52 魔法青年は魔法の謎に科学で迫る

ディケンズが『数秒で湯を水にする』魔法を成功させるまでに、1ヶ月ほどかかった。


最初は「湯が冷める」というイメージだけで発動させようとしたが、魔力こそ動くものの発現しなかったのだ。

イメージを「湯が水になる」「熱がなくなる」など色々と変えてみたのだが、魔力が働きかけはしても実際に現象として現れることはなかった。

そこでふと、コーディは前世で分子構造を学んでいることを思い出した。それはあくまで物理現象の理解であって、水というイメージとは別物、信じる信じない以前の『事実』である。

元のコーディの記憶にはない分野だ。多分、この世界では様々なことが魔法で解決できるために、科学的な方面は未発達なのだろう。

その認識こそがカギかもしれない、と考えた。


まずは、物理現象が前世と同じかどうかを実験した。

たとえば、水の体積変化が水蒸気>氷>水となり、ほかの物質の体積は気体>液体>固体であること。重力加速度、光の速度、空気の性質なども簡単に調べた。その結果は、前世とほぼ同じ。魔力があることを考えればすべてではないかもしれないが、誤差があるだけなのでもはや同じと考えて問題ないだろう。

不思議なことだが、鋼がコーディに入り込めたのもそういった物理的なルールが同じという世界的な共通点も理由なのかもしれない。


そして、ディケンズに物体の分子や原子といったところから説明することにした。

まずは土魔法でガラスのレンズや板を複数作り、簡易的な顕微鏡を作った。植物の薄皮の細胞を見せ、その細胞がさらに小さなもので構成されていると説明し、水も同じように小さな分子でできていると解説。土魔法で水分子の模型をいくつも作り、箱の中で風魔法を使って動かし、気体・液体・固体の状態変化を見せた。

ついでに水だけが固体になったときに体積が増える理由も解説したら、ほかの分子でどうなるのかまで見せることになり、気づいたら原子や分子の構造と性質など、実験しながら10日ほど議論することになってしまった。ディケンズの理解力のおかげといえるが、非常に濃密な科学論議であった。




そうして一ヶ月近くあっちこっち寄り道しつつ、理解した物理現象を魔法によって制御するという方向で魔法を使ってみた。

実験を思い出しながら試してみた結果、ディケンズは数秒で湯を氷にすることに成功し、そのまま気絶した。


魔力枯渇である。


これにはさすがにコーディも慌て、倒れたディケンズを仮眠室に運んで休ませた。

魔法が巧みなディケンズでこれなのだから、他の人がこの魔法を発現させるのには数ヶ月かかるかもしれない。


新しい知識として科学現象を把握したばかりのディケンズは、制御するために使う魔力が非常に多いようだった。

知識が染み付いていない分、あいまいさをゴリ押したため一気に魔力を使い切ったらしい。

コーディも一緒に実験したが、5属性魔法ほどではないものの、治療やアイテムボックスなどよりは明らかに少ない魔力で発現できた。


30分ほどで起きたディケンズは、気絶直前に見た魔法の成功に大興奮し、もう一度同じことをしようとしてまた気絶した。

はしゃぎすぎである。





◆◇◆◇◆◇





「おぉ!氷ができたぞ」

ディケンズが杖を持つ腕をゆるりと振ると、用意してあった桶の中に氷がどさどさと落ちた。ディケンズが湯を冷ます魔法を成功させてからおよそ2週間経っている。

魔力量は確実にコーディの方が多いので、まずはコーディが魔法を成功させ、その思考方法をまとめてからディケンズが試す、という方向になった。魔力を使いすぎないよう気を付けながらの行使である。まずは水の延長として、氷魔法を発現させられた。




この2週間の間に、5属性の魔法にかかっている補正について湯を冷ます魔法と比較しながら調べたところ、現象への理解が関係しているという結論になった。


何度も何度も風魔法を発動して繰り返し、魔法が発現する直前に魔力が身体中を一瞬で駆け巡ることがわかった。魔力に反応して色が変わる珍しい魔石を使い、体中を調べていったのだ。関節ごとに布で巻きつける方法を取ったが、色がわかるように巻くのが一番大変だった。

それは感覚が伝わるのと同程度の速さ。つまり、神経か、神経に似たものの中を魔力が通っているらしい。それだけでも結構な発見である。


全身を巡った魔力は一旦脳に集まり、そして瞬時に魔法が発現する。

それがわかるまでにほぼ1週間かかった。



また、ディケンズや、たまに会っては勧誘を躱すギユメットと話し、プラーテンス王国とほかの国での魔法訓練の違いを知ったこともヒントになった。

ほかの国では10歳を超えてから魔法を本格的に習うのに対し、プラーテンスでは5歳で習い始めること、魔法訓練の時間が3〜5倍は違うことがわかった。

元のコーディの記憶では、本人はほとんど発現できなかったが、領地の基礎学校では毎日午後から2時間は通常の魔法訓練があり、よくできる人はさらに1時間追加で練習していた。それが割と一般的な平民の学校で、貴族用の基礎学校ならもっと訓練に時間を割くと聞いたことがある。他国では、週に3回程度の授業が一般的らしい。


つまり、訓練を繰り返すことで『魔法で起こせる現象』を当然の結果と覚え込み、身につけていくのだ。

その繰り返しが魔法の理解へとつながり、練度を深めることになっているらしい。

血筋によって得意な属性があること、発現できる魔法が限られていることも、「親が使えるから自分も」「基本的に使える属性は一つ」という『一般常識』が枷になっている可能性がある。


それらの事実から、現象の過程と結果を信じて『事実と認識していることが魔法発現の補正となる』と仮定した。

湯を冷ます魔法も、繰り返すごとに使う魔力量が減っていったので、まず間違いないだろう。


繰り返しが練度を深めるのも、コーディの魔法の威力が高いことも、それなら説明できる。魔法の5属性が自然現象だけなのも然り。

導き出した仮定をもとに、『水分子が規則的にくっついて固まった状態のまま』と念じて発現させてみたところ、直接氷を作り出すことに成功した。

魔力は水魔法を使うよりもまだ少し多いが、繰り返して練習すればこなれ、使う魔力も減っていくだろう。


コーディの成功例を目の前で見ることは、ディケンズが新しい魔法による結果を納得して信じる根拠にもなる。

『この魔法はこういう現象を引き起こす』という現実を何度も見れば結果を当然のものと捉えることができ、魔法を発現するときに補正がかかるというわけだ。

魔法陣がどんどん新しいものを作って発展してきたのは、特別な意味を持つ文字によって補正してきたからだといえるだろう。意味のある文字を使えば特定の現象が起こる、と製作者が信じているからだ。


逆に言えば、今までコーディがアイテムボックスや治療に魔法を使ったときに膨大な魔力を必要としたのは、どこかで魔法を信じきれていなかったからだろう。

そもそも魔力は、身近にありながら物理的に存在するモノではない。魔力の器も、前世の感覚で言えば別次元というか、自分に重なっていながらもモノとしては存在しない。これは、普通にこの世界に生まれていれば疑問にすら思わない。そういうものだからだ。

仙術は湯気のように体にまとう、重量はほぼないが物理的に存在するエネルギーの塊だった。その違いも、コーディが魔法を信じきれなかった原因だと考えられる。


似ているからこそ、どこかで魔法を疑問に思っていたのだろう。

今回こうして研究してみたことで、この世界の魔法を当然の存在だと認識できた。それは、コーディにとってはこの世界に魂が馴染み、あくまで借り物の体を使わせてもらう、というお客様感覚が抜けて自らが生きていることを理解するきっかけになった。


はっと気づいた、というよりは、じわりと目が覚めた感覚であった。

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