50 魔法青年は新興宗教の存在を知る

ブルーノ・ホーリスは、他にも5属性の魔法の威力を上げる方法などを研究していたという。

ホリー村の出身で、魔法陣だけでなく基本的な魔法も研究する研究者に師事していたらしい。だが、ギユメットが所属するレルカン研究室と対立している派閥のトップ、コーエンという研究者に睨まれ、魔塔を立ち去ることになったようだ。


「少し前から怪しい宗教に入っていたらしいな。しつこい勧誘を咎めたコーエン先生に面と向かって噛み付いたのが良くなかった。しかも、取り込もうとしたコーエン先生の反対派閥のレルカン先生にまで喧嘩を売ろうとしたから、庇い立てする者がいなかったんだ」

頷きながら言ったのは、ギユメットだ。

たまたま図書室に来たらまたしても遭遇したので聞いてみたところ、ブルーノ・ホーリスについて快く教えてくれた。


「え?コーエン先生に反発して、レルカン先生にまで……?それに、魔塔では宗教は自由ですけど、ここはあくまで研究所ですし、私的な揉め事をおこさないといった規則も一応ありますよね」

「ああ。だから自主的に辞めたことになっているが、ほとんど追い出されたようなものだった。特に最後の半年ほどは、所属していた研究室も手を焼いていたようだ。その宗教にも関係するからと魔獣を使った研究をしようとして、樹海で大怪我をして助けられたこともあったな。思い込んだら曲げないところがあって、それが良い方に転んだ場合は、評価はともかく研究成果になった。しかし、こと宗教に関してはなぁ。私も勧誘されたが、あのときは逃げるのがやっとだった。ヤツが辞める前後にはほかの研究者も何人か辞めたんだ。多分あのしつこい勧誘から始まるごたごたのせいだろう。それなりに優秀な研究者まで辞めたから、一時は魔塔でも問題になったんだ」

ギユメットは遠い目をしてそう言った。どうやら、ブルーノ・ホーリスは虱潰しに宗教勧誘していたらしい。


この世界には宗教が複数あるが、ほとんどの人はナトゥーラ教を信仰している。

ナトゥーラ教には、崇める対象がいくつもある。日本の八百万の神に近く、山や海といった自然物、大木や花などの植物、多種多様な動物、太陽や星のような天体、魔法に魔力など、その信仰対象は物から現象まで幅広い。神々の頂点となる始祖神がすべての始まりとされていて、どの派閥でも始祖神を含めて崇める。

魔獣すら信仰の対象で、それを否定されることもない。ただ、魔獣は一定の若い層に人気なのでいわゆる厨二病的な扱いをされることはある。


元のコーディは、タルコット家が一応「雨」を信仰していたのでその派閥だった。今のコーディは特に信仰対象を決めていないが、あえて言うなら始祖神だろうか。

一応、子どもは親の入信している派閥にまず入るが、歳を重ねて派閥を変えることも少なくない。派閥を変えるときに何か申請が必要なわけではなく、単に自分の祈る対象が変わるだけだ。ナトゥーラの教会は一つなので、派閥争いのようなものはない。

つまり、大まかには一つの宗教だが、贔屓にする神を好きに選べるという仕組みだ。


そしてブルーノ・ホーリスがハマった宗教というのは、いわゆる新興宗教らしい。

ナトゥーラ教以外の宗教はあまり長く残らない。むしろ、ナトゥーラ教の守備範囲が広すぎて、新しく出てきても吸収されてしまうことが多い。


「あの新興宗教、思想は面白そうだったんだがな。それを宗教にするのはどうも違うと思った。やはりナトゥーラが一番だ。なにしろ魔法陣もいる」

「思想ですか?」

話がまたレルカン研究室への勧誘に変わっていきそうな流れになるのを阻止するべく、コーディは会話の中から質問を重ねた。


「あぁ。名前はなんだったか……別世界?異界?に連れて行ってやろう的な、これまでに聞いた零細宗教とは方向の違うものだったぞ。なんでも、これまでにない魔法を開発して世界を変えるようなことを言っていた。しかし俺に言わせれば、それは目標であって崇めるものではないと思ったな。もし完成したらどうなるんだ?終わりのあるものを拠り所にするなど、まるで終末主義だ」

ギユメットの言葉に、コーディは思わず一瞬息を止めた。


異界。


日本が存在した世界も、そう呼ばれるものだ。この世界でも、物語の世界でなら異世界のような考え方はあるが、あくまで想像の産物である。

もしや、その宗教を提唱した人は異世界人なのだろうか。転移してきたのか、転生してきたのか。それとも、ただそういった世界があることを知っただけのこの世界の人か。


よくあるパターンなら、壮大な目標はあくまで人を集める手段で、金銭が目的かもしれない。極端な魔法好きなら、大きな魔法を使いたいだけという可能性もある。

「おとぎ話を実現しようというわけですね。勧誘されて入った人もいるんでしょうか」

「どうなんだろうな。躱しきれなかった気の弱いやつもいたようだが、我が研究室ではそういう話は聞いていない。今は魔塔ではその話は聞かないから、もう消えたんじゃないか?ああいった零細宗教は、結局広がらずになくなるものだ」


うんうんと頷くギユメットは、言葉通りその新興宗教に特に関心はないらしい。

「魔法陣は普遍ですもんね。良い悪いも使う人次第ですし、終わりもない。魔法が好きな人なら信仰対象にするのもわかります」

「そうだろう。常に追い求めるに値するものだ」

「さすがですね。僕は魔法陣に関してはまだ入口に立ったところですから」

「まぁな、私はもう15年は研究しているからなるべくしてそうなった。あぁ、その参考書はなかなか興味深いぞ。新しい魔法陣を作るうえで必要な土台がある程度網羅されているから、それをベースにすれば作りやすい。もっとも、既存の魔法陣も多いから、最新の魔法陣一覧は常に把握しておいた方がいい」


そうしてギユメットと話し、これまた持ち上げていい具合に離別した。ギユメット自身は、うっかり勧誘を忘れていると思っているかもしれない。

彼はきっと元々が世話好きなのだろう、聞けば聞くほど様々な話を聞かせてくれる。とはいえ、コーディは自分の好きなことを好きなペースで研究したいので、良かれと思って色々世話を焼くタイプの人が同じ研究室にいたらありがた迷惑だ。

別の研究室の先輩、くらいの距離がちょうどいい。





「しかし、なんじゃろうなぁ。異界?……行く?導く?」

コーディは、図書館で宗教に関してまとめた本を一緒に借りてきた。生まれては消える新興宗教に関してまとめてあるのだ。この本が出版されたのは昨年なので、知りたい宗教のことは載っているだろう。

数が多いらしく、ここ200年ほどの間に興った宗教の名称と概要を掲載しているだけで300ページを超える。長編の小説並の文量だ。


パラパラと確認して一時間、やっとそれらしい名前を見つけた。

「ふむ……『異界への嚮導きょうどう』か。概要は、さっき聞いたことがほぼそのまま。む?これは」

異界というこの世界以外の場所へ魔法で行って新しい自分になる、というのが主要教義。そしてその活動は、魔法の探求が大きい。一昨年の時点では、地面に魔法陣を書いて十数人の信者の魔力を使うことで、威力の大きな魔法を成功させたとある。ほんの数分ではあるが、風魔法によって対象者が空を自由に飛び、そのパフォーマンスによりほそぼそと信者を増やしているのだという。

特定の拠点はなく、あちこちの国に出入りしているそうだ。昨年の時点ではまだ途上といった書き方なので、まだ存在しているだろう。


移動が多いらしいので、どこかに資金源があるのかもしれない。ブルーノ・ホーリスもきっとそこにいる。

それにしても、何かがひっかかる。


それがブルーノ・ホーリス自身のことなのか、『異界への嚮導』のことなのかはっきりしないまま、コーディはその文章を睨みつけた。

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