53 魔法青年は井の中の蛙と出会う
ディケンズは、魔塔では一匹狼のような立ち位置で、ほかの研究室との交流は持っていないようであった。
魔塔から赤い岩の遺跡調査や論文の推敲といった依頼があれば対応しているようだが、それだけらしい。だから、コーエンやレルカンのような、魔塔で大きな派閥を作っている研究者のことは名前を知っているだけではないかと考えていた。
「あぁ、コーエンはこのホリー村の出身じゃよ。どうも血統主義でな。あくまでホリー村に初期からいる、開祖と呼ばれている魔法使いたちの子孫こそが至上と考えている。彼らが魔塔を支配し、魔法陣研究の先端にいて、国を超えて世界中の魔法をも先導すべきだとな。レルカンは、他国の魔力の高い貴族こそが至上だと考えている。開祖主義から見れば実力主義のようなものじゃが、まぁ貴族主義じゃの。レルカンたちは、尊い血筋で力のある魔法使いこそが魔塔を支配すべきだと考えているようだ。どちらも派閥を大きくしようとして、よく衝突しているぞ」
意外なことに、ディケンズは魔塔の派閥についてわりと知っていた。
「そうなんですね。ギユメットさんに少し聞いてはいましたが、全然知りませんでした」
思わず感心してしまった。
「ワシよりも、コーディの方がよっぽど魔法以外に無関心じゃなぁ」
「そうでしょうか?なんというか、実感がわかなくて……」
そう言われて、コーディは若干思い当たるフシがあったためとぼけてみた。それを分かっているらしいディケンズは苦笑した。
「レルカンの派閥の研究室もめんどうだが、外から来た魔法使いに対してそこまで過激ではない。人数だけなら魔塔で一番多いし、ワシもいまだに声をかけられるがの」
「ギユメットさんには、確かに研究室にこないかと声をかけられました。でもそこまで強く言われませんでしたね」
正確には言わせていないのだが、結果は同じである。
「確か、レルカンのところの若造じゃな。そろそろ自分の研究室を持つ頃か。魔法陣にのめり込んでいたと記憶しているが、まぁ交流を持っておいて損はないだろう」
「そうですね」
「しかしな、コーエンの派閥にいる研究者はちょっと避けておけ。付き合っても気分がよくないし、研究の意味でも大して学びもない。魔塔の開祖のことを知りたいなら、図書館の本を読んだ方がいいだろう。コーエンの派閥の者に聞いた日には、尾ひれはひれに過剰な装飾品までついてきて、過去の事実がさっぱりわからん称賛話で終わってしまうだろうからな」
ディケンズも結構ひどい評価をする。うっかりか故意かわからないが、言葉にするほどなので研究室としては一歩落ちるか、ディケンズの興味が惹かれない内容なのだろう。しかし開祖のことは少し気になる。
「派閥はどうやって見分けるんですか?」
「見分けはつかんよ。あえて言うなら、レルカンの派閥に所属している者たちは見た目格好や所作が整っていることが多いくらいじゃな。なんにせよ、適当にあしらうのが一番マシじゃよ」
それはまさにフラグであった。
◆◇◆◇◆◇
図書館という場所は、様々な研究者が来る場所である。
だからこそ、そのうちこういった出会いがあるだろうとは思っていた。
「お前、あのときの!」
「え?」
ふと思い出すと気になって、ブルーノ・ホーリスが辞めた前後に一緒に辞めたらしい研究者たちの論文を探していたときに突然声をかけられた。魔獣に関する論文やら、複数人数で魔法を行使する方法やら、なかなか興味深い。
振り返ると、それなりに若い印象の男性研究員がいた。
どこかで見たような気はするが、ちゃんと覚えてはいないのでホリー村で見かけたのかもしれない。とりあえずは魔塔の先輩なのだろう、とコーディは会釈した。
「覚えていなくて申し訳ありません。なにぶんほとんど研究室と図書館にいるだけなので、先輩方のことはほとんど知らないのです」
「ぐっ……俺は、ブレント・ホートリーだ。名前は聞かなかったから知らないだろうがな。ホリー村では200年続く家の者だ」
胸を張っていうその姿に、コーディはふと思い出した記憶があった。
「僕は、コーディ・タルコットです。もしかして、初めて魔塔に来た日にゲートで声をかけてこられた方ですか?」
「そうだ!あのときは随分と適当な返答のガキだと思ったが、まぁ、魔塔にはすんなり入れたようだな。いやまて、タルコットだと?この間なにかの論文を出していたな。外から来たにしては見どころがある」
「はぁ」
上から目線で随分な言いようだが、まさかギユメットと同じように勧誘でもしようというのだろか。
「よし、やはりお前は我々の役に立つべきだ。俺ならコーエン先生の弟子だから、十分お前も貢献できるぞ。次の論文では俺の名前を共同研究者のところに入れておけ」
勧誘の方がマシだった。
「一緒に研究されるんですか?」
それでも、誤解という可能性もなくはない。コーディは一応ホートリーに聞いてみた。
「はぁ?なぜそんな面倒なことをするんだ。いいか?魔塔での先端の研究成果は開祖の血筋が関わっているべきなんだ。俺が関わっていれば他の開祖の子孫からの横入りはないんだぞ?おれは開祖の中でも最初期の3名の血筋だからな」
不思議そうにそう言ったホートリーは、疑念など一切持っていないらしい。本気で研究の成果には開祖が関わるべきだと思っており、それは単純に論文に名前があるだけでいいと考えているようだ。
利己的で自分勝手な理論に、コーディはポカンと彼を見つめた。
「あの、開祖って一体なんですか?」
あまりに理解できなかったので、思わずほかに気になったことを質問してしまった。一応ディケンズに聞いてはいたものの、もしかすると知らない何かが血筋に関係して存在するのかと思ったのだ。
すると、ホートリーは呆れた視線をコーディによこした。
「開祖を知らないのか?やはり外から来た魔法使いはもの知らずだな。この魔塔を建てたのが始祖の魔法使い、それから約20年の間に魔塔に逃れてきた魔法使いたちが開祖だ。彼らは魔法を研究しながら魔塔での生活環境を整え、ホリー村を作った。外の国との関係を整えたのも開祖の子孫だし、村を運営しているのも当然開祖の血筋の者たちだ。その後の魔塔の発展を支えてきたのも開祖とその子孫たち。これまでも、これからも同じように開祖の子孫が中心になっていくのだ。わかるか?すべては開祖の血筋が支配していくんだよ」
井の中の蛙っぷりがすごい。
もちろん魔塔で開発される魔法技術やその研究力は素晴らしいものだ。しかしそれはこの大陸中から優秀な魔法使いが集まってくるからであって、開祖の子孫だけが優秀だからというわけではない。
論文は発表しているだろうが、ホートリーが要求したように名前だけ入れている可能性を考えれば、本来の著者がいったい何人いるのか。
ギユメットにちらりと探りを入れたときには、少なくとも彼の周りでは名前だけ入れるような研究者はいないらしかった。もっとも、取り込んだら派閥の成果とするようだし、出身国の力が強い方が発言力が強かったり、同じ出身国でも身分によって扱いが違ったりはするらしい。研究成果を国とやり取りしている分、外の状況も知っているだろう。それはそれで、出身国とズブズブじゃないかと思わないでもないが、少なくともレルカンの派閥はそれなりに研究に向き合っている。
コーディは、目の前でまだぐだぐだと聞くに耐えない持論を展開しているホートリーを温度のない目で見つめた。
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