51 魔法青年はマルチタスクができない
コーディは、鋼であった頃から集中力こそ群を抜いていたが、あれこれと色々なことを並行するのは苦手だった。
仙人として生きていたときも、仙術をし始めたら数日・数週間、場合によると数ヶ月ぶっ続けで学び、神仙武術はおざなり。逆に、神仙武術に集中しだすと仙術は毎日基礎を一通りなぞるだけになり、物理を学びたくなって大学に聴講に行けばひたすら物理ばかり勉強して仙人としては基礎訓練だけになった。
学園にいたときには、授業があったし友人の修行に付き合う時間もあったので、そこまでぶっ続けで集中するようなことはなかったのだ。むしろコーディ本来の力を発揮しきれなかったとも言える。
少し前にギユメットに新興宗教の話を聞いて興味が出たため、色々と調べたがこれはすぐに飽きてしまった。特に身につくものがあるわけではなかったのも大きかっただろうが、本に書かれたことを読むだけというのが一番の理由だ。
そして今は、ひたすら魔法の研究にのめり込んでいた。魔法陣についての学びは一旦放置で、思いついてしまった魔法の使い方を実現するべく毎日取り組んでいる。
かろうじて、仮眠室は使っていない。なんとか夜になったら借りている部屋に帰り、朝魔塔にやってくる生活を続けている。
これはもはや意地である。
研究室の住人になると、何かが終わってしまう気がする。
ディケンズは遠慮することはないと言ってくれたが、コーディが自分で決めたルールなので帰るようにしていた。
魔法陣を学ぶ中で思いついたこと。
それは、自然現象をベースにした新魔法の開発である。たとえば氷、雷、溶岩……いくつでも考えられるだろう。
今存在している5属性魔法は、例えば火魔法であれば火球や炎のトルネード、種火など、威力は様々だが火を扱うことは変わらない。そして5属性の魔法を発動するときに、なにかの補正がかかっているらしいというのは学園時代に感じたことだ。
仙術のように魔法を使おうとすると、発動こそするが魔力が大量にいる。5属性魔法は、魔力に関して言えばかなり低燃費なのだ。
そして新しい魔法陣を作る方法を学んでいるときにふと気がついた。
―― 新しい魔法も、5属性と同じ補正を入れられたら低燃費にできるのでは?
もちろん、ディケンズが魔法を混ぜる研究をしていたことも大きい。5属性を組み合わせて作り直せばより簡単に実現できそうである。
だから、思いついてすぐにディケンズにお伺いを立てた。新しい魔法陣を作るのと同じように、新しい魔法も作れるのではないか、まずは5属性魔法を基礎に作り出してみたい、と。
「ほぅほぅ、それは面白そうじゃのぅ。ワシは魔獣の素材を起爆剤にして融合させてみたが、そうか。魔法そのものの方が誰もが使えるか、ふむ。よし、ワシも一緒にやろう」
「よろしいのですか?」
「いやさ、ちょうどワシもな、魔法陣と比べても5属性魔法は随分と魔力を使わない魔法だと改めて理解したところじゃ。それなら、5属性魔法を改めて追求して、魔力消費が少ない理由を明確にすれば、新しい魔法を作る助けになるやもしれん」
ディケンズは、楽しそうにそう言った。コーディもつられて笑顔になった。
「そうですね。今まで当たり前のように何も考えずに使っていたので、改めてどういう仕組みになっているのか調べるのは楽しそうです」
「確かにな。しかしコーディは面白い視点をもっているのぅ」
「でも、今ディケンズ先生が研究されているものは?」
魔獣の素材を使う方法で、ある程度融合させることができていたのだ。その成果は無視するべきではないだろう。
「そうさなぁ。一旦現状でまとめてしまうか。少なくとも、2種類の素材を使って湯を出したり、泥を出したり、熱い風を出したりはできたからな。まとめるのに1日はかかるから、ワシは明日から5属性魔法の分析にとりかかろう。そのほかの応用は、分析の気分転換にしようかの」
研究の気分転換に研究をするようである。コーディは逆に一点集中型だが、そのあたりは人によるとよく理解しているコーディはスルーした。
「まとめるのに1日、ですか?論文を書かれるんですよね」
「あぁ、それは大丈夫じゃ。どう予想したのか、何を使ってどうしたのか、結果がどうなったのかを普通に書いて、まぁそうじゃな、魔力の少ない人でも特殊な魔法を使うための補助になるとでもまとめれば良いじゃろう。どっちみち魔法陣ではないからの、大して検証もされずに通るじゃろうて」
普通に書いたら論文としてできあがるらしい。
コーディは論文には慣れていないので、体裁はもとより、文章に齟齬がないか・誤解を与えないかなど考えて読み直しては書き直すことを繰り返すので、少なくとも1週間は見直しに使わないと書き上げられない。
経験の差なのか才能の差なのかはわからないが、またしてもディケンズのポテンシャルの高さを垣間見た。
次の日から、コーディとディケンズは一緒に研究を始めることになった。
宣言通り、ディケンズはさっさと100ページほどの論文を提出していた。
「しかし、この間は魔法陣のことを学んでおったのだろう?」
ディケンズに聞かれて、コーディは苦笑した。
「はい、新しい魔法陣を作る部分を色々と読んでいたら、魔法も同じようにできるのではと思いついて我慢ができなくなりまして。一旦魔法陣は休憩することにしました」
「はっはっは!わかる、わかるぞ。過去から学ぶことも大切だと分かってはいるが、自分で新しいものを作り出すほうが魅力的だからな。我慢なぞできるものか」
ディケンズは楽しそうに笑ってそう言った。
やはり、根っからの開発研究者なのだろう。もちろん、過去を知るための研究を卑下しているわけではない。遺跡について知りたいのは事実だし、魔法陣も楽しい。
けれども、未知のものを作り出す魅力には叶わない。
「で、昨日は風魔法を使っておったな」
「はい。場所移動は面倒ですし、研究室の中でも使えるものがいいと思ったので」
「多少紙が舞う程度なら、被害でもなんでもない。それで、なにか分かったか?」
ソファセットの周りをどうにかこうにか空けたので、それぞれソファに座って向かい合った。ディケンズは、うきうきと瞳をきらめかせている。
「そうですね、魔法を発動する瞬間に、なにかの力というか、それこそ魔法的なものが働いているのだと感じました。魔法陣に魔力を通すのと似たような感覚です」
「なるほど……」
そういうと、ディケンズはふわりと風を起こした。
「むぅ、わからんのぅ」
「えっとですね、まずは5属性以外の魔法を使ってみて、比較するのがわかりやすいです」
「魔法陣ではなく、か?」
「はい。僕が使えるのはいくつかあります。研究室の中で影響がないのは怪我を治療する魔法でしょうか。とにかくすごい魔力量ですが」
それを聞いて、ディケンズは目を丸くした。
「治療だと?元に戻すということか?」
「いえ、元に戻すのは難しいです。人間の身体は怪我をしてもある程度なら治りますよね。その治癒力を引っ張り出して無理やり促し、治るスピードを速くするんです」
「難しいだけなのか?そんなことが……。しかし、治癒を進めるだけなら一から作り出すよりは、ふむ。現象を短時間で進めるということか。それならば、たとえば湯を急激に冷ますのでも……うむ、水魔法にはないからいけるか?」
ブツブツと独り言を口にしながら考えるディケンズに、コーディは間の手を打った。
「なら、湯を沸かしましょう」
「あぁ。ここに魔獣の素材があるからすぐに出そう」
ウキウキと、二人は研究にのめり込んでいった。
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