54 魔法少年は寄生は回避する
「――だから、やはり俺達開祖の子孫は至高なのだ。それなのに奴らときたら偉そうに!」
ホートリーは、開祖自慢からレルカン派の批判へと話題を移していた。
その間、コーディはろくに相槌も打っていない。
「利益を出している?それがどうした!1つの研究あたりの取引額など我々と大差ないんだぞ。ただ数が多いだけ!しかも、すぐに商品化するような末端の活用ばかりしやがって。我々のように、もっと根本的で崇高な研究など一切していないではないか。外での身分を笠に着て威張り散らし、小手先の技術で金儲けばかり。そんな奴らを同じ研究者だなどと思いたくもない」
研究内容は興味や好みの問題だろう。そして眉を釣り上げているが、その真意をまとめると『羨ましい』になる気がする。
力のある故郷があって、敬われる身分があって、金儲けができて。
それを口に出せば、きっとホートリーは憤死するだろう。
こういったコンプレックスの塊に事実を突きつけるような可哀想なことをしてはいけない。
さてどう話を切り上げようかと思ったとき、ホートリーの矛先はコーディに戻ってきた。
「お前だって研究者として第一人者でありたいだろう?魔塔で第一人者になるには、やはり開祖の血筋の関与が必要なんだ。知らなかったこれまでの分は仕方がないから、次からは俺の名前を入れるように」
「……僕の研究に興味がおありですか?」
「興味?何を言っているんだ。魔法に関することは開祖が関わるべきだからそう助言してやっているだけだぞ。お前のようなガキには難しい話か?そういえば、ディケンズのところに来たガキが全属性使えるとかなんとか噂があったな。まぁ尾ひれがついてそうなったんだろうが、それにしても外から来たくせに魔法が飛び抜けて優秀だと評価されるなんて生意気な」
今度はコーディの魔法について文句を言いたいらしい。全属性というか、属性という枠を超えて魔法を使えるだけなのだが、そのあたりを説明したところでホートリーは理解できないかもしれない。
「我々開祖の子孫が魔塔のトップに君臨すべきなのだ。お前風情がちょっと魔法を使えるからといって調
子に乗るなよ」
自分で言い始めておいてイライラしだしたホートリーは図書館の入口に立っているので、適当にすり抜けることもできない。かといって彼の主張を聞き入れるつもりはないし、道理を説く義理もない。
正直に言えばもはやめんどくさい。
「ディケンズ先生にも相談したいですし、一旦帰っていいですか?」
「なぜ相談する必要がある?弟子とはいえ成人済みの大人だろう。それくらいの判断は自分でできるはずだ。ちょっと論文の著者に俺を付け加えるだけで全部の問題が解決すると教えてやっているのに、なぜ理解しない?」
むしろ問題を持ち込まれているから躱したいだけなのだが、ホートリー自身は当然の要求をしているつもりのようだ。
「ですが――」
「ぐだぐだと反論するな!ガキはガキらしく大人の言うとおりにしていればいいんだ!」
言うことを聞かないコーディに焦れたのか、ホートリーは怒鳴りだした。成人済みの大人と言った端からガキ扱いとは矛盾しすぎである。
「人が親切にしてやればつけあがりやがって!いいか?魔塔は開祖の子孫のものだ!お前たちは俺達の言うことを聞いていればいいんだ!わかったか?!どうしても言うことを聞けないというなら、聞けるようにしてやるよ!」
「っ、何をするつもりですか」
「はははっ!やっと焦ったか!お前の国はどこか知らんが、取り引きをすべて取りやめてやる!それからそうだな、あぁ!ディケンズだ!奴の論文を発表できなくしてやろう!中央にはコーエン先生もいるからな。俺が一言添えるだけで簡単に排除できるだろう!」
プラーテンスと魔塔とは現時点で取り引きがないので、その脅しの効力はゼロだ。しかしディケンズに対しての発言は看過できないものである。
眉をひそめたコーディを見て、ホートリーは楽しそうに顔を歪めた。
「ほら!そんな恩を仇で返すようなことはしたくないだろう?俺の言うことを聞けば論文が握りつぶされるようなことには――っ?!!!!」
―― いいかげんにせんか。
あまりに苛ついたので、コーディは思わず純粋な魔力を溢れさせた。
その場にぶわりと膨らんだ濃密な魔力の圧に、ホートリーは言葉を失った。
じぃ、と温度なく見つめるコーディに、ホートリーは息すら止めていた。
「お話は終わったようですので、これで失礼します」
戸口に立つホートリーの横をゆっくりと通り抜け、コーディが階段室から研究室のある35階に抜けるまで、ホートリーは微動だにできなかった。
失禁していたようだが、あの場には浄化の魔法陣があったから問題ないだろう。
「……大人げなかったかのぅ。しかし話は長いし意味がないし幼稚だしで我慢できんかった。あれで大人しくしてくれればいいのだが」
研究室に戻り、ふぅ、とため息を一つ着いたコーディは思わずこぼした。
しかし、そんな希望が叶えられることはなかった。
◆◇◆◇◆◇
「む?紙が足りんな。すまんがコーディ、備品室へ行って紙を受け取ってきてくれんか?」
「3階のところですね。わかりました」
朝から早速研究を始めようとしたディケンズが棚を見て眉をひそめた。定期的に補充されているはずなのだが、足りなくなったらしい。
3階には事務系の職員が少数勤務している。備品室もそこだ。
備品室の物は好きに持って行っていいが、職員に一言声をかける必要がある。
「おはようございます。ディケンズ研究室のコーディ・タルコットです。今朝、備品の紙が届けられていなかったようなのでいただきに来ました」
そう声をかけると、机に向かって何やら書類を書いていた職員が顔を上げた。
「あら?おじいちゃん先生のところ、忘れてたのかしら。毎週紙を届けているのに忘れるなんて珍しいわね。わかりました、備品室から必要数持って行ってください」
職員はそう言いながら席を立ち、壁にある棚から紙を一枚取り出して記入しだした。多分、備品の受け取りに関するメモだろう。
「ありがとうございます。いつもどおり、500枚いただいていきます」
「わかりました。配達担当にきちんと通達しておきますね」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたコーディは、備品室から紙を取り出して研究室へと戻った。
数日後には、依頼しておいたのにインクが届かなかった。洗濯依頼の籠も持っていってくれなくなったし、食品を届けてくれる商店は手数料を値上げしてきた。これはコーディが動けば何も問題なかった。
次に、申請していた図書は一冊しか届かず、今期の論文集も取りに行かなければ貰えなくなった。
さらには、ディケンズが片手間に研究して書いた論文が査定会の手前で止められた。
魔物の素材を塔の中で調達するところも止められていたようだが、こちらはコーディがさくっと狩ってくるものなので特に問題はなかった。
村での買い物中など、なんとなく嫌な視線を感じることもあったが、闇ギルド程度のような危険性は一切感じなかったので放置した。
しかし問題が起こった。
「え?奥方が?」
なんと、ディケンズには妻がいた。ホリー村出身で、連れ添ってもう50年になり、子どもはいない。ディケンズもコーディと同じく毎日村の家から魔塔に通っていたが、その理由は妻にあったようだ。
「あぁ、幸い親戚が一緒だったから何もなかったようだがな」
ディケンズによれば、奥方が買い物に行くと、商品を売れないと店員が言ったらしい。たまたま奥方の兄の妻が一緒にいて、彼女が村の女性の取りまとめのような人だったおかげで、『冗談ですよ』と誤魔化されて終わったらしい。
コーディは、ぐ、と唇を噛んだ。
「すみません、先生。僕のせいだと思います」
ホートリーたちからの報復だろう。直接の嫌がらせは大したダメージにならないとみて、からめ手でコーディを苦しめようという魂胆だと思われた。
その説明をすると、ディケンズはうんうんと頷いた。
「またか。かなり昔にもあったんじゃよ。あのときはワシがまだ若くての。めんどくさくなって断ってごたついたんじゃが、ちょうどレルカン派との鞘当が激しくなってこちらへの色々は終わったな。まぁ、こちらも避ける方法はあるから気にせんでええ。そのうち終わるじゃろ」
しかし、それでは終わらなかったのである。
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