魔獣に怯え、魔力酔いに晒され、しかし魔法陣の中ならなんとか過ごせる。
彼らは、助けが来るまではここにいるしかなくなるだろう。
とはいえ、コーディも長引かせるつもりはない。
せいぜいが数日程度なので、なんとかなるはずだ。ついでに、壁の内側に『ここから遠ざかると魔獣が出るが、このあたりにはいない』『7日経つまでに迎えに来る』『水は瓶の中』『食べ物は壺の中』とメモ書きをしておいた。
別に殺すつもりはないのだ。
ただ、コーエンたちが混乱して彼らに手を出せなくなるまで誰にも見つからずに隔離しておきたい。
ホリー村の中でそれができる場所に心当たりがないので、魔塔の研究者すら嫌厭する赤い岩の遺跡の近くを選んだ。
ここなら、水と食べ物があって意識さえ保てれば、なんとか生存できるだろう。大人としての尊厳を傷つけるのは本位ではないので、ちゃんと空間を区切ってオマルも置いておいた。
それでも無理やり逃げた場合まで責任は取れない。
コーディにとって、トカゲのしっぽ切りされるであろう彼らはどちらかというと保護対象だ。きちんと後で誰に何をしろと言われたか証言してもらう必要がある。
もちろん、犯した罪は償わなくてはならない。しかし、彼らの犯罪はコーディとディケンズによって阻止された。つまり、結果としては未遂なので刑罰は軽くなるはずだ。
それではコーディとしては納得がいかない。
特に魔塔の研究者には甘い裁定が行われがちのようなので、隔離して黒幕による口封じから守るという体を取って、豆腐ハウスに監禁することにした。本当に来るかどうかわからない助けを待ちながら、魔獣の影に怯え、魔力酔いに晒され続ける。セルマ夫人を狙ったことについては、それを数日続けることで手打ちにすることにした。
圧倒的な暴力に怯えて、自分のしたことを悔いてもらいたい。
コーディは、もう一度周りに魔獣が一体もいないことを確認してから、魔塔に向かって全速力で駆けた。
魔塔に帰ってきたコーディは、そのままレルカンの研究室へ向かった。
そして、もう一度論文の判定部屋の魔法陣を確認したいと申し出た。
ギユメットはいなかったため、鍵だけ借り受けた。随分と信頼されたものである。
快く貸してくれたレルカン研究室に、ロックベアの素材を差し入れた。ちょうど誰かが欲しい素材だったらしく、随分と喜ばれた。
そうして一見冷静なコーディは、いつもどおり軽く会話した後、すぐに判定する部屋へ向かった。
静かに1人でその部屋に入り、内側から鍵をかけた。今日は使わないとレルカンに確認したので、別に誰も来ないはずだが、うっかりで邪魔はされたくない。
コーディは、ここまで作ってきた柔らかな笑顔をストンと消した。
天井には、オリジナル文字をふんだんに使った魔法陣。
目を細めてその魔法陣を睨みつけたコーディは、すい、と指を天井に向けた。そして、魔法陣に追記し始めた。
著者はその魔法の内容を研究してまとめた者。共著は一緒に研究した者。監督は研究にあたり指導した者。指導まではいかずとも、助言してくれた者は助言者。
魔塔全体に働きかけて記憶を蓄積し、研究に関わったかどうかを判断するようにした。人的な不正は、「研究していないのに名前を載せることを要請・強要した者」「相手に無許可で名前を載せた・載せさせた者」と設定。研究内容は、結果の虚偽はもちろん、都合の良い結果だけをまとめた場合、検証が不十分な場合などに差し戻す形にした。
不正はすべて差し戻しだ。研究内容の間違いは、故意でない場合もあるし、不正してでも論文を書いた人には研究をやり直すことが罰のようなものなのでそれで良しとした。
ついでに、人的な不正を強要した者には、頭上に文字が浮かぶようにしてやった。これは水魔法と土魔法の応用で、本人の魔力を少し拝借して発現するようにした。浮かぶ文字は、不正の内容だ。
「私は〇〇の論文に関わっていないのに、成果が出ていると見せかけるために自分の名前を著者に入れるよう強要しました」
「私は□□の論文に箔をつけたいがために、△△さんの名前を勝手に監督として載せました」
といった、具体的なものである。
後者のような勝手に名前を拝借する不正はあまりないだろうが、一応可能性があるので追加しておいた。
プライドだけが高い輩には、目に見える罰が一番だ。
ちなみにそれに本人が反論すると、自動録画した決定的場面が自動再生される。
解除方法は、この部屋に来て、中央の研究者全員の前で不正を認めることである。中央に関わる研究者が不正した場合は、中央での権限を剥奪しないと効果を発揮しない形だ。
実力があれば無理やり解除できる可能性はある。そのため、正規の手順で解除した場合以外は、物理的に魔塔に入れないよう細工した。魔塔の方で制御するので、本人にはどうしようもない。そうなったら、数日ならごまかせるが長期的にはバレるだろう。
後々メンテナンスできなければ遺物になってしまうので、オリジナルの文字はこれ以上使わない。しかし簡単に書き換えられることのないよう、無関係な言葉もあちこちに散らした。そして、たとえば不正判定の部分だけを書き換えようとしてもすぐに自動修復するようにした。
ディケンズなら多少時間はかかるが書き換えられるだろう。だが、同じレベルの研究者にとってはこの不正判断は一切邪魔にならないので、書き換える理由がない。
「魔塔で認可された論文である」と偽証することはできるが、これは問い合わせれば簡単に真偽がわかる。魔塔には発表論文のデータベースがあるのだ。
どちらかというと魔塔の中の問題ではないので、今は手をつけない。
今必要なのは、実力もないのに魔塔を支配しようとする者を潰すことだ。
理論はこの2日で組み上げていたので、書き換えはものの5分で済んだ。
「コーエンも、暗躍よりも研究をすればいいのにのぅ。政治がしたければそちらに行くべきじゃ。いっそ、ホリー村の政治家にでもなればいいんじゃよ。誰が支持するか知らんがの」
コーディは、たちの悪いことに冷静に切れていた。
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